今日は講座を聞きにいきました。
「やまがた地域づくりカレッジ」というものでした。
明日と二日間なのですが、明日はお仕事が入ってしまったので今日だけの参加になりました。
主催は、NPOの関係なのですが、「新しい公共の場づくりのためのモデル事業」とサブタイトルがあり、会場の市の支援でやっているようでした。
午前中は、鹿児島からはるばるやってきてくれた方の講演がありました。
なんでも、300人ほどの集落の町内会長さんで、「やねだん」というところで地場の焼酎などを耕作放棄地にいもを植えて作ったりだとか、そういった取り組みをしておられるようです。
「やねだん」で検索すると、その取り組みが見られるようなので観て頂きたいなと思います。

会場になったのは、たんとくるセンターという建物でした。
写真は人が少ない時間に撮ったのですが、午前中には高校生たちが勉強していたり、保育園が併設されていたりとこの市の子育て関係の中心の場所だと聞きます。

この市は、過疎化の多い山形県内で人口が増加しているところで、ここ数年は一人勝ちのような状態だそうです。
ところが、地元の方に聞くと、流入してきた人口が多い地区があり、そこでは新たに住んだかたというのは、まだ「お客様」の状態であってなかなか地域の活動を自分たちでやっていくんだというところまで持っていけないのだということを聞きました。
もしかしたら、そんなわけで今回のような講演を催したのかもしれません。

で、今回聞きに行きたかったのは午後からの分科会でした。
事例発表が、飯豊連峰の保全活動に関するもので、今年も山での活動をご一緒させてもらった方、おふたりがそれぞれに事例発表をしたのでした。ひとりは、飯豊の親分、もう一人は大学の先生です。先生のほうは、山での様子は拝見していたのですが、講座ではなしをしている様子をみると、ああ、この方はほんとに先生だったのだなあ(すみません)、という感じがしました。
(写真でちょうど発表しているかたではありません。窓のほうに座っているおふたりのほうです)

内容を詳しく書くと21日間くらいかかるので、省略したいなと思います。
ぼくは時事のことはあまり書かないのですが、明日は選挙などがあり、ニュース(ニュースもあまり見聞きしないのですが)などの様子では、どうにももやもやとしてしまっているような雰囲気があります。
投票はもちろん大事(明日は仕事が入ったので期日前投票してきました)なのですが、そうとは言っても1/120,000,000というくらいなもので、自分が票を投じたのが実際にどんなふうに変化するのだろうという実感がないのを感じてしまうわけです。
政治にも、国の行うことにもスピード感がない、フットワークがよくないとたびたび書かれているのですが、ぼくは個人的には国くらいの大きな組織になると、あまり方向転換されると、なんせ図体がでかいものだから、ちいさなものをぷちぷちつぶしてしまうことになるので、じっとしていなさいな、という気持ちでおります。
今回の「新しい公共」というタイトルにあるように、講演も分科会も、ボランティアについての内容でした。
ボランティアにもいろいろありますが、ここ数年で目に見えていろんな活動がなされるようになってきたと思います。
ボランティアにもいろんな側面があるわけですが、「新しい公共」とあるように、ボランティアはある意味においては、新しい方法の直接的な社会参加の活動だろうと。そんなふうに感じてまいりました。
「ここがこうだったらよいなあ」というのを、例えば登山道整備でも、誰かに頼んでやるのでなしに、自分も参加してできることをやるというような。(自然公園なので、勝手にやるとお縄になりますから団体でいろいろ工夫してやるんですね)
棚田は生態系があれこれと環境面で大事な箇所なんだよねえ、と思うならばそれは続けていけばよいわけです。(田んぼはボランティアでなく、食べるためなんですが)
投票してもあんまり変わったのは見えないけれど、活動したのなら実際に変わったところが目に見えているわけで楽しいのですね。
政治は政治として、まあ、落ち着いてやってなさいな、と。それぞれに、一人一人ができることからやりましょうや、と。まとめるとそんな感じがしました。
「やまがた地域づくりカレッジ」というものでした。
明日と二日間なのですが、明日はお仕事が入ってしまったので今日だけの参加になりました。
主催は、NPOの関係なのですが、「新しい公共の場づくりのためのモデル事業」とサブタイトルがあり、会場の市の支援でやっているようでした。
午前中は、鹿児島からはるばるやってきてくれた方の講演がありました。
なんでも、300人ほどの集落の町内会長さんで、「やねだん」というところで地場の焼酎などを耕作放棄地にいもを植えて作ったりだとか、そういった取り組みをしておられるようです。
「やねだん」で検索すると、その取り組みが見られるようなので観て頂きたいなと思います。

