『虹のかなたに』 -9ページ目

『虹のかなたに』

たぶんぼやきがほとんどですm(__)m

 「サザエさん症候群」ということばがある。日曜夕方の『サザエさん』を見終わると、休日の終わりを自覚し、翌日を思って憂鬱になることを言う。中には本当に倦怠感や体調不良を訴えて出勤できないケースもあり、もとより正式な病名ではないが、軽度の鬱病であるとも言われる。太古の昔からやっている日曜の夕方以降の番組には、『笑点』や『ちびまる子ちゃん』、NHKの大河ドラマもあるが、どうした訳か、定着した呼び名は「サザエさん症候群」である。
 
 正月恒例の箱根駅伝でもこの「サザエさん症候群」の群発事例があったという。テレビ中継は日本テレビ系列で行われるが、2007年の第83回まではこのエンディングテーマに、トミー・ヤングの『I Must Go!』が使われていた。一度YouTubeででも検索してみていただきたいのだが、選手たちの姿がプレイバックされ、ゴールのテープを切る優勝選手の様子から東京の街並みの空撮へとオーバーラップする辺りになると、曲は最高潮に達し、あの哀しくも美しい歌声が高らかに響く。ここで、視聴者の万感は否応なく胸に迫るのである。そしてこれが終わると一転、正月休みの終焉を実感して一気に鬱になることから、いつしかネット上で“鬱曲”と呼ばれるようになった。“鬱曲”にも関わらず反響は大きかったようで、これが久石譲によるオリジナルのブラスバンド曲に取って代わった2009年(第85回)には日本テレビに抗議の声が殺到したというし、それから4年が経つ今でも同様の声は根強く上がっているらしい。かく申す私もそれを支持する一人であるが、『I Must Go!』は疾うの昔に廃盤となった幻の曲であり、旧に復するつもりはさらさらないようである。こうした数多くの声は、落ち着いて考えれば、「サザエさん症候群」に陥れないのでどうにかしてくれと言っているのと同義であり、自ら鬱を求めるというのもおかしな話ではあるが、黄金週間にしても夏休みにしても、長期休暇の終わりは、「サザエさん症候群」を爆発させるのである。
 
 そんな「サザエさん症候群」であるが、学校が嫌いではなかった私は、そのような病理に苛まれたことなどないし、逆に、腐っていた大学時代は「サザエさん症候群」を通り越して大学へ行くこと自体を放棄したものだからシンドロームなど関係がない。社会人になってもそれは変わらず、これは、私が日曜公休でないことも関係しているのかもしれないが、月曜を思って鬱になるどころか、一刻も早く日曜が終わり、月曜の朝を迎えたいという衝動にすら駆られるのである。これはどうしたことだろうか。
 
 「三度の飯より会社が好き」であればよいのだが、残念ながらそれほど毎日毎日仕事への闘志が燃え盛っている訳でもなく、月曜もいつもどおりに淡々と出勤するのである。それでも、8時前に目を覚まし、テレビをつけて朝ドラが始まると、何だかほっとするのである。9時過ぎに家を出て、満員の千里中央発をやり過ごし、新大阪始発の電車を待って地下鉄のシートに座ると、心が休まるのである。会社に着いて、「おはようございまぁす」と言って自分の席に着くと、思わず笑みが零れるのである。
 
 蓋し、これは「日曜日」という日の特殊性に原因があるようだ。
 
 まず、車内に平日の朝に必ず漂う殺気がない。物憂さや気怠さがあるばかりである。遊びに行く若者や家族たちの破顔一笑がそこら中にあるのだが、あの締まりのなさが却ってよくないのだ。そして、日曜のオフィスは人も少なく、現業や取引先からの電話もほとんど掛かってこない。仕事はこの上なく捗るので非常によいのだが、それはそれで、どうも張り合いがない。平日ほど遅くまで残業をすることもなく、遅くとも20時過ぎには会社を出るのだが、1日平均20万人以上の乗降客数を誇る商都大阪の中心、本町駅のホームは、この時間、人っ子一人として存在せず、この寂寞感たらありゃあしないのである。そして帰宅する。録画していた大河ドラマを見終われば、既に視聴すべき番組もない。SNSを開いても、平日ならまだまだわんさか人の書き込みがある時間帯だが、明日を思って鬱になる人々はとっとと床に就いているものだから、相手をしてくれる人もいない。前夜が徹夜とか、その日が壮絶な激務とかで目が開けていられない状況にでもない限り、私の就寝時刻は午前2時と決まっているから、それまでの間、取り立ててしなければならないこともなく、またこういうときに限って読書欲も沸かないので、狂おしいまでに手持ち無沙汰なのである。
 
