友達と今日も語った。

彼女はホンジュラス人じゃないので、

うんうんわかるよーってことがいっぱいある。


今週はずーっと働いていて、

オフィスにいるときから、家に帰っても、

夜一時くらいまでずっと作業していた。

締切があってしかたないわけで、


でもふと気づいた。

なんでこんなに働いてるの。

私は働くためだけにここにいるんじゃない。

友達とも話して、

チャットもして、

街でであう人との会話も楽しんで、


友達の誘いを断ってまで、やらなきゃいけない?


私はここで楽しみたいし、

心もここにある、

だから仕事もいいけどね、外に出なきゃ。

って友達と話して、

おいしいアイスとコーヒーを飲みに、近くのカフェへ出かけた。


それから素敵な靴屋さんを見て、

ごはんもゆっくり準備して、

旅先で買った絵葉書に手紙をかいた。


自分の心や視野が狭くなっていることに気づいた。

土日は会いたい人に会って、

街歩きでもしようかな。
10月10日は旧体育の日。

一年で一番晴れの確立が高い日でしたよね。



10月10日は大好きな友達の誕生日。

大学の時の友達で、助産師を一緒に専攻して、バレーも同じチームで

大学時代の今よりもさらに性格がきつかった私をいつも相手にしてくれた

本当に素敵な友達です。



働いてから別々の場所にいたけれど、

たまに旅行すると

ふとした時に、一緒に同じことばを発することが3回くらいあったり、

考えていたことが一緒だったり、

食べものの感想が一緒だったり。

でも彼女のみんなに好かれる性格や

行動力や包容力がいいなと思って、

憧れてもいました。

うちに泊まりに来たことも何回かあって、

うちの父と母の名前も覚えていてくれて、最近あつこさんどう?

とか聞いてきてくれる。


彼女も私より2年先に協力隊でキリバスへ。

考え方も似ていたんだなーと思います。


元気にしてるかなー。

2年間終わったら彼女とたくさん語りたいな、

なんて思うわけです。





うちの部署の秘書の子と

将来の人生設計について話す。


彼女は彼氏がいて、結婚の約束もしているそう。

1年後に結婚して、

始めの一年くらいは二人の生活を楽しんで、

それから20代のうちにふたり子供を産みたいそうです。


「ホンジュラスは30歳でもう高齢出産でリスクだよ」

えーー、私の年齢知ってるくせに。


いや、ホンジュラスでも高齢出産の定義は35歳以上です。

勝手に変えないで~

って思うけど、

いざというときの施設の対応の悪さや医療レベルを考慮したら

30かもな、なんて思ってしまう。



日本は高齢初産婦さんはたくさんいて、

35歳なんてまあ普通。

だけどアラフォーになると、

今までの人生の経験があるから、

いろいろ心配になるわけです。

リスクあることも承知だろうし。


みんながみんなじゃないこともわかっていますが、

心配性な方が多い。

もっと妊娠を楽しんだら~なんて思ってしまうくらい。

どうしても心配なことがあるから頭でたくさん考えてしまうのはわかるんです。


でもお産するのは頭じゃない。

体ですよ~。

胎児を育てるのは自分の体よ。


ほんとはもっと詳しく言わなきゃいけないかもしれないし、

あまり自分の意見を述べるべきではないのかもしれない。


その一方比較的若い子は素直。

20歳くらいの子は体力もあるし、

頭を働かせすぎるとホルモンが出なくなってしまうので

本能がだせない。

若い子は、本能がまだまだ活躍するので

お産も授乳もけっこううまくいく。


だからお産は若いほうがいいという理由もある。


ホンジュラスは若すぎてリスクだけど。


私の地域は

高齢出産=多産なので別のリスクを背負っています。

高齢初産婦はまだまだ珍しい。



いつもパンお願いしたり、

イベントの予定などを教えてくれる

自然派のおばさん。


彼女はシングルマザーで5歳の娘がいます。

娘にもスナック菓子や炭酸ジュースははあげないとか

でかけるときもいつもフルーツを持参する、

オーガニックの野菜を使う、

薬のかわりに自然の植物をできるだけ使う、

ごみは持ち帰る、

そんな自然派の彼女は

いつもその考え方に共感できる数少ないホンジュラス人です。


彼女は42歳で子供をうみました。

「私は高齢出産だけど、私はそれがよかったと思っている。

妊娠してたくさん勉強して

いつも健診の時に先生に質問を用意していって

質問してた。

先生もいつもそれに丁寧に答えてくれた。

若い子は何も知らない。

年を重ねたからこそ、妊娠を大事にできた。

お産の時も

前から先生から聞いていたから

自分で何が起こっているかわかって

看護師さんを呼ぶことができたの」


ホンジュラスでもこんなに自分の体に目を向けている人いるんだな

って思った。

妊娠中は自分の体に目を向けてね、

生活を振り返るいい機会ですよ

なんて話をするけれど、

まさにセルフケア。


日本の高齢初産婦さんたち

心配いっぱい、

頭でいっぱい考える、

それってちゃんと自分の体に目を向けて

赤ちゃんにも目を向けている。



高齢妊婦さんだけに限らずだけど、

日本の妊婦さんって優秀。


今母親学級(両親学級)のホンジュラス版をカウンターパートと企画中。

ホンジュラスの妊婦さんもいつか、

危険な兆候を知るだけでなく、

もっと自分の体に耳を澄ませて

自分の心も体も大切に、赤ちゃんにもちゃんと話しかけて、

ということができる人が増えたらいいな。


なんて悲しくて残念なんだろう。


グラシアスの公立病院で帝王切開後の母が亡くなった。

産後二日目肺塞栓症で。



予防できる手段はあるのに、

なんの予防もされていない。

物がないのは仕方ない。

でも説明もない、観察もない、予防の意識もない、知識もない。



妊産婦死亡があったときは

必ず分析する会が行われる。

いつもその死は回避できたのか、できなかったのかという結論に持っていく。



今回肺塞栓症でなくなったのは

回避できなかったと分析されていた。



回避できなかったと言ってしまえば解決策なんて考えない。

予防も何もしてなかったのに、

なんで回避できなかったと言えるの。



若い女性が一人亡くなっている。

赤ちゃんはお母さんなしで育っていく。

そこからどうして学ぼうとしないの。

家族は回避できなかったといって受け止めるしかないの。



みんなが自分の責任でなくするためには

患者のせいにするしかなくなる。

人がひとり亡くなっているんだ。



なんのための分析の会なんだ。

悲しくて仕方ない日。

誰と話したら状況をよくできるのだろうか。

あきらめさえ出てくるくらい悲しい日。