子供達の門出くらい祝してやれる大人にならなね | 読む人の従容たる日常

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福島県いわき市の中学校で卒業式前に赤飯が提供される予定やったが、保護者からの電話で「ふさわしくない」とのクレームで教育委員会が急遽缶詰🍞提供に切り替えた。

その卒業式が3月11日やったということが起因しとるとのことやった。


確かに浜通りに位置するいわき市では震災被害も大きかったのは確か。

それ故に厳かにあるべきやと言う話もわからんでもない。

ただ、これから未来を背負う若い世代の門出を祝ってやれないほど、心が荒んどるのはどうなんやろ。

もちろん、判断をした教育委員会は、「モノを粗末にするな」という子供達へのいたって普通の教えを平然と自らが破ってみせた役立たずの存在なのは確かやが、そのクレームを上げたという保護者の方々もどうなんやろな。


震災から15年目の今年、その時に生を受けた子達が中学を卒業することを犠牲になられた方々が見守っておらんとでも思うのか?

逆に成し得なかったことを託したい気持ちがあるんやないか?

もしかすると、震災でお子さんが犠牲になられた方が当時を思い出して悲しみのあまりにクレームを入れた可能性もあるが、生きていたら果たしてこの様な仕打ちをされて当然と考えられたやろか。


もともと赤飯には江戸時代に「邪を祓う」という効果があると言う説も存在していて、それが縁起物として広まった歴史がある。

一概に祝いの象徴という訳でもなく、未だ原発事故の廃炉対応中にあっては、むしろ早い復興を願って食されるべきものやなかろうか。


あの震災は福島県にとって不幸であったが、それを経験した大人達が子供達の成長を後押ししてやらんでどうする。

これからの世代へより希望や期待が抱けるように悲しみや痛みを経験した大人達が支えてやらんと。

その想いが先々へ繋がっていくんとちゃうのかな。