最近、ニュースを賑わせているのは、USJでの大学生たちの迷惑行為である。ネットって怖いよなあと思うのは、例えば、その大学名を検索するだけで、この狼藉者の名前が候補に表示されるし、それをクリックすれば、当人はおろかその彼女の氏名や経歴や顔写真までもがボロボロとヒットすることである。かつて『ウィークエンダー』という番組で、桂朝丸が「こいつですわー! 悪いやっちゃでぇー!」と絶叫していたそのフリップでさえ、目には黒線が引かれて一応の配慮があったのを回顧するに、身も蓋もないとは正にこのことだし、「人の噂も七十五日」とは言うけれども、こんなに瞬時にその悪名が全世界に拡散することを考えれば、75日なんて懲役20年に匹敵する苦しさだろうし、そうやすやすと悪いことはできぬししてはならぬと、よからぬことを考える者は戒めねばならないと思うのである。
昔、作家の鷺沢萠が、「人間には、男女に加えて『オバハン』という第三の性があると言われるけれど、これに加えて『大学生』という第四の性を提案したい」と綴ったエッセイを読んだ記憶がある。この人とは大学リタイアの経歴が一致するというその一点だけで勝手に親近感を覚え、著作も大概読破したくらいであるから、この提案にも大いに賛同をした。阪急神戸線や千里線といった、学生街を串刺しにするような路線に乗ると、学生どもの傍若無人な大声での談笑に苛まれるのが堪らなく苦痛なのであり、大した内容を喋っている訳でもないのに何がそんなに可笑しいのかと、ぶつける訳にはゆかない憤怒が心の中に沸き起こるのである。ましてやこの「事件」の首謀者たちは、神大や同志社大といったところに進学していながら、一体何を思ってそんなアホな所業をやっているのだろうか。
尤も、これは所詮、学歴に傷を持つ者の僻みなのであり、鷺沢氏も件のエッセイで同様のことを記していたから、「同病相哀れむ」といったところであろうか。その氏が自らの命を絶ってから、この4月で早や9年の歳月が過ぎた。大学生のアホな事件を見聞きする度にそのエッセイを思い出していたから、「もう、9年なのか」という驚きにも似た感慨に、今更ながらに耽るばかりである。
さて、例の大学生たちのアホぶりについて、しかし、大学生たちを嫌悪するようなことを言っていながら矛盾するようで恐縮だが、この手の「事件」がある度にどうしても引っ掛かるのが、大学生を一括りにアホ呼ばわりするような論調である。特に今回の場合は、神大なり同志社大なり関西外大なり、個人というより大学そのものが槍玉にあがっているような気がする。例えば神大の学生が全員アホではないのは言うまでもないし、個人の愚行で大学が公式に頭を下げなければならないのもどうかと思うのだが、天下の名門大だからこそ指弾が強まるというのはきっとあるのだろうし、マスコミがそう煽っている部分も多分にあるはずである。また、それが世論という側面だってあるだろう。けれども、である。
数年前まで、勤務先で、新卒の採用や育成を管掌していたことがある。ちょうどその頃、新卒採用活動は買い手市場であったから、まずは企業としてのステイタスを高め、優秀な学生たちに如何に振り向いてもらえるかに腐心したし、複数社の内定を手にした学生が他へ逃げない施策にも力を注いだ。結果、内定者の歩留まり率を倍増させることに成功はしたが、もともと学生たちを「社会を知らぬ未熟者」として見下していた私は、相手が買い手だからと言って育成の手を緩めることはせず、「学生気分からの脱皮」をテーマに、のっけから結構重たいプログラムを組んだ。服装や態度に始まり、言葉遣いやメールの書き方に至るまで、上げ膳据え膳で指導したのも実際のところである。しかし早晩、自分が「大学生に対する色眼鏡」で彼らや彼女たちを見、その色眼鏡を前提に研修をやることは間違いであると気付くに至った。最も感心したのは、ほとんどの学生が、何度志望動機を尋ねても一切ぶれなかったことである。思った以上に、学生さんたちは真面目で、誠実で、実直だったのである。勿論、選考の過程でそういう人材を選んだのだろうから当然と言えば当然なのだろう。また、大学でも、それが本道であるかどうかはさて措き、「学問を究める」ことよりも、いわゆる「実学」の部分であったり、就活対策であったり、そういう教育に力を入れ、またそれは学生たちの切実なニーズに応えるものであるから、学生たちも真剣に取り組むのは宜なる話である。
