ビジョナリーカンパニーシリーズやほかの色々な本を読んで出てくる一つの結論は

偉大な企業も経営者もけして未来を正確に予測できているわけではないということである


もちろん論理的な考察として将来を見通せている場合もあるだろうし

幸運で予想が当たったというケースもあるだろう

しかし本質的な意味で未来を予測できるわけではない

数多く打ち出した作戦の中で大成功した一部分だけをピックアップされて

現代に紹介されているだけという場合もあるようだ


経営論として重要なのは勘や運勢を鍛えることではない

むしろいろんな悪いことが起きることをある程度想定し備えをしておくことと

積極的行動により自分たちにとって望ましい将来を作るように努力することなんだと思う


既存の大企業でも10年後にどういうビジネスをやっているかはわからない

業種も基本的な商品が一緒でもその売り方や個々の商品の特性は今より進展しているだろう

そういう時代だからこそ必要なのは頭の柔らかい人材なのだと思う


既存の企業を蹴った人や蹴られた人など今からを生きていきたい人はご連絡ください

ワインの文化の中でマリアージュ(結婚)というと、簡単に言って「すごく合う」ということですが

基本的な法則としては「同じようなもの」がいいらしいです


あっさりした料理にはあっさりとしたワイン

こってりした味の料理ならしっかりとした重口ワイン

薄い色の料理には白ワイン

濃い色なら赤ワイン

ワインを使った料理ならその同じワインか同じ産地とかのワインの上級ワイン


などがいいらしいです


食後のデザートには?

デザートワインといわれる甘口のワインもあります


ワインの文化は基本的にはフランスやイタリアで発展したものだと思いますが

日本とはちょっと違う気がしませんか?


こってりした料理にはあっさりのものを合わせたり

デザートの時はコーヒーや緑茶など苦味のあるものと合わせたりしませんか?


欧米と日本ではこういう食文化の基本的なところでの違いがあるようですが、

これって他の文化や、社会の中での人物評価方法などとも関係ありそうな気がしませんか?


いつも妄想のような話を堅苦しく書いているが

今日は具体的に書いてみようと思います


ホタウェネ・タンゴ株式会社は「文化的な生活を世界中の人たちに提供する」ために

将来世界各地に事業展開し拠点を置きますが、

日本以外だと、やっぱりパリには拠点を作りたいですね。文化ですから。

アルゼンチンタンゴがルーツの会社ですからアルゼンチンのブエノスアイレスは必要ですね。

アメリカ方面は現時点ではニューヨークとしておきます。

事業展開の方向性によってはハリウッド近辺にも必要ですね

アジア方面はどこに拠点を置くのがいいか全く見当がついていません

日本には大きな拠点ができますからアジアの他の国は逆に後回しの可能性もあります


それ以外に挑戦していきたいのはアラビア方面とアフリカですね

学生時代にペルシャ語・アラビア語・現代ヘブライ語をほんの少しかじった他は

あまり縁のないはずのイスラームですがなぜか昔から興味があります

欧米系諸国との衝突などであまりいいイメージがないかもしれませんが

国際平和を考えたらやはり日本などの第三者的な国はイスラーム諸国ともう少し関係を深め

間に入ることができたらいいなと考えています

ホタウェネ・タンゴ株式会社は文化と教養の会社ですから

そういう側面で活躍する場も多いと考えています

アフリカは日本ではまだまだ知られていない文化もあるんじゃないかと思っています

また貧しい国も多いですからここに様々な文化や価値を紹介していくことは

弊社の念願となっていくことでしょう


弊社はボランティア集団を目指しているわけではなく文化教養をビジネスにするわけですから

経営陣と従業員は会社を発展させていくのに最適な報酬(給与)をとることになります

代表取締役の年収としては5億程度を上限とする会社に発展させたいと思います


などと現時点では妄想的であっても具体的なプランを考えることは個人としても企業としても

成長には欠かせないようです

みなさんもなにかなりたい自分・成し遂げたいことについて具体的な妄想をしてみませんか?

