指輪 ~ジュエルキャンディー~
映画の帰り道、僕は母が運転する車の後ろの座席に座って窓の外を眺めるのが好きだった。
母は映画が好きで、よく連れて行ってくれた。
それで僕も映画好きになった。
母はいつものように運転中に泣いているようだった。
特に、僕が小学校の中学年頃はよく泣いていた。
誰かにに悟られないように泣いていたようだけれど、僕はそっと泣いていることを知っていた。
母の泣く理由は、子供の僕には分かるようで、分からないような物だったのだと思う。
僕は知らない「振り」をして窓の外の行き交う車のヘッドライトをただじっと眺めていた。
知らない「振り」をするのが正解なのだと、その時の僕は直感でそう思ったのだ。
母が泣いていた翌日には、僕は友達に隠れて駄菓子屋でジュエリーキャンディーを買ってきてキッチンのテーブルの上に置いておいた。
すると、僕の仕業だと気づいた母はにっこり笑って「ありがとうね」と言ってくれた。
その顔が見たかったのか、そんな事を子供の頃僕はしていた。
通勤帰りに車の運転をしていると、子供の頃の記憶が蘇ってくる。
今の僕だったら、なぜ母が泣いていたのか、その理由はよく分かる気がする。
僕が小学校の3年の頃、両親は離婚した。
僕には兄弟はおらず、夫婦の間には子供は僕一人で母に引き取られ育てられた。
父の記憶は薄く、一緒に過ごした思い出はよく考えないと浮かんでこない。
両親の間で何が起こったのかは、よく知らないけれど、何となく想像できる。
そして、女手一つで子供を育てた母の苦労は大きかったのだろう。
生真面目な性格の母は、恋愛に時間を割くこともしなかったのだろう。
男の影を子供の頃に感じることはなかったのだから。
だから、本当のところでは一人で居ることがとてつもなく不安で寂しかったのだろうと思うんだ。
今の僕だったら、そう思う。
僕はもう30も半ばを過ぎてしまったけれど、とにかく恋愛は苦手だ。
年々苦手科目になっている気がする。
付き合った彼女は少なくはないが、結婚となるとどうしても上手く行く気がしなくて躊躇してしまう。そして彼女はそんな僕の姿を優柔不断だと言い、去っていく。僕は追いかけもしないのだ。そのパターンが固定してきて、彼女が去っていく時、おかしな事だけれど悲しむ気持ちと同じくらいに、安堵している自分も居ることに最近は気づいている。
両親のせいではないと、頭の中では否定するけれど、どこかに僕は他人を幸せにすることが出来ないのではないのか、という自信のない気持ちが巣食ってしまっているのだろう。
それとも、本当に好きだと思える女性に出会えていないだけなのか。
どちらなのだろう?
どっちもなのだろうか?
そこまで考えると、僕はそんな想いを打ち消すように軽く頭を左右に振って運転に集中した。
最近付き合っていた彼女とは1年前に別れてしまった。
「1年か…」
恋愛には苦手で、最近は面倒くさくも思えて、なんとなく好意を寄せてくれている会社の後輩からの視線にも気づかぬ振りをしている。
正直彼女は男の身長と年収にしか興味を持っていない感じがして苦手である。
彼女が直接僕に対する好意を口にしたとしても、僕は受け止めることは出来ないだろう。
1年も恋人がいない方が珍しい気がする。
けれど、今はそんな気がしないんだ。恋愛をする気が出ない。
僕も淡い好意を持つ女性に思われて、その好意を受け止めて、その先にはいつも僕には抱えきれない問題がやって来て、僕は結局呆れられて置いていかれる。
もう少し待ってくれたとしたら?
そうであったとしても、きっと僕にはその先まで進められないのだろう。
結婚には不向きなんだと自分で思う。
何となく休みの日に部屋でじっとしているのも嫌な性分で、この日は先週の晴天とは大違いの、今にも雨の降り出しそうな日だったが、僕は大勢の人で溢れかえる、この場所にいた。
地下から地上に出ると、やはり空は今にも泣き出しそうだった。
僕は大通りを南に進んで、3つ目の細い道に入った。
その道の入口で僕と同じくらいの男が何かを落としたのか、道路にへばりついていた。
―――こんなに真剣に探すものって一体何だろうな?コンタクトでも落としたのかな?