そう考えれば、かかる狼藉者はあくまでレアケースなのかもしれないし、「大学生総アホ説」も全くナンセンスな暴論ということになるが、だからと言って大人になる覚悟のできていない害悪たる者たちを社会に放逐してよい訳はない。学生だろうが浪人だろうが会社員だろうがプータローだろうが、自分のやったことは自分できちんと落とし前をつけさせる。親も学校も会社も、一切の救いの手を差し伸べてはならない。ネットで個人情報を晒され、世間からフルボッコにされても、歯を食いしばってそれを受け止めるのだ。狼藉を働き、それを武勇伝よろしくSNSで公開して、愉快痛快怪物くんのような気分で安寧に過ごせると思ったら大間違いなのだということを、身を以て知ってもらわねばならない。
そう、落とし前というのは、大人の社会では「社会的制裁」に他ならないのだ。勿論、学校にだって除籍や放校という処分もあるが、大人の世界での有形無形の「制裁」は、得てして一生ついて回るものになるのだ。しかし本来、前途ある若者にそういう傷を負わす訳にはゆかぬから、なればこそ、件の「事件」のような狼藉を働く学生は、社会に出す前に何としても矯正する必要がある。つまり、「教育」というものの重要性に帰結するのである。大学は代わりに世間様に対してごめんなさいと言ってくれてそれでお終いかもしれないけれど、社会ではそうはゆかないし、愚行悪行は自らの首を絞める行為に他ならないことを理解しておかねばならない。そして、この覚悟がなければ、社会に出ることは許されないし、その覚悟は、入社式のその日に突然生まれるものでもないから、それまでの人生の中で、そういうものをしっかりと涵養しておかなくてはなるまい。それは「教育」の場できちんと行われるべきものである。
悪いことをしたら罰を受ける。人に迷惑をかけたら人から制裁を受ける。「愛の鞭」は厳しく痛みを伴うものだけれども、それでも未成年のうちは誰かが守ってくれる。そうであるうちに、社会の正義の何たるかを教え込んでおかねばならぬのだ。ただし、それは体罰や暴言のような、肉体的・精神的暴力であってはならない。これについては次回の(二)で、改めて考えを述べることにしたい。
4月になり、学校や企業では新年度がスタートした。昨日の朝も出勤時に、自宅近くの中学校で入学式の準備が行われているのを見て、全く無関係の部外者であるこちらの心まで晴れやかになった。
勤務先でも、新卒入社のフレッシャーズを迎え、私の管掌する部門にも3名が配属されている。今日、現業のある店舗を訪問したのだが、ここに配属されている1人の女子の明るく、溌溂とした動きぶりを見て、ああ新人というのはかくあるべしよと思った。スキルやアビリティもこれからしっかり身につけていってもらわねばならないのだけれども、昔から「先ず槐より始めよ」と言われるではないか。この「槐」に当たるものは、そういう快活さであらねばなるまい。一方の男子たちは、能力もあるしそつなく仕事はこなすのだが、その辺の元気さというかパワーというか動きの俊敏さというか、それが女子に及ばないのである。
男だからとか女だからとか、そういう下らない一般化をしようとしているのではない。あくまで個人の問題である。聞けば女子の方は、学生時代、柔道部だったのだとか。私の上司である部長が出ていくときに外まで行って深々とお辞儀をしてお見送りをしているものだから、「こんな子、久しく見てないわ」と感心しきりであったのだが、なるほど、「礼に始まり礼に終わる」については、人一倍仕込まれているはずなのだ。
思うに、一つの「道」を究める者は、基礎基本が磐石であるからこそ、技にも磨きがかかるのであろう。柔道や剣道などの武道然り、華道や茶道などの芸道もまた然りであって、その基礎基本が礼儀作法なのである。私もかつて剣道をやっていて、礼節というものはこれでもかというほど叩き込まれたつもりなのだが、何を隠そう、厳しい稽古に堪えかねて小学4年で辞めてしまって水泳に転向し、段位はおろか、所持しているのは「4級」である。その意味において私は、その程度の蛮族ということである。
「躾」という字は見ての如く、「自身を美しく磨く」という意味であり、決して他人から折檻を受けることを表すものではない。そしてこの「躾」は、マニュアルやノウハウ本から仕入れる知識などではなく、文字通りに「自身を内面から磨く」ことによってのみ自身に備わるものなのである。諸々の「道」において、その型であったり所作であったりが美しいのは、その人の内面、つまり心が美しいことの表れなのだろう。