ホタウェネ・タンゴ株式会社の経営理念「文化的な生活を世界中の人たちに提供する」というのは

もちろん「文化的な生活のうちの一つの選択肢を世界中の人たちのごく一部に提供する」のではなく

「文化的な生活におけるありとあらゆる選択肢を世界中のすべての人たちに提供する」ことであるから

一歩ずつ進むことはできても絶対に達成はしない種類の目標である。


現実的にはその状況ごとで大小の難しくても現実的に達成しうる課題を設定して攻略していくことになる


しかしこの究極の理念を考えてみるに、

スポーツや文化に属する「戦い」を除いて戦争が起きている国で十分な量の文化的な生活の選択肢が

存在するとは考えられないから「世界平和」は上記の経営理念に内包されることになる

「戦争」とともに「貧困」も弊社の敵である

文化や教養は人間の精神に密接に関係するので、

「覚せい剤などの人間の精神に害を与えるもの」も弊社の敵だ

「病気」それ自体は敵ではないが病気で苦しむ人にも少しでもより文化的な生活を提供したい


同じような経営理念を持ってもこれらを外部要因として環境の許す中だけで

理念を達成しようとする会社もあるかもしれないが

ホタウェネ・タンゴ株式会社の経営者と従業員は事業の中でこの敵について常に意識し

撲滅のチャンスにはぜひ挑戦していくという責任を負うものとする

ビジョナリーカンパニーのシリーズにはすごくたくさんの重要なメッセージが込められていたが

そのうちのひとつ「ANDの才能」を考えてみたいと思う

偉大なるビジョナリーカンパニーやそれを作り動かした経営者が持っている能力とされる


これは、2つの矛盾するか対立する概念のうちどちらか一つを採るのではなく両方を追求することだ

たとえば伝統と革新などである

もっと現場に近いところではたとえばサービスのスピードと品質、新規顧客獲得と既存顧客の満足など

短期的視野での成功と長期的視野の成功も選択的になりがちだがこれも同様だろう


仕事でも個人的な生活でも、世界でも国家でも会社でも部や課でも個人でもいろんな例があるだろう


通常、論理的にはどちらか一つをとらないと中途半端になることが多いが、

それを中途半端ではなく両方を完璧に追及していくというのだからなかなかできないことだ


しかしホタウェネ・タンゴ株式会社はいろんな局面でこれを成功させるように総員の頭を働かせていきたい

昨日の続きです

昨日は供給力過多により新人や新規参入企業が経験を積むのが難しいということを書きました

今日は少し視点を変えます


同じジャンルで良い商品(サービス)と悪い商品(サービス)があった場合、

供給力過多の状況では悪い商品はほとんど売れないと書きました

逆に言うと以前であれば悪い商品(サービス)でもそこそこは売れたはずです


供給力過多のもう一つの影響と私が考えるのは

消費者(購買者)の意味合いの向上です

つまり消費者が商品を選ぶという行動が以前以上に「投票」としての意味を強めると言えます

その投票(選択)があるから各社はこれまで以上に商品づくりに真剣になり

消費者(購買者)に愛されないといけなくなっていると言えます


現在はある程度以上の値段のものを買う場合にはインターネットやパンフレットをよく調べ

慎重に比較してから買う人が増えていると思います

報酬をもらいいわゆるバイヤーという職業をする人と一般の消費者とのあいだに

行動としての差がなくなってきているような気がします


これまでは働いている(稼いでいる)人だけが社会に貢献しているような風潮がありましたが

これからは消費者として商品を選択するだけで間違いなく社会に貢献していると言ってよいと思います


「働かざる者、喰うべからず」という言葉を「稼がざる者、喰うべからず」と矮小に解釈するなら

これは現代にとってマイナスな考え方だと思います

趣味の行動をすることや上に書いた消費行動を含めて「働く」を経済社会と触れ合うことと

定義した上での「働かざる者、喰うべからず」に、私は賛成したいと思います

数日前に需要と供給に関することを書いた

