小百合が店のバイトで帰って来た時間とほぼ同じくらいのこの時間に、お腹空き過ぎで食べた牛丼の大盛り。お腹が空いてるのだからしょうがない。女子だからぁ~とかこんな時間に食べたら太るぅ~とかそんな気持ちはこれっぽっちもない。とどめの酎ハイを飲みながらゆいは今日の仕事を振り返った。
ある程度のシーンは想像していても今日はそれ以上の演出が多く、ゆいも表情を探すのに必死だった。
「まさかパンケーキ焼くとは思ってなかったからさ。でもおかげで良い画が撮れたよ。そうそう、小百合が話してたよっちゃんって人。小百合のこと褒めてたよ。今まで見てきたカメアシの中でいっちばん動いてるって。やっぱ見てる人は見てるんだなって。私、嬉しかった」
「だから、帰る時に謝ってくれたんだ?」
「違う。私が怒っても小百合は変わらず頑張ってくれたから。普通は理不尽なことを言われたらやる気失くすじゃん。なのにさ、替えのシャツ渡してくれたり、夜ご飯のことも考えてくれたり。だから悪いこと言っちゃったかなって」
確かに、何でそんなことくらいで!と思う時もある。でもそんなのは滅多にないこと。今日は初日で気が立ってただけ。普段は全くそんな態度は見せない。そこは小百合も十分理解しているから。
「それくらいのことで怒ってたんじゃゆいに就けない。それに、ゆいは私の失敗を家に持ち込まないから。ごちそうさま。お風呂入っちゃおうよ」
本当に疲れた日のお風呂は、ゆっくりする時間もイチャつく時間も要らない。だったら一人で入った方が身体も休まるが二人にそんな概念はない。
どんなに疲れてもカラスの行水でも必ず二人で入ること。そうしようと決めたわけじゃないが、それがこの家のルール。もちろん引っ越してもこのルーティンは変えるつもりはない。
「ゆい、今日は特別にバブ入れたよ。ちょっとは疲れが取れるといいんだけど」
「ありがと。小百合もホント、お疲れだったね」
せっかくの連休、本当なら課題をやらせてあげたかったが、今日は小百合を使ってしまった。今思えば来て当たり前のように半ば強引に連れてきてしまった。小百合の時間は小百合の物。その強引さに今さらながら気付いたゆいは、ごめんなさいと詫びた。これで本日2度目。当然小百合は返事をしない。謝ることじゃないから。
「もし私を連れてくれなかったらマジで怒ってたし、口も聞かなかったと思う。ゆいの専属カメアシは私だよ。授業がある日はしょうがないけど、そうじゃなかったらさ呼んでよって」
謝るなんて論外。どんなことでも呼んでくれたら飛んでいくし、ゆいには一番に頼られたい。小百合はそう話し、浴室のドアを開けた。
「ゆい、先に洗っちゃおう。ね?なんかちょっと涼しくない?」
「そうだね。少しずつ気温が下がってくね。ここでのお風呂も後何回かな」
この小さな浴槽でくっ付いて入るお風呂ももう今月中で終わり。さすがに一緒に入った最初の日のことは忘れたが、それでも思い出はいっぱいだ。
「そうだね。引っ越してもお風呂は一緒に入りたいなぁ」
「もちろん❤向こうの浴槽はここよりちょっと広いね。それはそれで楽しみ❤」
「何が?って分かってて聞いちゃったけどさ。でも声が響くから隣り近所に聞こえるよね?」
「そうだね、ちょっとは遠慮しなきゃいけないかも。我慢できる?」
もしかしたら、あんな声こんな声そんな声も聞かれてしまうかも。
小百合は頬を掻きながら『無理❤』と恥ずかしそうに笑った。
これからほんの少しだけ、あの声が出そうな時間が始まる。