今日、法事でお寺さんに行った。
年に一回行くかどうかのお寺さん。
私自身は不熱心な信者だ。
そのときに、説教(説法)を受けた。
その中で出た話が「三塗の黒闇」(さんずのこくあん、と読む)
「三途の川」とまったく違う言葉。
お坊さんの言うことでは、人間はボーっとしていれば「三塗の黒闇」に簡単におちいってしまうとのこと。
「三塗の黒闇」とは、
「畜生」「餓鬼」「地獄」のことらしい。
「畜生」とは、管理・支配、
「餓鬼」とは、不満・不平、
「地獄」とは、攻撃性、
を意味する言葉らしい。
「畜生」・・・
人間のつながりは容易に管理支配の間柄になってしまう。
どちらかが、管理される立場、支配する立場になってしまう。
それが人間の心をむしばむ。簡単に労働者の首を切ってしまう、切られてしまう。
「餓鬼」・・・
いろんなことに不平不満の心を持つ。
自分の待遇、環境など、すべてのことに不平不満を持ち、けっして満足することはない。
それが人間の心をむしばむ。何かに感謝する心が簡単にもてなくなる。
「地獄」・・・
攻撃性、世の中のことに攻撃的な感情しかもてなくなる。
他人の不遇不幸を喜ぶようになる。そればかりか、他人の幸福に悪い感情しかもてなくなる。
他人に妬み、嫉みしか持てなくなる。
それが人間の心をむしばむ。最終的には他人を直接傷つけてしまう。
人間は容易にこの「三塗の黒闇」におちいってしまうらしい。
確かにそうだ。そこは完全に同意する。
仏教はけっして古い宗教ではないと再認識した。
そして、この「三塗の黒闇」を抜け出すための方法をお坊さんが教えてくれた。
良い周囲環境を整えることでは根本的には、それは達成できない。
自分自身が変わらなければ。
自分自身の中に常に「喜び」を持ち続けることだ。
それが、「三塗の黒闇」から晴らすことができる。
「畜生」にも「餓鬼」にもならずに「人間」でいることができる。
人間が人間でいることは、思っているより簡単ではないらしい。