以前に比べ需要に対して供給(力)が高まっているのは確実だ

実際には作っても売れないことから用意があっても作られていない製品や

注文が入らないと成立しないサービスなどもたくさんあるから

特に先進国などでは実際の需要に対する潜在的な供給力は圧倒的といえると思う


このことの影響を今日は一つ書く

まず、新人(および新規参入者)が育たないこと

たとえばあるサービスをする会社がABの2社あったとする。

A社は老舗で素晴らしいサービスをする。B社は新規参入でやる気はあるがまだ実力がない。


需要と供給のバランスが取れている時代には

A社のサービスの方が先に売れるだろうし高く売れるだろうが

A社のサービスがタイミングや値段などの理由で買えなかった人はB社のサービスを買う

B社はA社に比べたらさほど利益は取れないものの最低限の値段では売れるので

練習はでき経験を積み研究してサービスの向上に取り組むことができる


しかし需要に対し供給力が圧倒している場合には

需要をすべてA社のサービスのみで賄ってしまえる

実力の劣るB社のサービスは原価割れしても買われるかわからない

売れないから経験を積むことができず、経験がないから売れないという悪循環に陥る


このことはスキルを個人が身に着けるタイプの仕事でも同じだろう

本来の最低限の能力が身についてもまだ収入を得られないので

お金を払ってでも経験を買わないといけない場合が増えてきている

専門学校などで長く学ぶとか生活できないほどの収入で研修するとかである


また同一社内でのたとえば営業マンなどでもそうかもしれない

舞い込んでくる数少ないチャンスの中で会社としては交渉成立件数を増やしたい中で

成功率が低い新人を積極的に使える企業は少ないと思う

結果的に雑用等はできるが実際の戦いの経験がない「ベテランの新人」ばかりが増える


個人でも企業でも市場がすでに成り立っている分野に新規参入する場合には

以前に比べたらどんどん必要投資額が増えていると考えて間違いないと思う


外食産業でも食料品の販売の世界でも、客がお腹をいっぱいにすることは大切だけど

もはやそれを宣伝広告の中心にすることはないだろう。

住宅関係や宿泊関係のビジネスでも雨風をしのげる場所を提供できないなら全く駄目だけど

通常それを超えたところに価値があると思われる。


なのに教育の分野では実はまだ

「受験に成功する」「社会人として役に立つ」

といったレベルのところの戦いが多いような気がする。


科学をテーマにした小学生用講義など少しずつは

もう少し文化的というか次元の高い価値を提供する教育も出てきているようだが

受講者(の親)の考え方が「将来の理科の受験勉強に役立つのでは」

などと低次元では本当の価値が得られないかもしれない。

そんなんでは3星レストランにいって総グラム数や総カロリーばかりを気にするようなものだと思う。


ホタウェネ・タンゴ株式会社は「文化的な生活を世界中の人々に提供する」会社であるから

教育の分野で仕事をする場合にはこういうことに留意していきたい。


今からの世界がますます英語中心になっていくことは同意する。

英語ができない人間が国際的なビジネスや政治の場で成功する可能性はどんどん低くなる。

英語ができれば英語圏のみならずそれ以外の国にも友達ができるだろう。

それでも英語以外の言語を軽視するような人間は文化的にレベルが低いと思う。

英語圏以外に好きな人や友達ができたらコミュニケーションは英語でとっても

その母国語にも少しは興味を持つ。

映画や文学などに触れたら英語や日本語で読んだとしても原語にも関心を持つ。

どこかの国に仕事かプライベートで旅行するなら最低限の挨拶などは調べておく。

そんなレベルの人間を育てる教育をホタウェネ・タンゴはしたい。

ホタウェネ・タンゴ株式会社が「文化的な生活を世界中の人たちに提供する」という目標をもつために

私が大前提だと思っていることについて少し書きます。


それは、

生命を維持するためだけというか、

文化的な意味合いを排除して、たとえば腹を満たすだけ、雨風をしのぐだけ、という様な意味なら

