私 「Sさん いるぅ?」
S 「……おぉ……あんたか……」
私 「もう10月も終わり頃だよ いつ引っ越してくるの?」
S 「…………………………………………………………」
私 「どうしたの?なんか元気ないね」
S 「………行かねぇよ…パァになっちまった……楽しみにしてたんだけどよ…」
私 「(・д・)え?ぱぁ?なんで?」
S 「いや……骨壷に入った人を家族の一員とは数えませんて……規則ですからって言われてよ…」
私 「骨壷?」
S 「二人以上からだとよ入居可能は」
私 「骨壷?って?」
S 「母ちゃん 死んだからさ……」
私 「(╯⊙△⊙╰ )えっ!!!」
S 「…………そ……死んだんだよ……」
私 「あんなに元気に好きな酒飲んでたのに…」
S「……もういねぇよ…………死んじゃった…」
私 「……………………………………」
S 「……………母ちゃん……」
私 「 (´°_°`)………………………」
〝いつまでも親は生きていない〟
この言葉ほど悲しいものはない……
いずれ別れの時がくる……
私が子供の頃 両親がとても大きく見えた。しだいに母の背を追い越して父とそんなに変わらなくなっていった
親は私が成長が進むにつれ喜んでいたから私も何気に笑っていた
だが月日が経つにつれ いつの間にか両親が段々 小さく見えてきて……
親が小さく見えるということは それだけ歳をとり それだけ別れの時が迫ってきているということなのだ……
今年に入ってかなり死ぬ人が多い
うちの寺では現在30人以上の信徒が亡くなった…まだまだ死ぬ年齢ではないのに…
もしかしたら〝平成〟という時代が終わるから それと同時に亡くなったり引退したり隠居したりする〝時〟なのかも知れませんね…
母 「骨壷に入った人をですって?!なんなのその言い草は!他にも言い方があるでしょうよねぇ!失礼しちゃうわよ!」
S 「他人なんてしょせんそんなもんさ」
母 「だけどそこを何とかしてくれるのがアドバイザーでしょ?!何とか入居出来ないの?かなり空いてるわよ!」
S 「県営の方が駄目だって言ってるから無理ですだとよ……」
私 「話がおかしいよ!だってさ8月から103号室を修繕工事してたんだよ!私はてっきりそこに入居すると思ってたのに」
S 「103号室ぅ?部屋番までは聞いちゃいねぇが1階にして下さいとアドバイザーに言ったよ俺もお袋も足腰きかねぇからさ」
私 「申請したのいつ?ほら自己破産してから」
S 「7月……10日過ぎかなぁ……まっ、とにかくさ入居前に母ちゃん死んだから二人家族じゃねぇからって破棄になっちまったよ」
やっぱここの部屋だったんだな……
もう部屋は綺麗に段取りしてあるのに……
私 「引っ越してきたら真っ先に勧戒式受けさせようって祈ってたのに……」
S 「へっ?そうはいかねぇよ(笑)」
私 「確か修繕工事が終わったのは9月……彼岸……あたりだったかな……」
母 「生活はどうなの?生活保護で何とかやってるのかい?」
S 「……貰ってねぇ……」
私・母 「はぁ?!なんでよ!!」
S 「いくら待ってても金が入ってこねぇから市役所へ訪ねたんだよ よく考えてみたら申請は出しても手続きがまだだったんだよ 7月下旬頃によ申請は言われるままに出しておいたんだ だがさ肝心な振込口座とか何とか伝えてねぇなと思ってよ そしたら「まだ検討中でございますから」って言われてよ……てっきり生活保護者になったかと早とちりしちまってたんだ」
私 「今までお母さんの年金とSさんの給料で生活してたけど もう お母さん亡くなったから年金貰えないしSさん仕事辞めてるから給料無いしどうするの?」
S 「貯蓄あるよ……まぁ雀の涙くらいはあるからさ……仕事探そうと思ってね…」
私 「そんなの無理に決まってるって!やめなよ!」
S 「両手もだいぶ良くなってきてるよ。それに家探ししなきゃならないからさ」
私 「自分で探すの?アドバイザーは?」
S 「最近 連絡取れない……あんたんとこだけ世話してるわけじゃねぇからってよ……」
……なんかさ……なんか全てが裏目に出てるよね……
私 「( ̄ □ ̄;)どこま~でも~🎶どこま~でも~🎶」
S 「あっ そのコマーシャル知ってる(笑)なんとか専門学校ってヤツだろ?どこま~でも🎶」
私 「そうじゃなくて どこま~でも運が悪い~🎶って替え歌 歌いたかったの」
S 「なんだと!」
母 「あなたねニセ本尊なんて拝んでるから良い方向へ事が進まないのよ。結局そうやって行く先、行く先、邪魔されてるじゃないの これ全部 ニセ本尊がやってるのよ!あなたを不幸にしてるの!」
S 「そんなことねぇよ!血脈のねぇ相承もねぇ偽物の法主が書いた偽物の御本尊を拝んだら不幸になるよ!」
私 「まだ言ってるの!」
S 「あぁ言ってるよ!」
ニャアー ニャアー
(..)ん?
S 「ほら あんたがクソみてぇな歌うたうからなんだと思って来ちまったじゃねぇか(笑)コイツらさ夏に夫婦ものカップルが2組みいて こっちの夫婦が3匹 こっちが4匹 で合計7匹 産んだんだよ ほらこのグレーの猫 抱っこしてみろ」
私 「(⊃^▽)⊃可愛い~私 名付け親になっていい?ミンクちゃんにしたい 」
私 「そう言えばお母さんいつ亡くなったの?」
S 「9月19日」
9月19日?