逆に言えば、心の乱れがすぐに表出してしまうのも「道」の厳しさなのである。テレビドラマなどで、芸術家が「あーーーっっっ!!」と絶叫して、納得がいかない描き掛けの絵画や作り掛けの彫刻を破壊する狂気染みたシーンをよく目にするが、心の乱れを自覚しながらそれを制御できない苦悶が爆発すると、ああいうことになるのだろう。やはり、心が乱れていてはよい仕事はできないのだ。私には書道の心得はないのだが、それでも、自分の筆跡が乱れていると気付くときがあって、そういうときは決まって、苛立ちや焦燥など、何らかの情緒の不安定を自覚するのである。
小学4年のとき、図工の時間に紫陽花の花を水彩画で描く課題が出たことがある。私は吃驚するレベルで絵心がなく、図工や美術の時間というのは大概な苦行であったから、見た物をスケッチするのは何とかなっても、それに彩色を施すのがなかなかに大変だった。あの得も言われぬ透明感を、どうしても表現できぬのである。絵の具をどんどん水で薄めて塗りたぐり、それがために画用紙がぶよぶよになるばかりで、全く上手くいかない。そうこうしているうちに、担任が、一人の女の子の絵を取り上げた。それは本当に淡く美しい色で表現された、何とも優しい紫陽花の絵だった。そして担任はこう言った。「絵の具を混ぜるとか、水で薄めるとか、そんなことで美しい絵が描けるものではないのよ。彼女のきれいで優しい心が、この色には表れているのよ」と。そんなことを言われてしまっては、きれいな絵が描けない自分の心はどれだけ醜く汚れているのかと、陰鬱な気持ちになった。と同時に、どちらかと言えばおとなしい子だった彼女が、ただ俯いて頬を赤らめるのを見て、勉強やスポーツなどの「才能」より、内面にある「心のありよう」を褒められる方がよっぽど嬉しいし励みになると、そのときの私は嫉妬にも似た気持ちに駆られたのを憶えている。
内面を磨く。心を磨く。言うは易いが行うは難い。喜怒哀楽あってこその人間だし、人生をやっていれば須らく悲喜も交々である。フレッシャーズの人たちにとっては、この先さまざまな苦悩や葛藤と向き合わねばならぬ局面だってあるかもしれない。よく新人に向かって「若いうちは積極的に失敗をしなさい」などと叱咤激励する台詞を耳目にするが、事象自体にはプラスもマイナスもなく、あくまで人の受け止め方次第と考えてみたらどうだろう。失敗を失敗と捉えるか、そうではなく成功の母と考えるか、要はその違いである。そうして何とか自分の心をプラスにコントロールできるように鍛えること、それが「心を磨く」ということなのかもしれない。
たまたま今日、電車で見掛けたKIRINの『FIRE』の車内広告に、「新入社員の君へ」と題した、こんなメッセージが綴られていた。
早咲きの桜がある。
遅咲きの桜がある。
でも、どんな桜にも、地面に根を張り、
幹を太くしている時期がある。
今は分からないかもしれないが、
目の前にある仕事には、
大きな意味がある。
今日も新人くんに、「しょうもないと思える仕事、例えばコピー1枚取るにも、その仕事の意味を考えてごらん。そしてそれを受け取る人の気持ちを考えてごらん。そういう感受性が、自分を成長させるエネルギーになるはず」という話をした。そこに自分の存在意義や価値を見出すのだ。
そして、折角周りの人たちがあなたの存在を認めてくれているのだから、まずはしっかり心を磨いて、周りの人たちに愛される自分を作ってみたらどうだろうか。万物は太陽の下で生き、太陽に向かって咲き続ける。だから、周りの人たちがあなたの方を向いてくれるよう、あなたが太陽になって、倦まず腐らず、あなたの内面から周りを明るく照らし続けていってほしい。それが、フレッシャーズを預かり、育てる責任を負う者の、最初の願いである。
勤務先でも、新卒入社のフレッシャーズを迎え、私の管掌する部門にも3名が配属されている。今日、現業のある店舗を訪問したのだが、ここに配属されている1人の女子の明るく、溌溂とした動きぶりを見て、ああ新人というのはかくあるべしよと思った。スキルやアビリティもこれからしっかり身につけていってもらわねばならないのだけれども、昔から「先ず槐より始めよ」と言われるではないか。この「槐」に当たるものは、そういう快活さであらねばなるまい。一方の男子たちは、能力もあるしそつなく仕事はこなすのだが、その辺の元気さというかパワーというか動きの俊敏さというか、それが女子に及ばないのである。
