もうパパはいない。 | 夫が肺癌、そして膵臓癌になりました。

夫が肺癌、そして膵臓癌になりました。

夫がまさかの肺癌告知。そしてその4か月後には膵臓癌が発覚。
だけど絶対に治す!病気なんかに負けてたまるか!

夫が亡くなってから二日前に100ヶ日を迎えました。
葬儀が終わってから一週間事の法要、無事49日を迎えたと思ったらもう100ヶ日早すぎます。
今回はお寺での100ヶ日法要は行わず、私が心をこめてお経をあげました。
夫がいなくなった寂しさや悲しみは昼間は夫の命と引き換えのように亡くなる前日に生まれた赤ちゃんの沐浴や、長女の赤ちゃんのお世話で忙しく何とか気を紛らわす事が出来ますが、夜一人になると、夫の遺影に話しかけ、まさか亡くなるとは思っていなかった夫の大切な最後の一日を一緒に過ごせなかった事をとても後悔しています。
前日の夜中、在宅の先生が腸閉塞を起こしているので、まだ嘔吐するかもしれません。
そう言って眠くなる注射だけ打って帰りましたが、なぜその時に救急車を呼ばなかったのか、呼んでいれば夫の処置と次女のお産と重ならずに側にいてあげられたのにと、自分をせめ後悔の毎日です。
最近は処方されている睡眠薬も効かず、眠れない夜が続いています。
辛い時間を一人で過ごした夫に申し訳なくて、なぜ赤ちゃんが生まれたらすぐに夫の病院に行かなかったのか!
病院の看護師さんに今日は家の奥さんは用事があって来れないけど大丈夫だよ!
そう言っていたそうです。
後から先生から聞いた話ですが、もう頑張れないと管を自分でぬいてしまったそうです。
わたしがいっていれば説得出来たはずなのに!
夫の命を縮めたのは私なんだと、いつも後悔しています。
布団に入ってからが辛いです。
眠れず、睡眠薬を増やし、体はフラフラなのに気が高ぶって朝まで眠れません。
こんな生活してていいわけありません。
突然激しいめまいと耳鳴りと歩くのも無理で安静にしていましたが治らず病院のお世話になりました。
自律神経だそうです。
明け方寝るのでお昼まで目が覚めません。
持病の受診で早く起きなくてはいけないのに…ショボーン
夫が心配していたとおり、大事に育てていた植物が全部枯れてしまいました。
今日は申し訳なくて大好きだったあじさいや花を買ってきて植え替えました。
昼間は次女の赤ちゃんの沐浴にいかなくちゃいけないし、そのあと長女のご飯の支度をして夕方赤ちゃんのお風呂を出すのを手伝います。家にかえっくるのはこれまで夜中の12時近くでしたが、夫のお参りはその日のうちに済ませたいのでぎりぎりその日の内に帰ってきます。
こんな私の生活をみてあちらの世界からきっと夫は心配しているとおもいます。
夫がいないことがこれほど寂しい事だとは思いませんでした。

夫がいなくなってから、あまり連絡も取っていなかった若い頃の知り合いに妙に会いたくなり、あちこち電話しています。

昔、東京に住んでいた頃親友だった友達、何年たっても携帯の番号が変わっていませんでした。
彼女はずいぶん前に離婚し今は独身生活を楽しんでいるようです。

後連絡したのは、私が若い頃仕事をしていた時のマネージャーです。
彼女の夫、私が所属していた事務所の社長ですが昨年、甲状腺の癌で亡くなり、私は当時マネージャーをママと呼んでいましたから、電話をしたときすぐに私とわかり、〇〇ちゃん元気?
〔私〕泣きながら、元気じゃないー!
夫が死んじゃった!
〔ママ〕いくつだったの?
年齢を言うと、若いわねー!
〇〇ちゃんその年で未亡人になったの?
じつは××もね昨年亡くなったけどそれより随分若いわねー!
〔ママ〕実はね××の後をついで今は私が事務所を引き継いで仕事してるのよ!
不思議よー!
仕事のときはいつも××がビッタリ
側に居てくれるのよ!
今も二日に一度は新宿にあるお墓参りに行ってるのよ!
〇〇ちゃん旦那様はきっといつも側で見守ってくれてるから大丈夫よ!
仕事で行ったときには会おうねと言ってくれました。

ママは旦那様が事務所の社長だったのですが、どうしてもマネジメントがやりたくて、自分も事務所の専務なので、社長にお金を出してもらいいろいろゴシップのあった小林〇子の事務所の代表になりましたが、小林〇子さんが結婚してからいろいろもめたのはマスコミでもとりあげられていました。
ママは全く反論せず、何が正しいかは関係者はすべて知っていると言っていました。
小さい頃、私の実家に子供を連れて泊まりに来たくれた時のママの子供は、今、よその事務所の社長をしているそうです。
でも先月、所属タレントの引退報道がありました。
森〇子さんです。
まだまだ歌えると思うのに、もったいないなー!
私もまだ歌いたい気持ちがあるのに!
私もいつまでも落ち込んでいないで東京の友達に会いに行こうかなと思っています。