っていうと?えーと今週の23日が五七日忌?え?って事は35日忌!!!!!!!
えぇ!!!!!!!!!!!!!!!
(; ・`д・´)ゴクッ 35日忌!塔婆!35日忌!塔婆!35日忌!塔婆!35日忌!塔婆!
早く寺に行かなければ!!!!
五七日忌(ごなのか) 5×7=35
35日忌
七七日忌(しちなのか)7×7=49
49日忌
よく世間一般で四十九日は聞いたことあるけど35日はあまり知られていない。
私はこの四十九日忌に閻魔大王が裁くと思っていた
そうじゃないんですね…知らなかった…
今から書く事はだいぶ昔に本を読んだりネットで調べた事なのですが
五七日忌 35日忌
閻魔大王が裁判官を務める。(弁護士は地蔵菩薩。だが主に法華経信者を弁護する)
この時に 何処へ何に生まれ変わるか裁きをして判決が出る。
そこには浄玻璃の鏡というのがあり生前 自分がやってきた行いが全て映し出される。どんな事をしてきたのか悪事はしていないか折伏を聞いていないか誰に聞いたのか等など全てが写し出されるのです。
裁きは一般に行われる裁判とはまったく違います。
それは過酷で……恐ろしくて恐ろしくてとてもじゃないですがここで詳しく書くことは出来ません…
※だが信徒の場合 扱い方が違います
そこには俱生神達がいて倶生神とは人間の善悪を記録して死後に閻魔大王に報告する神のことを言います。人間が産まれると一緒に産まれてきては常に両肩に乗っかり朝昼夜、その人の善悪の行動を記録して死んだ後で閻魔大王へ報告します。左肩に男の神が乗っかり、その名を同名と言い善行を記録します。また右肩には女の神が乗っかりその名を同生と言い、悪行を記録します。
追善供養(塔婆)がされてないと獄卒(亡き人を責め立てる鬼)達や数々の鬼神達に罵倒され激しい大苦悩を受ける事となり行き先が決まらないとまた大苦悩な七日間の旅をしなければならなくなります。
次に六七日忌
この時、裁判官は変成王が担当し弁護は弥勒菩薩が担当する。
なぜ35日忌に行き先が決まらなかったのか判定され閻魔大王の報告などを聞き裁きが続けられます。そこからまた大苦悩な七日間の旅をして
次に七七日忌(四十九日忌)
裁判官は泰山王。弁護は薬師如来。
ここ全てが決まる最後の審判となります。
初七日(死んだ日にちを入れて七日目の事。例えば1月1日に死んだ場合 初七日は7日になります。)から三回忌まで裁きが行われます。
塔婆を立てることにより七日間の旅を大苦悩を受ける事なく楽に旅をする事が出来て、また中でもこの35日忌は判定を決める最も肝要な裁きでもあり、もしここで塔婆をする者がいたら閻魔大王をはじめ弁護側や多くの鬼神や使者達も涙しながら大歓喜し、また亡き人も咽び喜ぶ。
遺族達の追善供養によって亡き人の行き先が左右され楽になるか大苦悩を受けながら旅をするかどうか決まるのです。
成仏した者は死んだ瞬間から天上へと導かれ、後光がさして七色に輝き、多くの神々菩薩から御出迎えされて賛嘆される。
地獄へ落ちる者は聞けば気絶するほどの凄まじい地響き爆撃音と共に真っ逆さまへ堕ちてゆく(だが誰かの塔婆供養の申し込みがあった場合 状況が変わってゆく)
ようするに行き先が決まってる方は裁判が必要じゃないからです。
だが罪障があり罪を重ねてしまってるであろう私達はなかなか成仏までいかないので七日間ずつの裁きへと案内されるのです。
『妙法尼御前御返事』
「されば先づ臨終の事を習ふて後に他事を習ふべし」
(御書1482)
生きてるうちに死んだ後のことをよく学んで考えておきなさい。
よく自分には子孫がいなくて法統相続(子供や孫が信心を継ぐこと)が出来ない方がいたりします
でも真剣に信心に励んで即身成仏を願ってゆけば例え子孫がいなくても御本尊様から護られて良い方向へ導かれるそうです。
(=_=;)なんか書いてて怖くなってきちゃった
だって創価学会や改革同盟のように死んだ後の塔婆供養はしないでいいとか追善も必要ないとか葬儀に住職もいらないとか言ってるけど(そう言っておいてなぜか改革同盟を葬儀に呼ぶ時あるよね?なんなの一体?)
想像しただけで怖くなるよね…
正しく追善供養をさせない魔なのですね
私達は相手が生きてる時に折伏してきたが、死んじゃったらカンケーないや誓願成果になるわけでもないし後は知らんぷり
これでは真の救いではないそうです。
たとえ相手が生きてる間 私達を中傷誹謗して どんなに悪タレ吐かれて意地悪してきたとしても いざ、相手が死んだらざまぁみろではなくて1本でもいいから塔婆を立てて追善を祈ってあげる事が大事なのだそうです。
相手は「こんなはずではなかった!」と泣き叫んで後悔しているはずです。
折伏とは慈悲の心を持って相手を救って行く事でありますから見放したりせず最後まで見てあげる事が大事だそうです。
死体は火葬し骨になったとしても生命は消える事なく永遠に生き続けるのだそうです。
今度 人間に産まれ変わる事が許されたなら信心に付けますように……
③へ続く