僕と鈴虫と感情
僕が一人で部屋を借り、都会を離れた時のことだ。秋になるか・・・ならないか・・・まだ夏の陽射しが多少残る夜、
一度だけ 部屋の中に鈴虫が入ってきたことがあった。最初僕は 気がつかなかった。ある程度間を 置きながら リンリンリンとそれは 3回必ず 鳴くんだ。あまりに 近すぎる音だったから、それが 鈴虫だって分かるまでに 一時間くらいはかかっていたと思う。 だって、部屋の中に鈴虫がいるだなんて 滅多にないだろう・・・
それが 鈴虫だと気付いたときには、僕は 無性に胸が苦しくなって、狂ったように探し始めていた。
探して 探して 探して、玄関に並んでいる靴、洗濯機の下・・・なぜか僕は 今にも 泣き出してしまいそうだった。 探せば探すほど、それが鳴けば鳴くほど、胸が痛くなった。
もしかしたら 外を知らないまま こんな狭い部屋で鳴いている、仲間たちの声を知らなかったらどうしよう・・・
そう思ったら寂しくなった。 僕は 泣き出していた。泣きじゃくっていた。おかしな話だよね、こんな事一度だって
僕の身に起きたことははかったんだから。
狭い部屋に鈴虫の鳴き声と僕の泣き声が空中で 混合して響いていた。
このとき僕の中では、懐かしさや切なさ、喜び、崩れそうなほど足元を揺らがせた悲しみ・・・すべてが一度に押し寄せていた。
何に対してか・・・それは分からない。
何がそうしたのか・・・それも分からない。
波って理由なくして押し寄せるものなんだ、きっと。きっかけはいくらでも転がっているのだと思う。
振り向かなかった分 押し寄せる波は高波で強さを持っている。
あまりにも大きすぎる波だったものだから、僕は一瞬飲み込まれそうになった。思わず冷蔵庫の前の床にしゃがみこんだ。力を入れて体が浮かないように。
それでも、呼吸を整えてみると それは 小さすぎる、過ぎ去った日々たちが悪戯に僕の頭を駆け回っただけに
過ぎないんだ。その中には忘れていたことさえある。 例えばさ、こんなことだったりする。
幼いころ、僕が五歳で妹が四歳の時のことだ。金木犀が咲き始めたころ事だ。
金木犀の花の香りが、僕たち二人大好きだったんだ。 この香りをずっと取っておくことは出来ないものか・・・と
考えるんだ。毎年秋になると僕たちはそう思う。金木犀の花の香りというものは、本当に素晴らしいんだ。
だって、匂いにつられて、幼いながらの胸にも、締め付けられる何かがあるんだ。回想する思い出や記憶が、まだ頭の中に片付けられるほどしかない 子供の頃にだ。 あれは 間違いなく 懐かしさ だった。
少しばかり大人になってしまって、そんな漠然と感じられていた事が言葉で片付けられるものとなる。少しまいってしまう、だって、あんなに 胸が締め付けられる感覚が、当然のように言葉でくくられてしまう。
だから 僕は誰かに話したりなんかしない。だって、話をしたところで、仮に誰かが言葉を使って僕の感覚を
簡単に言葉でまとめ上げてしまったら、僕はすべての感覚を閉じてしまいそうだもの。
僕と妹は小瓶に花をつめ、水を入れたんだ。香水のつもりだったんだ。小瓶は鮮やかな、橙色になった。香りもうすく、残っていた。それを見て僕たちは喜ぶんだ。空中にまいて、匂いをかいで・・・これで冬も春も夏も、金木犀の香りを感じられる・・・
だけど、半日も経てば、鮮やかな橙色は茶色になってしまった。それを眺めながら、僕達は思ったんだ。
花は生きていて、今 死んだんだ・・・って。毎年毎年秋になると思い出してた。
小さいことながらも、喜びと寂しさ、生と死、不変なものはないということ、無理やりに流れは変えられないことをほんの少し触った気がした秋だった。
冷蔵庫の前で僕はそんな光景を思い出していた。
鈴虫は鳴き続けていたのだと思う。耳に再び届いたときに玄関に置かれた自転車に目がとまった。
そこには、小さな鈴虫がいた。僕はそっと近づいて、手のひらにそれをおさめた。
そして、扉を開けて外へ、皆が歌っているところへと置いた。

