鎌倉殿と13人の合議制 32冊目
中国に来ちゃった会社員 ブライツです。年越ししてしまってますが、2025年分最後の読書感想文です。読んだのは、鎌倉殿と13人の合議制 です。素直に面白かった。何年か前に大河ドラマでやっていましたが、ブライツは見ていません。鎌倉殿とは、鎌倉幕府初代将軍の頼朝の事ではありません。2代将軍の頼家の事になります。幕府をというよりも、武家の調整役という意味合いが強い裁判所みたいなところだそうです。なぜ、13人の合議制を取っていたのかというと、頼家が駄目だったためです。駄目だったというのはかわいそうですが、うまく運営することができなかった。なので、頼家の代わりに選ばれた13人が取り仕切っていた。この本では、多くの部分をなぜ合議制を取ったのかと、鎌倉幕府の成り立ちを丁寧に説明しています。ブライツがずっと思っていた、なぜ鎌倉で幕府を開いたのか。これに関しては、京都付近にも有力な武家がたくさんあったが、比較的安定しており落ち着いていた。それに対して、関東では、日々争いがあり、日々戦ったいた。その中で関東をまとめ上げていったのは、頼朝父親になります。頼朝父親の地盤は、鎌倉を中心としていました。この時代は、利根川から東は別の地域とみられていたらしい。東北も別の地域です。当時の朝廷が影響を与えられたのは、鎌倉ぐらいまでが限界だったそうです。なので、その鎌倉をまとめた頼朝が、鎌倉で幕府を開くことになります。もう一つが、なぜ北条氏は将軍にならなかったのか。これ端的に将軍になる資格が無かったからです。当時の武家は大きく3つに分かれていたそうです。源頼朝一族や平清盛一族のように朝廷と密接な関係があったもの。次に、彼らの部下や近い一族そして、その他の武家 になるそうです。将軍になるには、一番上のランクであることが必要でした。これは、朝廷に認められるということではなく、他の武家からそう思われているというのが大事だそうです。現に、2代将軍頼家は、朝廷から征夷大将軍に任命される前から幕府のトップを務めていました。これをみても、他の武家から認められるというのが大事だということ。これに対して、北条氏は真ん中のランクの武家です。このランクでは、将軍になることはできません。なので、北条家は将軍になりたくてもなることができませんでした。武力で従わせることできたでしょうが、2代将軍の時代では北条家はまだまだ力不足でした。この辺りが、はっきりわかってスッキリしました。あと、鎌倉殿の13人には、文官が入っています。これは、室町幕府・江戸幕府には見られませんでした。なぜ、文官が入っていたのかというと、この時代の武士には荷が重かったからです。まだまだ字が読めない・書けない武士が多かった。なので文官の力を借りるしかなかった。のちの時代では、教養も兼ね備えた武士が多く出てくるので、文官が矢面立つことはなかった。このような理由らしいです。鎌倉幕府の成り立ちが良くわかるこの1冊とても面白かったです。しかし、北条政子はとんでもない人です。北条家のために、我が子に不利な事もしてます。なかなかここまでの動き出来る人はいなかったのではと。これで、2025年は終了です。来年もネットフリックスの誘惑に惑わされず、できるだけ読んでいきたい。