会場になったのは、たんとくるセンターという建物でした。
写真は人が少ない時間に撮ったのですが、午前中には高校生たちが勉強していたり、保育園が併設されていたりとこの市の子育て関係の中心の場所だと聞きます。

この市は、過疎化の多い山形県内で人口が増加しているところで、ここ数年は一人勝ちのような状態だそうです。
ところが、地元の方に聞くと、流入してきた人口が多い地区があり、そこでは新たに住んだかたというのは、まだ「お客様」の状態であってなかなか地域の活動を自分たちでやっていくんだというところまで持っていけないのだということを聞きました。
もしかしたら、そんなわけで今回のような講演を催したのかもしれません。

で、今回聞きに行きたかったのは午後からの分科会でした。
事例発表が、飯豊連峰の保全活動に関するもので、今年も山での活動をご一緒させてもらった方、おふたりがそれぞれに事例発表をしたのでした。ひとりは、飯豊の親分、もう一人は大学の先生です。先生のほうは、山での様子は拝見していたのですが、講座ではなしをしている様子をみると、ああ、この方はほんとに先生だったのだなあ(すみません)、という感じがしました。
(写真でちょうど発表しているかたではありません。窓のほうに座っているおふたりのほうです)

内容を詳しく書くと21日間くらいかかるので、省略したいなと思います。
ぼくは時事のことはあまり書かないのですが、明日は選挙などがあり、ニュース(ニュースもあまり見聞きしないのですが)などの様子では、どうにももやもやとしてしまっているような雰囲気があります。
投票はもちろん大事(明日は仕事が入ったので期日前投票してきました)なのですが、そうとは言っても1/120,000,000というくらいなもので、自分が票を投じたのが実際にどんなふうに変化するのだろうという実感がないのを感じてしまうわけです。
政治にも、国の行うことにもスピード感がない、フットワークがよくないとたびたび書かれているのですが、ぼくは個人的には国くらいの大きな組織になると、あまり方向転換されると、なんせ図体がでかいものだから、ちいさなものをぷちぷちつぶしてしまうことになるので、じっとしていなさいな、という気持ちでおります。
今回の「新しい公共」というタイトルにあるように、講演も分科会も、ボランティアについての内容でした。
ボランティアにもいろいろありますが、ここ数年で目に見えていろんな活動がなされるようになってきたと思います。
ボランティアにもいろんな側面があるわけですが、「新しい公共」とあるように、ボランティアはある意味においては、新しい方法の直接的な社会参加の活動だろうと。そんなふうに感じてまいりました。
「ここがこうだったらよいなあ」というのを、例えば登山道整備でも、誰かに頼んでやるのでなしに、自分も参加してできることをやるというような。(自然公園なので、勝手にやるとお縄になりますから団体でいろいろ工夫してやるんですね)
棚田は生態系があれこれと環境面で大事な箇所なんだよねえ、と思うならばそれは続けていけばよいわけです。(田んぼはボランティアでなく、食べるためなんですが)
投票してもあんまり変わったのは見えないけれど、活動したのなら実際に変わったところが目に見えているわけで楽しいのですね。
政治は政治として、まあ、落ち着いてやってなさいな、と。それぞれに、一人一人ができることからやりましょうや、と。まとめるとそんな感じがしました。
昨日の回復しましたのおしらせのタイトルが、「おけがさまで回復しました」となっていて、「おかげさまで」が「おけがさまで」となっており、いやあ、これはまだ回復していませんよねえ。という具合になっていました。せっかくだから、直さずにおきましょう。
さて、いつぞやの散歩の続きのはなしです。
行ったならば、帰らないといけません。そういうものです。
道を進むと、集落の最も北東部のはじっこへつきました。
ここから先は、沢に下る斜面になっています。

ここから北方向には、むじなもりと呼ばれるところがあり、そこは歩いてみるとなんだかいまいち目印のないようなところで迷ってしまうかたが幾人も出ました。
昨年だったかにも、ここに慣れたかたが迷ってヘリが出動しました。
ところが、探しているうちに、なぜか本人だけ自宅(結構遠いところ)に帰っていたなんていうことになり、むじなに化かされたのかねえ。なんていうことになるわけで、これはやはりますますむじなもりだろうと、そうなるのです。
一番奥に見える尾根の手前の少し色合いが黒いところ。そのあたりがむじなもりなんだろうと思っています。(むじなもりは、地形図には出ていませんでした)