男だからとか女だからとか、そういう下らない一般化をしようとしているのではない。あくまで個人の問題である。聞けば女子の方は、学生時代、柔道部だったのだとか。私の上司である部長が出ていくときに外まで行って深々とお辞儀をしてお見送りをしているものだから、「こんな子、久しく見てないわ」と感心しきりであったのだが、なるほど、「礼に始まり礼に終わる」については、人一倍仕込まれているはずなのだ。
思うに、一つの「道」を究める者は、基礎基本が磐石であるからこそ、技にも磨きがかかるのであろう。柔道や剣道などの武道然り、華道や茶道などの芸道もまた然りであって、その基礎基本が礼儀作法なのである。私もかつて剣道をやっていて、礼節というものはこれでもかというほど叩き込まれたつもりなのだが、何を隠そう、厳しい稽古に堪えかねて小学4年で辞めてしまって水泳に転向し、段位はおろか、所持しているのは「4級」である。その意味において私は、その程度の蛮族ということである。
「躾」という字は見ての如く、「自身を美しく磨く」という意味であり、決して他人から折檻を受けることを表すものではない。そしてこの「躾」は、マニュアルやノウハウ本から仕入れる知識などではなく、文字通りに「自身を内面から磨く」ことによってのみ自身に備わるものなのである。諸々の「道」において、その型であったり所作であったりが美しいのは、その人の内面、つまり心が美しいことの表れなのだろう。
逆に言えば、心の乱れがすぐに表出してしまうのも「道」の厳しさなのである。テレビドラマなどで、芸術家が「あーーーっっっ!!」と絶叫して、納得がいかない描き掛けの絵画や作り掛けの彫刻を破壊する狂気染みたシーンをよく目にするが、心の乱れを自覚しながらそれを制御できない苦悶が爆発すると、ああいうことになるのだろう。やはり、心が乱れていてはよい仕事はできないのだ。私には書道の心得はないのだが、それでも、自分の筆跡が乱れていると気付くときがあって、そういうときは決まって、苛立ちや焦燥など、何らかの情緒の不安定を自覚するのである。
小学4年のとき、図工の時間に紫陽花の花を水彩画で描く課題が出たことがある。私は吃驚するレベルで絵心がなく、図工や美術の時間というのは大概な苦行であったから、見た物をスケッチするのは何とかなっても、それに彩色を施すのがなかなかに大変だった。あの得も言われぬ透明感を、どうしても表現できぬのである。絵の具をどんどん水で薄めて塗りたぐり、それがために画用紙がぶよぶよになるばかりで、全く上手くいかない。そうこうしているうちに、担任が、一人の女の子の絵を取り上げた。それは本当に淡く美しい色で表現された、何とも優しい紫陽花の絵だった。そして担任はこう言った。「絵の具を混ぜるとか、水で薄めるとか、そんなことで美しい絵が描けるものではないのよ。彼女のきれいで優しい心が、この色には表れているのよ」と。そんなことを言われてしまっては、きれいな絵が描けない自分の心はどれだけ醜く汚れているのかと、陰鬱な気持ちになった。と同時に、どちらかと言えばおとなしい子だった彼女が、ただ俯いて頬を赤らめるのを見て、勉強やスポーツなどの「才能」より、内面にある「心のありよう」を褒められる方がよっぽど嬉しいし励みになると、そのときの私は嫉妬にも似た気持ちに駆られたのを憶えている。
内面を磨く。心を磨く。言うは易いが行うは難い。喜怒哀楽あってこその人間だし、人生をやっていれば須らく悲喜も交々である。フレッシャーズの人たちにとっては、この先さまざまな苦悩や葛藤と向き合わねばならぬ局面だってあるかもしれない。よく新人に向かって「若いうちは積極的に失敗をしなさい」などと叱咤激励する台詞を耳目にするが、事象自体にはプラスもマイナスもなく、あくまで人の受け止め方次第と考えてみたらどうだろう。失敗を失敗と捉えるか、そうではなく成功の母と考えるか、要はその違いである。そうして何とか自分の心をプラスにコントロールできるように鍛えること、それが「心を磨く」ということなのかもしれない。
