写真は2年前、母の病気が発覚した時の母とのLINEのやり取り。
携帯電話を解約してその番号が新たに使用されるとLINEの履歴ごと消えてしまうと調べたら出てきたので、丁度母の病気が発覚する前後はどんなことを話して居たのかなーとスクロールしてみた。
「タラレバ」本当にそう。。あと10年は一緒に居たかった。母は当時では高齢出産の年齢だったので、周りの友達の親御さんより10くらい上なはず。もっと2人でしたいことがたくさんあったなぁ。
さて、葬儀までの話なのですが、私は今までお通夜の経験はあったけれど、告別式までは経験がなかったんじゃないかな?
ましてや病院からどのように移動して、白装束を着せてもらい、納棺式をするってのもあまり考えたらことがなかった。
深夜に亡くなった母、前のブログにも書いたけれど、亡くなった直後は顎の筋肉?の関係か口がぱっくり大きく開き、肌は黄疸?のような黄色い状態で見ていられなかった。
まず葬儀までの安置所を決め、そこに運ばれる前に病院側が最低限の施しをしてくださり、洋服を変え口も顎にタオルを挟んで開きを抑えるなどして下さった。
それから葬儀屋の方が病院の安置所を通過した先にある駐車場に母を運んで車で葬儀屋の安置所に向かった。霊柩車のイメージが強かったけれど、普通のワゴン車を改造したみたいな車だった。
あと、母の病院には(普通もそう?)エレベーター横にも地下の表記がないのだけれど、安置所があるからなんだと初めて知った。
そのまま夜が明け、朝イチに葬儀屋の方が来てくださり(こちらから出向くか選べた)これからのことを丁寧に決める。
プランが色々あって、オプションも様々。お返しや花、お弁当の種類を決めたり、何やかんや2時間くらいはかかったかなぁ。
実は母が亡くなった日、本当は母のお友達が面会しにきてくれるはずだった。それを待たずして逝ってしまったのだけど🥲
なので朝イチにお友達に母の訃報を告げた。
お友達は病院にいる母に会えると思っていたのに、会ったのは霊安室。母の霊もさぞかし悔しかっただろう。
葬儀屋の霊安室で見た母は、病院で見た母とは別人のように綺麗で黄疸もなく本当に眠っているようで、口も閉じて居た。
おくりびとの方々って凄すぎる!!
うちの方は火葬場は空きがあるが式場が埋まっていたせいで(母の式場は1日1組だけ。普通はそうなのか?)母には1週間霊安室で眠っていてもらった。
霊安室代、ドライアイス代などの説明もあったけれど、母と旅行に行くには十分な金額で、これまた何とも言えない気持ちになった。
ストマ造設する時に、「これで旅行も行けそうだね!」なんて話をしていたから🥲たった数週間前の会話。
納棺式は告別式の前々日に行って頂いた。お化粧ってすごい。おくりびとの方々の技術が素晴らしすぎて、
「綺麗になりすぎちゃった〜☺️」って母が嬉しくて今にも起き上がってきそうだった。起き上がってもいいんだよ?って皆んなで声かけをした。
うちは通夜はせず、告別式のみの本当に身近な人との家族葬にしていたので、納棺式の次の日は久しぶりのオフ。
と言っても斎場へ母が移動する日だったので、お花の配置やら何やら先に見ておこうと父と父の兄夫婦と母に会いに行った。
清潔感たっぷりな祭壇、たくさんのお花に囲まれた母。なんだけど、やっぱりまだ実感が無かった。
これは病院に間に合わなくて母を看取れなかったからかもしれない。
医療ドラマみたいに脈を確認したり、それは病院に着いた時にはとっくに終わっていたから。
母の病室に着いた時には母の胃液の臭いがキツかった。記憶したくなくて冷房で換気をしてしまったくらい、、、。
告別式当日、お世話になるお坊さんへ当日現金でお布施をお渡しする。
火葬場の食事の際にも火葬場の費用を現金で精算した。とても不思議な気持ちだった。
だって母が焼かれている間にご飯を食べるなんて、何だかよく分からない。母のお友達や兄妹は母のことを話しながら食べて居たけれど、喪主や私、身近な人は黙食するしかなかった。話せなかった。言葉が見つからなかったな。
祭壇に飾ってある花を積んで顔が見えなくなってしまうくらいお花に囲まれた母へ、私は泣きながら語りかけた。
喪主である父は紙も見ず、用意してきたのか思い出しながら語ったのか分からなかったけど、とにかく立派にやり遂げてくれた。鼻水垂らして泣きながら、参列して下さった皆様へ母の闘病生活や想いを語ってくれた。
本当に立派だったなぁ。お母さんがいつも言っていた。
「お父さんは冠婚葬祭の時に急に振られたとしても凄く立派に話が出来るの。私は絶対真似できないから、お父さんを尊敬するところよ」
って。お母さんも御勤めご苦労様です🤲って褒めてたと思う💐
火葬場から収骨の時。私は送り出す時目を伏せた。生前、母は「焼かれるって熱くて痛くないかなぁ」なんて言って居たから直視出来なかった。
だから出てくるのは何なんだろう。って自分を誤魔化していたんだけれど、まぁ立派なお骨が!全然崩れてない、脆くない!
火葬場の方にも
「骨がしっかりなさっている方ですね」
って感心されていた。骨太だったもんね。
でも、癌には勝てなかったなぁ🥲
火葬場の方がどこの骨かの説明とともに、「近くで見てください」みたいに言ってくださったので凝視してきた。
母、丸っ裸にされて恥ずかしかったかな😂
歯が2本残っていたんだけれど、癌が発覚してから口腔ケアも並行してしていたので8万した歯とボルト?が残っていた😂
生前母は「歯に8万なんてどこか旅行に行ける値段じゃない!早く歯医者にも行っておけば良かった!自分が情けない!」
って言っていたので、なんだか母らしいなぁなんて骨を前にして思ったり。
火葬場の炭?の臭いも記憶したくない臭いだったなぁ。
母のお棺には外行きの服、病院から着ていたパジャマ、オムツ入れや小物入れでよく使ってくれた私がプレゼントしたフェイラーの巾着の中に家族の写真と、大腸癌になってから食べなくなった母の大好きな粒あんのどら焼きを入れ、顔の横には私からの手紙も添えた。
16人だったかな?家族葬や葬儀までのお友達への足代や親族の宿泊場所、交通費代含めかかった費用はざっと150万くらい。この後納めるお墓代や戒名代(うちは母がいらないと言っていたのでつけないが、戒名って凄くお金がかかるんだと知った)、仏壇費用がかかるんだよね。貯金、死亡保険大事。
人が死ぬことって、現実はなかなかハード💸
このご時世生きるのもハードだけど。
母はあんなに綺麗ににしてもらってお友達や周りの方々に見送ってもらえて幸せだったはず!
母が亡くなる前に亡くなったら知らせてほしい人リストを教えてもらっていたのも良かった。
これから49日でもお金はかかるし、納骨場所の年会費や何回忌とかでもお金はかかる。亡くなっても何年もお金がかかる。
母には最後の最後まで色々なことを教えてもらっちゃったなぁ🥲
喪服や数珠、喪服用のアクセサリーなども自分が亡くなる前に私に揃えてくれたりね。
同じ体験をされる方へ悲しみに暮れている中やることは沢山で頭パンクしてしまうけどこんな流れですよという記録と、私の想いでした。