 つまり、「日曜日は、静かで、退屈で、淋しい」のだ。
 
 これが月曜だとどうだろう。8時は連続テレビ小説『あまちゃん』の弾けるようなオープニングテーマが頭を覚醒させてくれる。満員電車には無数の企業戦士たちが乗り込み、出陣前の静かな闘志が車内に満ちている。会社に行けば100人以上の社員が出勤してきて、挨拶が交わされる。1日デスクにいれば、いろんな人から声を掛けられ、電話も掛かってくる。お客様が来られて交流を深める日もある。何となれば週の初めの月曜日に飲み会が企画されることもある。翌日が仕事だって気にしない気にしない。皆、翌朝になればちゃんと目を覚まし、遅刻することなくまた出勤できる。人がいるのだ。人が動いているのだ。人との関わりがあるのだ。
 
 そんなことを省みるに、「人間」とは何と的確なことばであろうかと認識を深めるのである。すなわち、「人間」は「人の間」と書くのであって、「人間」は「人の間」にあってこそ、「人間」でいられるのだ。「人の間」にいたいという希求が、私の「早く月曜の朝を迎えたい」という衝動を駆り立てるのである。
 
 週末、AKB48の選抜総選挙なるものがあった。「まさかの1位」だった指原莉乃は、HKT48への移籍後の1年間を回顧して「孤独な時間」と表現したが、別段熱狂的なファンではない私でさえ、さもありなんと思うのである。「サザエさん症候群」に罹る人たちは、多分に人との関わりを恐れ、拒んでいるのだろうが、何と勿体ないことだろう。「人間」の字義通りの在り方にもっと思いを致し、学校でも職場でも、「あなたに会えて、よかった」と思える月曜日を、皆で作ることのできる日本でありたいと思うのである。
 我々が学生の頃は――と言っても腐った学生であったからロクな勉強はしていないが――論文を書くというのはそれはもう大変なことで、図書館に籠城してはさまざまな文献を読み、それを論拠として自説を組み立てねばならなかった。その文献も、それ自体の権威や、担当教官の好み(?)といったことで、「論拠」としては認められないこともしばしばで、あれこれ不条理なことを口喧しく言われたものである。また、筆を進めるうちに、また新たな文献に当たる必要に迫られることもままあったのだが、提出期限を翌日に控え、徹夜で追い込みをかけるつもりが当然図書館は開いている訳もなく、失意や諦念のうちに、妥協の作を仕上げて提出したものである。
 
 そういう時代を過ごした者からすれば、インターネットの普及というのは物凄いことである。調べたいことを検索窓に打ち込み、エンターキーを押せば、有益無益は混じるけれども、数多のページが表示されるのだ。中でも『Wikipedia』というものはかなり重宝している。ところが当世の高等教育の場では、このWikipediaから安易に引用した論文や課題を提出して、受理されないことが少なからずあるのだという。確かに、苟も最高学府で何事かを学ぼうとする者が、ネットから丸写ししたものを臆面もなく提出するという安直さは如何なものかとは思うが、受理しない方の石頭も問題で、多くのユーザーによって加筆修正が重ねられ、いい加減なことを書けば「要出典」「雑多な記事」などとツッコミを受けながら育ってきた記事の信憑性には一目は置くべきだとも考える。
 
 とは言え、まだまだ発展途上というか未成熟な記事も少なからずあるようで、これは錯誤であろうとか、こんなこと言い切っていいのかねと思うこともあるし、嵩じれば「編集合戦」なるものが繰り広げられるケースもある。普遍的な真理や客観的な事実は記述される内容も揺るがないのだろうが、そうもゆかぬ項目があるのだ。中でも私がずっと気になっているのは、「団塊ジュニア」の項目なのである。
 
