面通しを終えたあと、悟は侍女の和美に案内され、屋敷の中を見て回ることとなった。

 

 

悟は、腕から離れない梨絵を抱いたまま。

 

 

 

 

「こちらが食堂でございます」

扉が開かれると、長いテーブルが静かに光を受けていた。

 

 

整然と並べられた椅子、磨き上げられた食器棚。

そのすべてが、この家の格式を物語っている。

 

 

 

 

「そして、こちらが旦那様の書斎でございます」

重厚な扉の前で、和美が一礼する。

 

 

中へ入ることは許されていないのか、扉の前で説明だけがなされた。

 

 

「日中はほとんど、病院以外はこちらでお仕事をなさっております」

その一言だけで、その場所の重みは十分に伝わる。

 

 

 

 

「続いて、図書室でございます」

案内された先には、高い天井まで届く書棚が広がっていた。

 

 

医学書を中心に、古い文献や外国語の書物が整然と並べられている。

 

 

静寂が支配するその空間は、まるで時が止まっているかのようだった。

 

 

「お嬢様も、ときどきこちらで絵本をご覧になります」

 

 

その言葉に、抱かれいてる梨絵が小さく体を揺らす。

「ほん、よむ」

ぽつりとつぶやきながらも、悟の腕の中から離れる気配はない。

 

 

 

 

「そして、こちらが遊戯室でございます」

扉を開けると、先ほどまでとは少し空気が変わる。

 

 

やわらかな絨毯の上に、小さな机や玩具が整えられていた。

 

 

色とりどりの積み木、人形、小さな楽器――この屋敷の中で、唯一子どもの時間が流れている場所だった。

 

 

「お嬢様はこちらでお過ごしになることが多うございます」

梨絵はちらりとその中を見たが、すぐに悟の胸元へ顔を寄せる。

 

 

「おにわ、いっしょにいく」

梨絵は小さく、しかしはっきりとそう言った。

 

 

和美は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにやわらかな表情に戻る。

「……承知いたしました」

 

 

 

 

 

廊下を抜けると、視界がひらけた。

「お庭でございます」

手入れの行き届いた庭園が広がり、風に揺れる木々の音がやわらかく響いていた。

 

 

その間も、梨絵は悟の腕の中にいた。

小さな手は、しっかりと悟の衣をつかんでいる。

離れる気はないらしい。

 

 

やがて庭の奥へと進んだとき、梨絵がふと声を上げた。

「あ」

小さな指が、ある一点を示す。

 

 

「あれ」

視線の先には、庭の隅に置かれた小さな白い陶器の噴水があった。

華美ではないが、丁寧に作られたそれは、静かに水を湛えている。

 

 

「あちらは、お嬢様がお生まれになった際に記念として作られたものでございます」

と和美が説明する。

梨絵はうれしそうに身を乗り出す。

 

 

「あれ、りえのだよ」

誇らしげにそう言って、悟を見上げた。

 

 

その表情は、ほんの少しだけ子どもらしい顔をしていた。

 

 

悟はその噴水を一度見てから、もう一度梨絵を見る。

 

 

「ようございますね」

悟は短く、静かにそう返す。

その声は変わらず落ち着いていたが、どこかやわらかい。

 

 

梨絵は満足したように、また悟の肩に頬を寄せた。

水の音が、静かに響いていた。