今年は、あちらの尾根もぐるんと回って散歩したいと考えているのです。
さて、おうちへ帰りましょう。
こういうところを滑ってきました。
雪はまだまだ少ないですね。

クロモジはすっかり来春の準備が出来ていました。

雪の林。

雪を載せたきのこ。

ぼくにとっての「山」というのは、こんな感じのところです。
名前のある高い山というだけが山でなく、どこがピークなんだかわからないような。道があるのかないのかわからないようなそういうところのイメージです。
山に登山道があり、山小屋があり、人がたくさん来るというのは大人になってから知った山の様子です。
「やまさあそびさいってくる~」と言ってでかけて、こういうところを登ったり下ったり沢まで行ったり。そういうところなのでした。
帰り道、一本だけすいっと立っているスギがあります。
形が良いですね。根元のあたりの茂みには、ミソサザイがいて、しっぽをふりふりあちこち見渡していましたが、このときにはちいさなカメラしか持っていなかったので撮られませんでした。
ミソサザイは、以前に建物のなかに迷い込んだのを3回くらい捕まえて外に放した記憶があります。たいへんにちいさな鳥で重さなどほとんどないくらいのもので、手でくるんと包んで運ぶのですが、なんにも持っていないような、だけれどすこし暖かさがてのひらに伝わるような小鳥でした。

形よいクリスマスツリーのようなスギの木には、飾りのようにフジの実がついていました。

集落のなかを戻っていきます。
左に久々に見た東道(ひがしみち)と呼ばれる道の入り口。

あのスギの林の左の下あたりは冬でもちょっと緑色が見える竹林になっています。
スギ林の中に入り、向こうが崖になっているところを右に下っていくと集落のしたの川のところに着きます。
子どものころには、この道をミミズと手作りのちいさな竹竿を持ってイワナを釣りにいったりしたものでした。もちろん、そういう仕掛けでは釣るのもたいへん難しく、結局てづかみになったりしていたのでしたけれど。
さて、いつぞやの散歩の続きのはなしです。
行ったならば、帰らないといけません。そういうものです。
道を進むと、集落の最も北東部のはじっこへつきました。
ここから先は、沢に下る斜面になっています。

ここから北方向には、むじなもりと呼ばれるところがあり、そこは歩いてみるとなんだかいまいち目印のないようなところで迷ってしまうかたが幾人も出ました。
昨年だったかにも、ここに慣れたかたが迷ってヘリが出動しました。
ところが、探しているうちに、なぜか本人だけ自宅(結構遠いところ)に帰っていたなんていうことになり、むじなに化かされたのかねえ。なんていうことになるわけで、これはやはりますますむじなもりだろうと、そうなるのです。
一番奥に見える尾根の手前の少し色合いが黒いところ。そのあたりがむじなもりなんだろうと思っています。(むじなもりは、地形図には出ていませんでした)

今年は、あちらの尾根もぐるんと回って散歩したいと考えているのです。
さて、おうちへ帰りましょう。
こういうところを滑ってきました。
雪はまだまだ少ないですね。

クロモジはすっかり来春の準備が出来ていました。

雪の林。

雪を載せたきのこ。

ぼくにとっての「山」というのは、こんな感じのところです。
名前のある高い山というだけが山でなく、どこがピークなんだかわからないような。道があるのかないのかわからないようなそういうところのイメージです。
山に登山道があり、山小屋があり、人がたくさん来るというのは大人になってから知った山の様子です。
「やまさあそびさいってくる~」と言ってでかけて、こういうところを登ったり下ったり沢まで行ったり。そういうところなのでした。
帰り道、一本だけすいっと立っているスギがあります。
形が良いですね。根元のあたりの茂みには、ミソサザイがいて、しっぽをふりふりあちこち見渡していましたが、このときにはちいさなカメラしか持っていなかったので撮られませんでした。
ミソサザイは、以前に建物のなかに迷い込んだのを3回くらい捕まえて外に放した記憶があります。たいへんにちいさな鳥で重さなどほとんどないくらいのもので、手でくるんと包んで運ぶのですが、なんにも持っていないような、だけれどすこし暖かさがてのひらに伝わるような小鳥でした。

形よいクリスマスツリーのようなスギの木には、飾りのようにフジの実がついていました。

集落のなかを戻っていきます。
左に久々に見た東道(ひがしみち)と呼ばれる道の入り口。

あのスギの林の左の下あたりは冬でもちょっと緑色が見える竹林になっています。
スギ林の中に入り、向こうが崖になっているところを右に下っていくと集落のしたの川のところに着きます。
子どものころには、この道をミミズと手作りのちいさな竹竿を持ってイワナを釣りにいったりしたものでした。もちろん、そういう仕掛けでは釣るのもたいへん難しく、結局てづかみになったりしていたのでしたけれど。