 私は1973年(昭和48年)の生まれであるから、紛れもなくこの「団塊ジュニア」の世代だと思っていたのだが、記事をよく読むと、「真性団塊ジュニア」なる用語があるのだそうだ。しかもこの造語、版によって微妙に説明が変化しているのだが、最新の版によると、1975年(昭和50年)から1979年(昭和54年)までに生まれた、「両親ともに団塊世代か、お母さんはもっと若いという子供が、出生総数に占める割合が高い世代こそが、真の団塊ジュニア世代」なのだそうである。そして、1971年(昭和46年)から1974年(昭和49年)までに生まれた世代は、あろうことか、「仮性団塊ジュニア」「偽団塊ジュニア」と呼ぶのだそうだ。私はここのど真ん中に該当するのだが、自分の生年を選り好んでこの世に出てきた訳ではないのに、「仮性」だの「偽」だのと、とんだ言われようである。
 
 5~6年くらい前までの版には、こんな記述もあった。「団塊ジュニア世代は人口の多さから、子供の頃より入学試験などの競争を強いられ、特に大学入試に至っては『入りたい大学より入れる大学』、『一浪は常識、二浪は普通』、『国易私難』という言葉が飛び交う程の激戦であったが、大学卒業間近には就職氷河期が到来し、不況による厳しい就職活動を強いられたことによって『不運の世代』とも呼ばれている」「現在正社員となっている団塊ジュニアは、就職氷河期と不景気下の実力主義を耐え忍んできた結果、忍耐力と粘り強さが上の世代の正社員より高いのが特徴であろう」「不景気下に『実力主義』を強いられたため、同期に対する横並び意識が薄く、仕事に対するクオリティ、スピードに対する要求が高い傾向も見られる」のだという。これには相当思うところがあって、当時、自分のmixiの日記にはこんなことを綴っている。
 

 ふーん。
 第二次ベビーブーム頂点の世代である私の場合。
●「一浪は常識、二浪は普通」
 一浪しかさせてもらえなかった。高校卒業半年後の同窓会で、車で乗り付けてくる男子や、派手な出で立ちの女子を見て、一浪で十分と思った。
●「国易私難」
 結局国立落ちましたが何か? 当時、塾講師のバイトに応募しようと数社に当たったけれど、「国立でない」というだけで悉く落とされましたが何か?
●「大学卒業間近には就職氷河期が到来し」
 はい、確かに教員採用試験の競争率は167倍でした。それ以前に留年で大学に6年も籍を置く羽目になりましたけれどねぇ……。ま、これは自分個人の問題ですが(苦笑)。
●「忍耐力と粘り強さが上の世代の正社員より高い」
 いやいや、ウチの会社の上司の方々の戦いぶりを見ていたら、自分が如何にヘタレかと思い知らされるばかりですわ。もっとしっかりせんとね。
●「同期に対する横並び意識が薄く」
 能力と実績が伴ってこその出世だと思っているし、自分にはそれに見合ったスキルもアビリティもまだまだ備わっていないので、別の意味で「横並び意識」は薄いかなぁ。
●「仕事に対するクオリティ、スピードに対する要求が高い傾向」
 納期に追われ、今日も半泣きで夜なべ仕事をやっている私は、生まれる時代を違えたのかしら??
 いや、そういう問題でもありますまい。もっとかしこくなりたいわ。

 
 とまあ、何と厭世的なことを書き散らしているものよと我ながら呆然とする。けれども、こうした世代論というのは大概が眉唾物なのであって、こんなことを一般化して論ずることに一体何の意味があるというのだろう。現役で大学へ行った者だって、就職氷河期をものともせず憧れの企業へ入社した者だって、同級生を顧みてもいくらでもいる。忍耐力だの粘り強さだのなんて、それこそ人それぞれではないのか。それとも私は、同世代の奔流から外れた異端児なのだろうか。
 