世界トータルの生産力(供給力)は世界トータルの消費量(需要)を上回っているだろうということです。


機械化等の技術革新のおかげです。

もちろん現実的には「お金」というものの性質により

必要なところに到達できずに無駄になっている製品や生産力がたくさんあるのは確かです。

代表的には貧困に苦しむ人々に食料が届かないことなどです。


しかし実は労働力(生産力)が無駄になっているケースはいろんなところにあります。

たとえば、ある町にいるコーヒーを飲みたい人を潤わせるだけなら喫茶店Aだけで足りるとします。

でもその町には喫茶店A以外にカフェBやコーヒーショップCもあるとします。

客を取り合う構造になりますからどれか一店しかない場合に比べどの店もヒマで

つまり待機している店員さんの労働力が無駄になっているといえます。

特に各店で同じ味のコーヒーしか出せないなら本当に意味がなく

おそらく単純な価格競争も起き、一杯のコーヒーの価値も落ちてしまいます。

それぞれが個性的な味やサービスを用意しないと無意味なのです。

しかしそうなっても客に味やサービスの違いを受け取れるセンサーがなければ

その個性やサービスの違いも無意味になってしまいます。

ここに文化の「必要性」を感じるのです。


もう一つ。仮にAとBのオーナーはその経営やコーヒーの味の追求に関心があり一生懸命だけど

Cのオーナーは実はそれほど興味がないとします。

C店が閉店しない理由は?


おそらくお金の問題とともに案外「失業者になるのがイヤ」という心理が大きいと思います。


「働かざる者、喰うべからず」という言葉がありますが、

これはあくまでも需要を供給が下回っていた時代の言葉だというのが私の見解です。

話を進めていくと社会制度の問題になってきてしまいますが

金が余っていて労働意欲が低い人は無理に仕事をしない方が社会のためです。

Cのオーナーはお店を閉めて以前から興味を持っていた絵画教室に行った方が

A店もB店もお客さんたちも喜びます。社会に貢献できるのです。


このあたりのことはいろんな切り口でかけると思いますので

また別の機会にもいろいろ書いてみたいと思います。

「文化的な生活を世界中の人たちに提供する」というのは

ホタウェネ・タンゴ株式会社の経営理念というか永遠の目標ですが、

これをもう少し分解してみます。


①文化的な生活を

②世界中の人たちに

③提供する


これに対応してホタウェネ・タンゴ株式会社のこれからの業務は大きく3つの面があることがわかります。


言い換えると

①’文化を創り出す業務

②’文化を享受する人を増やす業務

③’人々に届ける業務

となります。


もちろん全ての業務がそのうちの一つに属するとは限りません。

また当然全体としてサポートする業務も必要です。


①’は誰も見たことがないような新しい文化を創造するということもあり得ますが、

たとえば映画や音楽のような既存の枠組みの中で新しい作品を作ることも含むし

既に存在するものを複製して人々に渡しやすくすることも含みます。

アルゼンチンタンゴでしたらあちこちでレッスンすることやミロンガと呼ばれるパーティーを

開催することもこれに属すると考えています(ただし③’とも関連が深いです)


②’が実は一番深いテーマだと考えています。

つまり現在、経済的・物理的・時間的理由により文化的なものに触れられないか

選択肢がきわめて少ない人々にそのチャンスを増やすことですから

貧困・戦争・(望まない)過労などが敵になります。

もちろんアフリカなどでの問題もテーマになると思いますが

実は日本の国内でも教養あふれる教育というのが不十分なのではないかと考えています。


③’は①’で触れたもののほかに雑誌などの出版や輸出入など

他の人が生み出した「文化」を顧客に紹介するためのいろいろが含まれると考えています。


またそれぞれの細かいことや私の見解をブログで少しずつ公開していきたいと考えています。


ご協力いただける方は是非ご連絡ください。