今日も撮影がないゆいは、午前中に控えている会議のため、フロアの商談席で書類に目を通す。
先方が来るには時間があるので、メイク室にいた利恵に会い、声を掛けた。
「利恵さん、おはようございます。今時間いいですか?」
「ゆいちゃん、おっはよぉ~。いいよ。でもやりながらでいいかな?」
「全然♪あの・・・このリップと同系色を探してるんだけど」
そう言って、小百合が使った口紅を利恵に渡した。
「ディオールの去年の春の新作だね。可愛い色なのよ。限定品だからな~。ちょっと待ってね」
利恵はリップ専用のケースからいくつか出してくれた。
「でも、ゆいちゃんにはもっと・・・」
「利恵さん、私じゃないんだ。小百合が使ってるの。この色が気に入ったんだけど限定品だからもう売ってなくて」
「ふ~ん。ってことは、ゆいちゃんが勧めたんだね。さすがゆいちゃん。選ぶの上手」
別のケースからサンプル品を出し、数色をゆいに渡す。
「値段を気にしないなら、こっちが4300円。少し赤みが強いこっちは3800円。
これは1500円だけど、もしかしたら、唇が荒れるかも。
小百合ちゃんは童顔っぽところがあるから、あまり派手じゃない方がいいかな。
だって、クラスにはどんな子がいるか分かんないでしょ?
可愛いくなった小百合ちゃん見て、『LINE交換して!』とか、『どっか飲みに行こうよ』って誘われたらさ、ゆいちゃんも気か気じゃないしね」
「えっ?」
「あっ、違ったらごめん!」
利恵は他にもサンプルを渡すと『そうなんじゃないかなって』と前から気付いているような言い方をした。
もちろん、利恵には一言も言ってなかった、小百合との関係。
確信したのはハーフモデルのハルカの一件。
ハルカのゆいに対する陰口を聞いた時、胸が苦しくなった小百合を必死で介抱してた姿を見て、もしかしたら・・・と。
「義理の姉妹だってことは聞いてたけど、こんなに親身になってるゆいちゃんと、ゆいちゃんに委ねてる小百合ちゃんを見て、そっか・・・って」
「引きますか?やっぱり」
「え~?どうして?そう思ってるなら『忙しいから』って言ってゆいちゃんのお願いスルーして出てっちゃうよ。
そしたら夏美ちゃんの時に言ってたことは、小百合ちゃんのことだったんだね。
なんかカッコいい。小百合ちゃんは、ゆいちゃんのそういうところに惚れちゃたんだろうなぁ」
利恵はゆいに他に何か言いたそう。その何かを言い掛けた時、あきのゆいを呼ぶ声が。
「利恵さん、ありがとう。私・・・」
「あきちゃんが呼んでるよ。また今度話そう」
ゆいはフロアへ行き、これから新しい依頼の話し合いが始まる。
小百合は1時限目の授業が終わり、次の教室へ。
移動中、亜衣から聞かれ、昨日一馬に声を掛けらてた時のことを話していた。
ゆいと小百合の仲を知らない弥生は少々けしかける。
「小百合ちゃん・・・平野君だっけ?どう?女の子の陰がなさそうだし。あんまりカッコいいと浮気とか心変りが心配じゃん。
これをきっかけにさ、LINE交換して。どうよ?」
「ちょっと弥生、やめなよ。小百合ちゃんにだって都合があるんだし」
そんな話をしていると、本人が小百合の前に現われた。
「葉山さん、昨日はありがとう。これ、昨日のお礼」
律儀に渡されたミルクティーの小さなボトル。
「いいのに。却って気を遣わせちゃったね。ねぇ?聞いてもいい?」
小百合が質問すると、亜衣を引っ張って弥生は先に教室へ行ってしまう。
そんなことする必要なんてないのに。
「あのさ、昨日の待受け。あれってどっかのサイトから拾ったの?」
「ファンの中には主要のページをアップロードしてるのがいてさ、そのサイトからダウンロードしてるんだ」
一馬、写真集2冊も買ったのに、最後のページに小百合が写ってることに気付かないのか?
それとも同じ人物に見えないだけなのか?
『スペシャルサンクス』として入っただけだから、そこまでじっくり見てないのかも。
あまり関わらない方がいいような。
しかし教室に入って小百合の隣に座った一馬は、話が終わらない。
「葉山さんは誰か夢中になってるファンとかいるの?」
「特には」
健斗に夢中になっていた頃を消したいくらい、ゆいが好きな小百合。
恋とか愛とか、そんな気持ち100%ゆいにぶつけているので、芸能人とか見ても何とも思わない。
ゆいを一途に思う小百合は、ゆいから目を逸らしたりしない。相手が芸能人でも。
小百合にとってのファンはゆいなんだから。