 流石に、それらの記述の一部は「検証可能性を満たさない」のだろう、現在は削除されているが、何をどう書き換えたところで、「そうではない人間なんていくらでもいる」ことに変わりはあるまい。自分個人に関して言えば、なかなか思うような人生は歩めていないけれども、少なくともそれを時代とか世代の所為にしたことは一度もないし、そういう発想に至ったことすらない。画一的な管理教育を受けてきたとされる我々の世代でさえ、各々の人生は十人十色。その時々の局面で、自分が正しいと思って選んだ道である。そこには「選んだ責任」が伴う。「自分が選んだ」ことを棚に上げて、時代や環境や人間関係といったことで恨み節を語るのは卑怯ではあるまいか。
 
 所詮私は、「仮性」の団塊ジュニアなのだ。訳の分からぬ世代論に振り回されず、自分だけの道を、これからも歩ませてもらおうと思う。
 一昨年から、不定期ではあるが、地下鉄御堂筋線のなかもずまで通うことが増えてきた。私の最寄り駅は東三国であるから、この間約40分。御堂筋線は千里中央からなかもずまでと思われる向きが多いようだが、路線図をよく見ると、江坂から先には「北大阪急行線」と書いてあり、正式な起点は江坂である。なので私は、江坂から東三国の1駅間を除いたほぼ全線を踏破していることになるのだが、淀川を渡れば、後は終点まで地下に潜ったままだから、景色を楽しむこともできないし、ケータイの電波も現状では心斎橋までしか届かない(公式には本町までということになっているが、心斎橋までのトンネル内でもちゃんと3本立っている)から、徒然なる車内は専ら睡眠確保の場である。
 
 しかし、折角の安眠を妨げるのはやはり騒音である。車内での携帯電話による通話はマナー違反とされるが、乗客同士の大声での談笑の方が余程迷惑と感じるのは私だけではあるまい。横にオバハンの集団や酔っぱらいのオッサンたち、あるいは社会を舐めた学生たちが座ろうものなら、40分の地下鉄の旅はただの苦行である。「車内では静かにしているもの」というのが不文律というか暗黙の了解であるからこそ喧しい客が目立つのであるし、逆に言えば、朝のラッシュ時の超満員の車内が水を打ったように静まり返っているのもよく考えれば異様であるが、あれはあれで、他の乗客の荒い吐息や鼻息が耳について仕方がない。
 
 私は淀川区に通算で8年住んでいるから、毎日、伊丹空港に着陸する飛行機が頭上を掠め、その轟音には毎日苛まれているはずなのだが、意外にそれは気にならない。マンションの上の階に住む一家が朝は6時から深夜は0時過ぎまで、ドンドンバタバタギャーギャーと物音やら足音やら泣き声やら叫び声やらを響かせ、家人は最早発狂寸前で、管理会社には既に2度まで苦情を述べたくらいであるが、これも全く平気である。何となればテレビを点けっ放しで寝てしまっても、朝まで気づかない。恐らく私の聴覚は、プライベートの空間では如何なる雑音も耳に入らず、パブリックの場では高感度で音声を拾ってしまう、特殊な作りになっているのだろう。
 
 それで、である。地下鉄に乗っていて須らく耳に入ってしまうのは、車内放送である。地下鉄の場合は、車掌の肉声ではなく録音の音声が流れるので極めて鮮明に聞き取れることもあり、毎日乗車する区間のアナウンスは、全て暗記してしまったほどである。例えば、中津の到着時に流れる、「なお、前の車両からお降りの方は、電車とホームとの間が広く空いております。足元にご注意ください」を聞いては、主語と述語が噛み合っていないではないかとフラストレーションになり、淀屋橋の手前で「電車がカーブを通過します。ご注意ください」と流れるタイミングは承知しているから、予め足を踏ん張っている。行きの本町、帰りの東三国ではともに、「千鳥饅頭の千鳥屋」を言うから、そこまで言うならしゃあない買うたるわとなってしまうし、逆に「ゴルフの大型専門店、つるや本店」と連呼されたって、プロレタリアである私は断固ゴルフをする気にはならない。
 
