おじぃちゃんの事件簿 -914ページ目

『任務終了後は実弾撃つことに』陸自上官の冗談真に受け発砲

陸上自衛隊福知山駐屯地(京都府福知山市)で6月、第3師団第7普通科連隊陸士長(24)が自動小銃の実弾を無断発射した事件で、同駐屯地は6日、一緒にいた上司の3等陸曹(32)が


『任務終了後は実弾を撃つことになっている』


と言った『冗談』を真に受けて、陸士長が実弾を地面に1発、上空に2発連続して発射していたと発表した(笑)



同日、陸士長と3等陸曹を停職10日、上司の2等陸曹(42)を停職12日にするなど計14人を処分した。


陸士長は自衛隊法違反(武器の不正使用)の罪で略式起訴され、罰金3万円の略式命令を受けた。





(::´Д`) { アメリカンジョークだね

『セブン&アイ』 調剤薬局最大手アインと資本・業務提携

『セブン&アイ・ホールディングス』は5日、調剤薬局最大手の『アインファーマシーズ』と資本・業務提携すると発表した。

処方箋(せん)窓口を備えた『アイン』の店舗を『セブン―イレブン』と共同出店したり、『イトーヨーカ堂』での『ドラッグストア』の展開を拡大したりして、集客力を高める狙いだ。


『アイン』が26日付で実施する第三者割当増資を『セブン&アイ』が引き受け、『アイン株約8%』(議決権ベース)を約『16億円』で取得する。


両社は薬剤師の採用や教育でも連携。


医薬品の自社企画商品(PB)も開発する。


薬剤師に準じる

『販売資格者』


を新設する改正薬事法が09年度に施行されるが、資格を取るには1年間の実務経験が求められるなど自前での育成は難しく、『セブン&アイ』は提携先の確保を急いでいた。



一方、『アイン』も今春、ドラッグストア大手の『CFSコーポレーション』との経営統合を模索したが、『CFS』の筆頭株主の『イオン』の反対で頓挫。


新たな提携先を探していた。




(::´Д`) { アイーン

『ぼくの家はここにあった 爆心地〜ヒロシマの記録〜』

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原爆ドームが『広島県産業奨励館』と呼ばれていたころ、街角には謡曲が流れ、子どもたちの歓声が響いていた。


戦前、そこで暮らした映像作家が約10年をかけて原爆投下前の町並みをコンピューター・グラフィックス(CG)で復元し、『DVDブック』として今夏出版した。


江戸時代に能役者や囃子方(はやしかた)ら藩主のお側衆(そばしゅう)が住んだ『猿楽町』。


能衣装や和楽器などの細工師が暮らした『細工町』。


今の広島市中区大手町1丁目のあたり。


爆心直下となった産業奨励館の周囲には、63年前の8月6日まで、約『260世帯』が暮らす城下町の風情漂う町があった。


広島市の『ナック映像センター』社長、田辺雅章さん(70)はそんな町で生まれ育った。


家は産業奨励館の隣だった。


原爆投下当時は7歳。


山口県に疎開していて直撃は免れたが、両親と弟を亡くした。


自身も投下2日後に広島に戻り、被爆した。


長年被爆体験は封印してきたが、還暦を目前にしたころ、転機が訪れた。


ドーム前で女子高校生に写真撮影を頼まれた。ファインダーをのぞくと笑顔の生徒が「イエーイ!」。


フレームに母と弟が眠る生家跡が見えた。


『原爆の記憶が薄れつつある』

と町並みの再現を思い立った。


97年に元住民とともに連絡組織をつくり、白地図を1戸ずつ埋めていった。


生存者は当時の写真を持ち寄り、翌年、第1弾となる産業奨励館を中心とした復元映像が完成した。


田辺さんは米国立公文書館に何度も通い、被爆前の航空写真からも建物の位置を割り出した。


02年には『猿楽町』を、05年には『細工町』を再現するとともに、投下直前から爆発の瞬間までを描いた。


『CG』の町では謡曲や虫の音、台所でリズム良く響く包丁の音が聞こえる。


商店の中からは「いらっしゃい」の声もする。だが、人の姿はどこにもない。


『直後に数千度の熱で焼かれることを思うと耐えられなかった』



3本の映像はこれまで国連本部で上映されたほか、『500』近い学校に教材として貸し出されてきた。


そして今年、回顧録を書き下ろし、映像を60分に編集して、DVDブック

『ぼくの家はここにあった 爆心地~ヒロシマの記録~』

(朝日新聞出版、3800円・税別)を出版した。


『これは孫の世代への遺言。あの日の出来事を忘れたとき、再びあの日が繰り返される』


と語る。