と、思っただけで僕は商店街のアーケードに入っていく。
入口のオーディオ専門店の店主はソウルミュージックが好きなのだろう。
しかも古目のが好きなんだろう。
パターン的には、その日決めたアーティストを一日中流すという感じのようだ。
マービン・ゲイの事もあったしスティービー・ワンダーの日もあった。今日はリオン・ウェアと決めて流しているようで、丁度I wanna be where you aerが流れていた。ジャクソン5の方よりもこっちの方が好きだな、と思いながら通り過ぎた。
何故かここの商店街には6階建ての質屋が入っていて、遠くから見るとやけにその質屋が目立っている。
あの質屋の前でシルバーのキャップにミニスカートを履いて嘘っぽい笑顔を振りまくバイトのキャンペーンガールが何かを配っていた。
傍を通ると僕にも3人のうちのショートカットの女が近寄ってきた。
「どうぞぉ~」
鼻にかかった甘ったるい声でだらしなく語尾を伸ばして言うのが可愛いとでも思っているのか。
迂闊にも渡されたものを手にしてしまった。
「か、買取強化月間?」
ポケットティッシュに黄色に黒縁の目立つ文字でそう書かれていた。
「これもどうぞぉ~」
同じ口調でもう一つ何かを渡してきた。
僕はそれが最初何だか分からないかったけれど、よく見たら可笑しくて少し笑ってしまった。
そしてポケットにそっと仕舞った。
行き止まりまで行くと裏道に入った。
裏通りにはこの辺では有名な味噌カツ屋があって、そろそろ列が出来始めていた。
久しぶりに味噌カツも悪くないな、と思って列に並んだ。
僕の前には同世代で上品な感じのグッチのバッグを持った女性が一人で並んでいた。
―――こんな人も一人で味噌カツ食べるんだな。まあ、自由だけどな。
丁度食事時なので店内は混んでいて、僕の順番がやって来ると店の人が「相席でもいいですか?」と聞いてきたので「大丈夫」と答えた。
案内されたのは小さなテーブル席で、さっき僕の前に並んでいた女性がぽつんと座っていた。
その女性は軽く会釈を僕にしたので、僕も返すように軽く会釈をした。
ここのメニューはどれも結構なボリュームで、この女性が一人で完食できるのだろうか、などと思ったりした。
女性はスマホのメールをチェックしたり、持ってきた雑誌をめくったりしている。
僕も似たような事をして時間をやり過ごしていた。
ほぼ同時に、注文した特製味噌カツランチがテーブルに運ばれてくると、嬉しそうな女性の視線とぶつかって、僕も何故か笑顔になった。
順調に二人の箸は進んでいたのだが、途中で女性の箸が止まった。
顔を見ると静かにポロポロ涙を流していた。
僕は、その顔を見て子供の頃の記憶が蘇って来た。
きっと、真正面から見たらあの頃の母はこんな風に泣いていたのかもしれない、と。
女性は店の誰にも気づかれないように、静かにひっそりと泣いていて、僕とその女性の二人だけ空間が薄い膜に包まれて断絶されているような気分になった。
僕はさっき質屋の前でもらった物をポケットから取り出して、女性の前に置いた。
それを見ると女性は泣きながら笑顔になった。
「ジュエルキャンディー。懐かしい」
「よかったら、お口直しにどうぞ」
僕と彼女は視線を合わせて、ふふふと笑った。
「ありがとう」
僕に笑顔でそう言うと、涙をハンカチで拭いて彼女の箸はまたリズムよく進み始めた。
僕は何となく、こんなことなのかな、などと思った。
身を焦がすような、強い気持ちは何だか疲れてしまう。
まだ自分に自信のないのに順調に行っている恋愛の先の結婚を先走られるのも、気持ちが萎えてしまう。
こんな風にに、自然に笑顔が続いて、お互いに「ありがとう」と感謝の気持ちが伝えられて、その先にもっと一緒にいたいと思えれば、きっと次の人とはずっと一緒にいるんじゃないんだろうか。
僕は箸が進んで彼女が「ごちそうさま」を言って立ち去る前に、名前も知らないこの女性に何か言おうか、何と言おうか、明確に説明できない曖昧な心の在処を突き止めるように考えていた。
この後時間があれば映画でも一緒に行きませんか?
こんなんで、いいんじゃないだろうか?
こんな事で始まって行くもんじゃないんだろうか?
そして、ゆっくり知って、先のこともゆっくり考えていけばいいんじゃないのだろうか?
例えば何か心に蟠りがあるのにせよ、キャンディーが口の中で溶けていくみたいに。
断られる気が何故だかしなかったので僕は用意した言葉を口にした。
「この後時間があれば映画でも一緒に行きませんか?」
指輪 おわり
脳内メーカーは「味噌カツ食いてえ~!」でしたw
指輪ネタがもう思いつかないのでおしましです。
あと出すなら「ペアリング」くらいですかね…。
ちょっとペアリングでって、話自体が思いつかないw
すごい若い10代くらいの主人公の話とかになりそうw
あとは「呪いの指輪」ですかね?wwwww
ちょっとそれも考えたのですが、恋愛チックな話をどばっと書きたかったので却下しました。
こんな感じの流れで、ネタかお題をください。
したら、何か書きます。
この話のお題は「ジュエルキャンディー」と「味噌カツ」でしたw
食いもんばっかwwww
あとは、ミュージカル・マッサージを流していたので、その中の1曲を入れてみました。
うむ。とてもアダルトなアルバムです。
それ聴きながら、「ジュエルキャンディー」と「味噌カツ」をどうにか繋げようと考えていた私wwww
ここまで書いてきた名前もなく幸薄そうな登場人物たちが、何となくハッピーエンドになるように書きました。
何というのか、こういう感情だけのお話はつらつら書けます。
でも、女性が主人公のお話は、自分の感情と重なりそうなので、ちょっと苦手で背筋がぞくぞくすんなーと思いながら書いてましたwwwww
ルビーの話と、質屋のおっさんのキャラが自分では一番好きですwwww
なんの生産性もないですけど、こんな事あれこれ考えて文章にしている時間は楽しいですね。
この話は3月の中旬にほぼ書き終えていたものを予約投稿で順番にUPしました。
こんな感じで思い立つと適当に書いています。(´∀`)
北極星の話を書こうと思ったのですが、なんか閃いた話をどばっと書いてしまいました。
また北極星の話は書くと思います。
どういう登場人物を出そうか考えてたら考えたまま止まってましたwww
なんとか書けて楽しかったw