 まるでバスのような広告が電車でも流れるということに最初は少なからぬ驚きがあったのだが、有無を言わさず乗客に聴取を強いる車内放送というものには、こうして諳んじて言えるまでに波状攻撃されるのであるから、広告効果としては抜群なのであろう。いつぞやは、ココイチによる地下鉄全線ジャックをしていたこともある。「○号出口が最寄りの、カレーハウスCoCo壱番屋、○○店へお越しの方は、次でお降りください」と、ココイチのある全ての駅でこれを言うのである。これは仕事を終えて空腹を抱えて帰宅する身には、実に堪(こた)えた。眠れば夢にカレーが出てくるし、休みに日に家でぼーっとしていてもカレー臭が漂ってくるような幻覚に襲われた。程なくジャックが終了して安堵していたら、今度はやよい軒が同じ調子で、「○号出口が最寄りの、ごはん処やよい軒、○○店へお越しの方は、次でお降りください」とやり始めたものだから、遂に堪らず西中島南方で降りて、肉野菜炒め定食を食してしまった。あそこは「ご飯おかわり自由」というのも戦慄である。ココイチややよい軒に行く者がわざわざ地下鉄に乗るとも思えないが、そうではなくて、斯様に乗客を洗脳して、そうした発作的衝動を駆り立てんとする算段なのであろう。全くもって恐ろしい話である。
 
 しかし、それより何より、以前からその影がちらつき、そしてなかもずまで通うようになった最近、いよいよ耳に付き纏われて困っているものがある。それは何かと言うと、「まいこんのこうはら」なのである。
 
 「まいこんのこうはら」は、御堂筋線では本町と天王寺の2回聞かされる。もしかしたら西田辺でも言っていたかもしれない。とすれば、週に2往復したら、月に30回弱も「まいこんのこうはら」を聞かされる計算になるから、これはなかなかの強敵である。しかも「まいこんのこうはら」は他線でも襲い掛かってくるらしく、千林大宮、阿倍野、田辺、堺筋本町、天下茶屋、大正でも流れるらしい。谷町線に乗れば3度も「まいこんのこうはら」が現れるのであって、油断も隙もあったものではない。そう言えば、3年前まで扇町に住んでいて堺筋線ユーザーだったが、ここでも堺筋本町と天下茶屋で聞かされていたのだ。この頃は泉北光明池まで週3回通っていたから、月に何と50回以上も「まいこんのこうはら」にやられていたのである。
 
 それに、ココイチならカレー、やよい軒なら定食屋と分かるのだが、「まいこんのこうはら」って、一体全体何者なのだ。一度気になってしまうと、さまざまな考えが頭を過(よぎ)る。きっと、「こうはら」という男が仕掛けた、マイクロコンピューターによる電脳兵器に違いない。そしてここまで「まいこんのこうはら」と白兵戦になったからには、「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」という孫子の教え通り、ホームページを調べてみた――何のことはない、昆布の佃煮の店、つまり「まいこん」は「舞昆」なのであった。よくよく思い出せば、放送では、「帰省お土産贈り物、天然酵母の塩昆布」の枕詞がついているし、電車の広告で、大村崑が老婆に扮して美味そうに食っている姿も見たことがある。
 
 すると今度は、舞昆でご飯を何杯でも食べる妄想に駆られ始めてきた。どうしてくれよう。「黒舞昆12袋赤富士セット」は価格10,000円とのこと。私の誕生日は9月14日である。全国の皆さまからの温かいご支援、お待ち申し上げております。
 女性芸能人が自身のすっぴんをブログで公開したと、一々ネットのニュースで取り上げられるのには、大概食傷気味である。芸能人の結婚報道で、都度妊娠の有無を明記せねばならないというのもどうかと思うのに、なぜ素顔を晒したくらいでそんな大騒ぎになるのだろうか。
 
 しかしよく考えれば、例えば杉村春子や山田五十鈴といった大御所が存命中にそんなことをしたなら、それこそ国家の一大事であっただろう。何となれば棺の中にあってさえ、死に化粧を施すのである。況んや芸能人は顔そのものだって商売道具なのだから、素顔を晒すなんてする訳もないし、してはいけないのである。そしてそれが芸能界のタブーであったはずであるから、こうして話題になるのであろう。
 
