や、昨日あんな事を書いたばかりなんですけどね。今日、オートバイをショップまで引取りに行った帰りに、ちょっとした買い物があったんで裏通りをたらたら走っていたんですよね。
 そしたら、道路の真中に自転車が急に止まって、その先にも何かが止まっている。「なんだよ、道路塞ぎやがって邪魔くさい連中だな」とか思って近づいて行ったら、自転車の先には、車道を斜めに塞ぐ形で止まっている、夕刊配達中の原付。

 どうやら、道路の左側の家に新聞を入れた後に、後方確認もしないで、道路の反対側の家へ向かおうとしたところに「道路の左端に止まっている原付を、道路の真ん中に避けた自転車が突っ込んだ」模様。

 だが、怒っているのは、道路を斜めに塞いでいる原付の新聞配達員。自転車側は、怒るでも謝るでもなく、怒り狂う新聞配達員の罵声を受け流しているだけ。

 経験上、今まで接したことがある新聞配達員にマトモな人間はいないので、クビを突っ込んでもロクなことになりそうにないし、そんなに暇でもなかったし、人も集まってきていたので、まぁ、おおごとにはならないだろうと、道路の空いているところを抜けて帰ってきたんですけどね。

 新聞配達員って本当にロクでもない奴ばかりだな。と、改めて思った次第。中には真面目にやっている人もいるのも知っているけれど、大半は走る基地外だからなぁ・・・

 まぁ、配達のお仕事と言っても「新聞配達」「郵便配達」「宅配便」などなど、いろいろあるんですけれどね。ぶっちゃけると、配達のお仕事って交通ルール順守より時間なんですよね。

 暇な人は見ていたらわかりますけど、新聞配達や郵便配達の原付って、一時停止は止まらない、一方通行を逆走する、歩道を走る、一方通行でない道路の右側を走る…と、交通違反の山盛りです。郵便配達は「元親方日の丸」なので、お目こぼしがあったんでしょうが、その時点でそもそもおかしな話なわけで。
 つーか、親方日の丸だろうが、大手新聞社の配達だろうが、公道を走っている限りにおいては、交通法規を守るのが当たり前なので、キチガイが街中を走り回っていると考えると恐ろしい話なわけで。

 ところで、新聞配達にしても郵便配達にしても「順路帳」とか、まぁ、配達する道筋を示す帳面とかそれに類するものがあるんですよね。その道順がどうなっているかって言うと「一方通行を逆走する(表向きは車両を降りて徒歩で配達することになっている)」とか「一方通行でない道路の右側を走る(表向きは配達する家ごとに車両を右側に寄せることになっている)」とかすることで、最短距離で配達できる様になっているのですよね。

 あと、郵便配達のオートバイに「二段階停止励行」とかステッカーが貼ってあるのを見たことがある人もいるかもしれませんが、あれは「一時停止線手前で停止。安全確認の後に交差点手前で再度停止して安全確認」ということなんですが、あれをやると、一時停止ごとに30秒は余分にかかります。
 郵便配達が一日に通過する一時停止線の回数に30秒をかけると、軽く数十分単位になりますが、そんなに時間がかかっていたら、上司に「くず」だの「かす」だの「使いものにならない」だのと、罵倒が飛んでくるとか。その同じ口で「交通法規を順守するように」と言うとか、もう、ギャグですわね。

 もっとも、実際に現場の配達の仕事をしている人というのは、大半が「非正規職員」というやつで、何かあっても「それは本人の判断で会社としては交通法規を順守するように指導しています」なんてなるらしいし、まぁ、使い捨ての駒ですわね。

 とは言え、そんな理由で通法規無視で配達をするのが許されるものではありませんよね?自分も一方通行を逆走してきた配達の原付に引っ掛けられて、そのまま逃げられたことが一回と言わずありますし。

 そんなわけで、相手が郵便局だろうが、大手新聞社だろうが、遠慮無く通報してあげましょう。それが世の中のためというものです。

 配達のお仕事なら、交通法規を無視して良いなんて、法的に許されていないのですから。

 とは、TIGER & BUNNY最終話の虎徹さんの言葉。なに?今更タイバニ見てるのかって?そうなんですよね。本放送時には乗り遅れましてね・・・

 そういや、むかしよく仕事関係で言っていたのが

 「できないと思ったことは、どんなに簡単にできることもできなくなる」
 「できると思ったことで、できなかったことはない」

 とか、そんな言葉。大抵において「できる」と思うということは、それなりの根拠なり自信が自分の中にあるから思うし、口に出せるわけで、それができない人というのは、見極めが甘い人。
 まぁ、そんな風に考えるようになるには、それなりの知識や経験が必要だったりするので、比喩表現として使っていたけれど、そこそこ歳が行ってる人でも、できない人はできないというのも事実としてあるわけで・・・

 とまれ、以前の自分は自分の限界を決めて何かをやるというのはあまりなかった気はする。論理的に考えて無理とか実現可能性が低い場合は除きますけどね。そこを見誤ると、ただの無鉄砲と化してしまうわけで。

 振り返って、最近の自分はどうだったかな?と思うと、自分の限界を決めてしまっていたかな・・・と。やろうと思えば進めるのに「もう無理」と立ち止まる様な感じで、以前の様に「ここを、もう少し突き詰めれば、もっと・・・もっと・・・」という感じではなくて「まぁ、こんなもんでいいか」と済ませてしまうのが増えた気がする。
 自分の体力と精神力を削り込んで、自分の製作物に、自分自身を練り込んで行くかのような作業は、苦しいけれど中毒性が高くて・・・できあがった時には虚脱感と恍惚感が自分を満たして、かなり気持ちがいい。気持ちがいいんだけれど、仕事が終わった時には自分もある意味で終わってるみたいな感じで・・・

 まぁ、今更感はあるけれど、自分の限界を決めて適度にお茶を濁すんじゃなく、自分が好きなことや好きなものと、ちゃんと向きあってみようかとか思ったのでした。