舐犢之愛 | 倉ー美の日常は恥辱にまみれている。



幸せになって欲しい。

そう願って親はあたしを育ててくれた。そしてこれからも見守ってくれる。

あたしは今幸せだ。いろんなことがあるけれど、それも全部引っくるめてポケットにねじ込んで大きな声で幸せだ、と叫べる。

食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み、買いたいものを買い、読みたいものを読み、書きたいものを書き、大好きな人達に囲まれて。

こんな幸せなことってあるだろうか。

ただこれはあたしにとっての幸せ。あたしの幸せのために傷つく人はいないのだろうか。いるかもしれない。

1番は親だ。傷つくことはそれほどないかもしれない。ただ心配はしているであろう。

あの子は今何をし、何を食べ、何を考え、誰といるのだろうか、と。

心配をさせてはいけない。それは切に思う。

できる限りは全てを話している。この世で1番大切なのは親とのコミュニケーションだと思っているから。

親は何かと後回しになりがちだ。何をせずともわかってくれる。…わかってくれる気になっている。
何をせずともそこにいてくれる。…いてくれる気になっている。

しかし親とはいえ、人で他人なのだ。言わなければわからない。いつかはいなくなる。
わかってくれるのが、いてくれるのが当たり前になってはいけない。絶対に。

だから話す。たくさん話し、なるべく実家に帰り表情も存在も確かなものとする。

昔からそうしてきた。これからもそうだ。あたしの考えはきっと変わらない。

少し思うことがある。
話すことで心配をさせてはいないだろうか、と。

大人になるにつれ意見がぶつかることも増えてきた。
親を言い負かすこともある。
これを親は

1人の対等な人間に育った証だ

と思ってくれているであろうか。
自分の分身が違う考えを持って違う方向へ進もうとしている、と思っているかもしれない。
あたしは話した内容を幸せだと思っているけど、親はそれを幸せだとは思っていないかもしれない。

だって他人なのだから。人によって幸せの基準は違う。

考えていても仕方がないと言い聞かせてはいるが、ふと不安になることがある。

だから、だからこそ、笑顔でいよう。笑顔は言葉よりも大事なコミュニケーションなのだから。
幸せの中身は違うかもしれないけれど、笑顔でいれば少しは伝わるはずだ。そう思いたい。

あたしの幸せは周りの人の幸せで成り立っている。
みんなを幸せするために、役立たずなあたしだけど何かできるはずだ。

ただのお節介なのだろう。だけど、させてください。それがあたしの幸せなのです。



今回は真面目になりました。ごめんなさい。次からはまたおちゃらけに戻ります。
このブログもあと半年。あたしは全速力で走ります。周りから見るとただの歩行かもしれませんけど、あたし的には走ってますから!