 それはもしかしたら一般女性においても同様かも知れず、母が若い頃、就職先にすっぴんで初出勤したところ、お局様に呼び出され、「せめて口紅くらい施してきなさい」と叱られたと言うし、私の勤務先のある女性の同僚が、「すっぴんで外出するなんて、犯罪行為以外の何物でもありません」と力説するのも聞いたことがある。かつて、女性の部下が寝過ごして遅刻したことがあるのだが、それでも時間をかけてバッチリメイクで出勤してきたものだから、「すっぴんでもええからとにかく一刻も早く出勤せよ」と注意を与えた。その後暫くして、定時ギリギリに、息も絶え絶えに滑り込んでくることがあったのだが、教えを忠実に守り、すっぴんで現れたのである。これがもう、喋ってくれなければ誰か判らぬほどの別人であり、こんなことを言っては世の女性たちから糾弾を受けそうだが、「犯罪」とは確かにそうかもしれないと思ったものである。
 
 『源氏物語』に登場する、光源氏を取り巻く女性たちの中の一人に、「末摘花」という人物がいる。零落した亡き常陸宮の姫君の噂を聞き、阿呆な源氏は勝手な夢想と憧れを抱いて求愛する。そして念願叶って逢瀬を果たした翌朝、源氏は末摘花の顔を見て仰天する。驚くほどに不細工だったというのだ。原文ではそれを、「あなかたはと見ゆるものは、鼻なりけり。ふと目ぞとまる。普賢菩薩の乗物とおぼゆ。あさましう高うのびらかに、先の方すこし垂りて色づきたること、ことのほかにうたてあり(ああみっともないと見えるのは、鼻なのであった。ふと目がとまる。普賢菩薩の乗物〈=つまり、象のこと〉と思われる。あきれるほどに高く伸びていて、先の方が少し垂れ下がって色づいているのは、殊の外異様である)」と著し、散々な酷評なのである。「実はその容貌たるや」ということで男性の幻想を打ち砕き、大いに落胆させるという話は古来からあった訳で、女性たるもの、如何なる手練手管を以てしても、自身の容貌で男性を虜にせねばならなかったのであろう。
 
 余談だが、TBSが創立40周年を記念して、橋田壽賀子脚本、総製作費12億円を費やした実写版『源氏物語 上の巻・下の巻』が、1991年12月と1992年1月の2回にわたって放映された。主演は紫式部役の三田佳子。光源氏は東山紀之→片岡孝夫(現・仁左衛門)。紫の上は大原麗子。その他、「橋田ファミリー」はほぼ全員が出演という超豪華キャストであるが、では末摘花は誰が演じたかというと、何と、泉ピン子なのだ。かつて、堺正章の『西遊記』で、鬼子母神を和田アキ子が演じたのと双璧を成す、私の中で「よくぞオファーを受けたと感服する役柄」である。
 
 それはさて措き、それでも、彼女の素直な心根や、自身への一途な愛に感動した源氏によって、その後、末摘花は妻の一人として二条東院に引き取られ、晩年を平穏に過ごしたのである。ロリコン&マザコンを地で行く、リビドーの塊の如き稀代の色男でさえ、「見てくれより中身」に惚れるというのだから、女性の美意識はどこに力点を置くべきか、ちょっと立ち止まって考えねばなるまい。
 
 しかるに、男性を騙す必殺技が「化粧」だけでは飽き足らぬ現代の女性は、いとも容易く「整形」に手を出す。テレビのCMでも連日、「Yes! ○○クリニック!」だの、「○○は俺に任せろ!」だのと喧しいし、「整形」で検索を掛ければ掃いて捨てるほどにビフォア&アフターの画像が出てくる。ましてや芸能人ともなると、どこで入手したのか知らないが、素人であった少女時代からの容貌の変遷をまとめた写真がそこら中に流出していて、ゴシップとして見る分には興味深いものの、こんなものを晒されたのでは、一体何のために散財に散財を重ねて顔面改造に勤しんだのかと悲嘆に暮れはしないのか、余計な心配に駆られてしまう。
 