たまたま今日、電車で見掛けたKIRINの『FIRE』の車内広告に、「新入社員の君へ」と題した、こんなメッセージが綴られていた。
早咲きの桜がある。
遅咲きの桜がある。
でも、どんな桜にも、地面に根を張り、
幹を太くしている時期がある。
今は分からないかもしれないが、
目の前にある仕事には、
大きな意味がある。
今日も新人くんに、「しょうもないと思える仕事、例えばコピー1枚取るにも、その仕事の意味を考えてごらん。そしてそれを受け取る人の気持ちを考えてごらん。そういう感受性が、自分を成長させるエネルギーになるはず」という話をした。そこに自分の存在意義や価値を見出すのだ。
そして、折角周りの人たちがあなたの存在を認めてくれているのだから、まずはしっかり心を磨いて、周りの人たちに愛される自分を作ってみたらどうだろうか。万物は太陽の下で生き、太陽に向かって咲き続ける。だから、周りの人たちがあなたの方を向いてくれるよう、あなたが太陽になって、倦まず腐らず、あなたの内面から周りを明るく照らし続けていってほしい。それが、フレッシャーズを預かり、育てる責任を負う者の、最初の願いである。
今日は4月1日、エイプリルフールである。例えば「長嶋・松井両氏に国民栄誉賞」という記事を見ても、これもまた嘘ではないかと訝ってしまうのだから、どうもよろしくない。
昔、ある友人のもとに元カノがやってきて、抱いている子どもを指して「あなたの子どもなの」「認知して」「養育費を払って」と迫られる事件があった。彼は当然周章狼狽したのであるが、落ち着いて考えれば諸々の計算が合わないのであり、直ちにそれが嘘と理解するに至った。この件が悪質なのは、元カノがやってきたのが4月1日でなかった、つまり本当に彼から金を騙し取ろうとしたということだ。
さて、mixiやFacebookやTwitterといったSNSでは今日1日、実にさまざまなネタが開陳されていて一々感心する。また、『虚構新聞』という、年中エイプリルフールをやっているサイトも存在する。「社主」を名乗る滋賀県の塾講師の方が「ありそうで、実はない」ネタを新聞記事風に掲載しているのだが、時々、それを真に受けた者たちから拡散されて大騒ぎになったり、「虚構」だったはずが後に現実化してしまって社主が「謝罪」したりと、何かと話題になっている。それだけ「リアルっぽさ」のレベルが高いということだろうし、そういうネタを枯渇させずに配信し続けられるのは厭味でも何でもなく、凄い才能だと思う。
翻って私は、以前にも記したように創作の能力が皆無なのでこんな駄文を垂れ流しているのだが、その根底にあるのは「嘘を上手につけない」という、性分と言ってよいのか、はたまたスキルの問題であるのかよく分からないが、とにかく嘘をつくことがびっくりするほどに下手なのである。何を言っても見え透いていたり、すぐに裏を取られたりするような安直な嘘しかつけないし、自分でも笑ってしまうくらい、話しているうちにいとも容易く表情に出てしまうものだから、基本は、何でも正直に言うか、隠し通すかのどちらかである。なのでエイプリルフールだからといって、大したネタが思い浮かぶはずもない。
おかげで、それを以て「表裏のない人間」と人様からは見られるようで、それがために、「ここだけの話」を方々から聞かされる。ただ、そのことさえも周知の事実であるから、皆は私がマル秘情報をいろいろと持っていると思い込み、根掘り葉掘り“特ダネ”を詮索してくる。「知らんもんは知らん」と、それが本当であれば言えるのだが、「(知っているけれど)知らん」と返すのはなかなかに至難の業である。これは何とかならぬものであろうか。
その唯一の解決策は、「ここだけの話」を私にしないでいただくことに尽きる。聞きたくない話、聞かなければよかったという話も少なからずある。ただ、期せずしてとは言え、秘密の共有を強いられてしまったからには、こちらは何としてもそれを黙っておく必要、いや、義務がある。「言うな」と言われたことは誰にも言わないのが理の当然だと思うのだが、しかし現実には、必ずしもそうではないものである。