 播州の俳人、滝野瓢水が、遊女を身請けしようとした友人を諌めた句に、「手に取るなやはり野に置け蓮華草」というのがあって、落語の『子は鎹(かすがい)』にも出てくる。吉原の廓遊びで朝帰りの熊五郎が、文句を言う女房のお光に対して、家風に合わないから出て行けと怒鳴ってしまった。息子の亀坊が「お父つぁんが悪い」と言うと、これも家風に合わないから出て行けと、2人とも出て行った。独り者になったのをいいことに、花魁の女を引っ張り込んで一緒に住み始めたが、「やはり野に置け蓮華草」とはよく言ったもので、家事も何にもできず、いつの間にか出て行ってしまった。3年が過ぎ、一人住まいの不便さと寂しさで、別れた女房の出来の良さを思い出し、子どもにも会いたいと思う。たまたま、学校帰りの亀坊に出会い、未だに再婚せず、針仕事で苦労しながら暮らしていることを知る。小遣いを与え、母親には内緒にしろというが、母親に見つかり誰からもらったか言わないと金槌で打つと怒られ、喋ってしまう。そして亀坊が仲立ちになり、夫婦仲直りをする。「子は鎹とは、うまいことを言ったもんだ」「あたい鎹か、だから金槌で打つと言った」――というストーリーである。男というものは最終的には器量より中身に行き着く、ということだろうか。
 
 女性の化身は、必ずしも男性を虜にするためだけのものではないかもしれない。自信を持って輝いて生きるという「自分自身のため」という面もあるのだろう。なればこそ内面を磨けばよいのではないかと思うのだが、家人などは「女というものは、外見を磨いてこそ、自然と内面も磨かれて輝くのである」と言って憚らない。自分磨きを忘れた女は最早女ではない、という考えで、それはそれで一理あるとも思うが、鶏が先か卵が先かという話のような気もする。男としては「野に咲かぬ蓮華草」も恐ろしいし、惚れた女であれば、たとえシミ、ソバカスだらけのすっぴんだって、きっと内面に湛えた美しさが表出するものだと思うのだが、「そうも言うてられへん女心」も理解せねばなるまいと自身を得心させる、私は小心者の男なのであった。
 前回(一)で、悪いことをしたらきちんと罰を与えなければならない、世の中に子どもを出す前に、社会の正義の何たるかを教え込んでおかねばならないという話をした。その「罰」の方法にはいろいろあるが、「口で言って分からない」者にはどうしたらよいであろうか。
 
 昔、住んでいた街でちょっとした“事件”があった。自転車に乗って通行することが禁じられている商店街を、警察官の再三に亙る制止も聞かず、挑発気味に逃げようとした高校生が、白バイに追い詰められ、道路交通法違反か何かの現行犯で逮捕されたのである。この逮捕について、テレビのインタビューで“容疑者”の父親が、「きちんと注意を与えれば済むことなのに、逮捕とは職権の濫用ではないか」と激昂していたのだが、警察官は何度も制止した、つまり「注意を与え」ているのである。「口で言って分からない」から止む無く逮捕したのに一体何を言っているのかこのバカ親は、と批判が殺到したという。世論は、警察に対して「よくぞやってくれた」という方に傾いていたと記憶している。
 
 教育の現場でも、こうした「口で言っても分からない」という局面は往々にしてあるだろうし、そうしたときに最終的に行き着くのが「体罰」ということになる。児童や生徒を正しく導くために、泣きの涙で「愛の鞭」を振るうこともあるかもしれない。けれども、体罰は、学校教育法の第11条で「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」と明確に禁止が規定されている。これが「学校教育において体罰はいけないこと」だとする唯一無二の根拠であって、法がそう定めている以上、如何なる正当化も成立しない。
 
 しかし、現実には体罰の問題は一向になくならない。教師自身が自らの感情をコントロールできないでやらかしてしまう事例もあるだろうがこれはもとより論外である。ただ、「教育的行為」との線引きは、実際のところ大変難しい。「体罰」の定義については長らく、『児童懲戒権の限界について』(昭和23年12月22日付法務庁法務調査意見長官回答)に依拠してきたが、平成19年2月5日に文部科学省から出された通知『問題行動を起こす児童生徒に対する指導について』では、「教員等が児童生徒に対して行った懲戒の行為が体罰に当たるかどうかは、当該児童生徒の年齢、健康、心身の発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ごとに判断する必要がある」「個々の懲戒が体罰に当たるか否かは、単に、懲戒を受けた児童生徒や保護者の主観的な言動により判断されるのではなく、……諸条件を客観的に考慮して判断されるべきであり、特に児童生徒一人一人の状況に配慮を尽くした行為であったかどうか等の観点が重要」と示された。また、先般の大阪市立の某高校での、体罰に起因する生徒の自殺事件を受け、平成23年3月13日に文部科学省初等中等教育局長と、同スポーツ・青少年局長の連名で出された『体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について』でもほぼ同じようなことが記されている。結局ケースバイケースということのようである。
 
 「懲戒を受けた児童生徒や保護者の主観的な言動により判断されるのではなく」とあるが、実際には“受け取る側の認識”が多分に事の重大性を左右するところもあって、指一本触れただけで体罰だのセクハラだのと騒がれる場合もあれば、例の事件では、体罰を日常的に行っていたとされる教師に対して、1,000名を超える署名を添えた、処分軽減の嘆願書も府教委に提出されている。それを異常だと糾弾するのは第三者の考えであって、当の生徒たちが「人として大切なことを教えてくれた」「先生のおかげで社会でも通用できる強い人間になった」と言うのだから、その意味では「教育的行為」だったと言えよう。ただし注意しなければならないのは、それが必ずしも「生徒の総意」ではないかもしれない点にある。現に、件の生徒は自らの命を断っているのだ。
 
 ところで、体罰に絡んで思い出すエピソードがある。私の通ったのは全国版の新聞に載るほどの荒廃した中学校で、創立記念日の日、校長先生が、「この中学校へ転勤と言われると、『嫌です』と拒む先生も多いんです。だから、この学校におられる先生方は、皆素晴らしい人たちばかりなんです」と涙ながらに語っていたのを覚えている。事実、横行する校内暴力に対して、先生たちは手を後ろに組んで、決して応戦しようとしなかった。中3の学年末考査の日には警察や地元の人たちが物々しく警備する中、じっとしていられないヤンキーたちを、担任外の先生が“ドライブ”に連れて行って、校内の安寧を保つようなことまでやっていた。あるとき、PTAの会合で、ある保護者が「口で言って分からない子には、時には手を上げる指導だって必要ではないでしょうか。それは『愛の鞭』なのですから」と発言した。すると先生はこう答えた。「子どもが『愛』と受け止めてくれなければ、それはただの暴力なんです」と。親たちはそれ以上、何も言えなかったという。
 
 例の事件を「勝利至上主義が招いた悲劇」と論評する人もいる。しかしそんなことは、直接の原因かもしれないが表層的なことであって、本質を見誤ってはいけないのだ。体罰を受けた生徒が苦悶の末、命を絶ってしまった以上、そこに「愛」はなかったと考えるのが正しく、よって結果は「教師による生徒への暴力」だったと断じる他はないのである。「“被害者”はたった一人ではないか」という乱暴な意見もあるらしいが、人数の多寡は全く問題ではないし、そんなことで人一人の死が貶められる筋合いもない。なぜなら、教育というものは本来的に、「1対多」ではなく、あくまで「1対1」の営みであるはずだからだ。
 
 冒頭で、「『口で言って分からない』者にはどうしたらよいであろうか」という疑問を呈したが、私の中にそれに対する明快な答えは情けないながら、ない。人を叱るのは本当に難しいことで、指示や命令や恫喝や追い込みや懲罰で人が動くのならこんな楽なことはないのだが、現実、そうは易々とゆかぬことは、学校教育の場のみならず、大人を相手にした社員教育の場においてさえも、誰もが痛感するところであろう。教育というものは所詮、未熟な者がもっと未熟な者に教えを施す行為である。指導者はそうした謙虚さも持ち合わせた上で力を行使しなければならないし、如何なる鞭が「愛」と理解されるのかを考えなければなるまい。無論、そうであるためには、相互理解を前提とした適切な人間関係が構築されていることは必須である。そして、文科省の言うところの「一人一人の状況に配慮を尽くした行為であったかどうか」はお題目かもしれないが、しかし本質はこの1点に尽きるのではあるまいかと、未熟者の私は実感を持って思うのである。