趣味の悪いこととは承知しつつ、口の軽い奴、いわゆる「しゃべり」を懲らしめる意味で、ある実験を試みたことがある。私の知人のAさんが、仕事帰りに駅前のコンビニに立ち寄り、成人向け雑誌を立ち読みしていた。それはもう、食い入るように読んでいたのであるが、その最中に、背後から肩をポンポンと叩いてくる奴がいる。「何やねん」と思いながら振り返ってみると、そこには塾から帰宅中の中学生の息子が立っていた。慌てふためいたAさんは、咄嗟に財布から漱石1枚を取り出し、「お母さんには黙っとけよ」と言ってそれを握らせた――この話を、口の軽さでは右に出る者がいないと呼び声の高いBさんに聞かせ、1週間後にどれくらい拡散しているかを試してみたのである。1週間経って調査してみると、本当に「皆が皆」知っていたのだ。この流布力には心底感服し、懲らしめるはずの目的などどこかへ吹っ飛んでしまった。
これはまあ、他愛もないネタで、Aさん自身も加担しての実験であるから笑い話で済むのだが、本当に言われては困るのっぴきならぬ秘匿情報が喋られることもある。ならば最初から言わねばよいのだが、そうもゆかぬ場合だってあるのだ。私も実際、「本件はくれぐれも他言無用に願います」と念を押したのに、1時間も経たぬうちに「○○さんには言ってもいいですか?」とメールが来て、椅子から転げ落ちそうになった経験があるのだが、大の大人に「他言無用」の意味を教えてやるというのも野暮な話というものであろう。
このように、「誰にも言うたらあかんで」「絶対言わんといてな」と懇願の上、人に語った秘め事が、気がつけばそこら中に広まっているというのは、一体、どうしたものであろうか。
この命題を長きに亙って考え続けてきたが、最近、漸く一つの考察がまとまってきた。すなわち、「この人には言うてもええやろ」と思って誰かに「誰にも言うたらあかんで」と言って伝えてしまう。そしてその人も同様にしてまた誰かに伝えてしまう。こうして秘め事は瞬く間に隅々にまで伝播され、畢竟、秘め事でなくなる訳である。「誰にも言うたらあかん」と言っているにも関わらず、その人によって限定解除がなされるこの不条理は、しかし裏を返せばどうやら「信頼」という名の下に「誰にも」の例外が作られるのであって、そこには悪気などあろうはずもなく、口外したことを糾弾に及んだところで、「彼(彼女)なら大丈夫と思った」という、当人にとっては詭弁でも何でもない立派な釈明が極めて正当性を以て為されるのである。そら負けるわ。
今では「ネット」という恐るべき拡散兵器が普及しているものだから、最早地球上のどこにも秘密だのプライバシーだのといったものは存在しないと考えるのが妥当なのかもしれない。学校でのいじめとか会社での不正だとか、そんなものは名前も顔も知らぬ何者かによって、忽ちに全世界に広められるのである。転校や転職でほとぼりを冷まそうなどと無駄なことはゆめゆめ考えてはならない。いつまでもどこまでもその汚名はついて回るのである。と考えるならば、かかる短慮はあまりにもハイリスクノーリターンなのであって、例えば「ネット社会において、いじめなどというのは、相手を傷つける犯罪行為であるとともに、自分の首を一生かけて自分で絞め続けるリスキーな所業である」と、その恐ろしさを十二分に教育せねばなるまい。
話が逸れてしまったが、しかしこれは本質であって、「誰にも言うな」と言われたことを軽々しく口走ってしまうことのリスクは、こうした「ネットという拡散兵器の恐ろしさ」から容易に類推できよう。そのリスクとは、他ならぬ「信頼の失墜」である。「信頼」という大義を以て口外したことで、自らの「信頼」を貶める、蓋しこれは大いなる自家撞着ではあるまいか。私とてどこのSNSで批判やお叱り、あるいは罵詈讒謗の類を受けているとも分からない。「口は災いのもと」とはよく言ったもの、この箴言を深く肝銘して、自分の名誉は自分で守ってゆきたいものである。
昔、ある友人のもとに元カノがやってきて、抱いている子どもを指して「あなたの子どもなの」「認知して」「養育費を払って」と迫られる事件があった。彼は当然周章狼狽したのであるが、落ち着いて考えれば諸々の計算が合わないのであり、直ちにそれが嘘と理解するに至った。この件が悪質なのは、元カノがやってきたのが4月1日でなかった、つまり本当に彼から金を騙し取ろうとしたということだ。
さて、mixiやFacebookやTwitterといったSNSでは今日1日、実にさまざまなネタが開陳されていて一々感心する。また、『虚構新聞』という、年中エイプリルフールをやっているサイトも存在する。「社主」を名乗る滋賀県の塾講師の方が「ありそうで、実はない」ネタを新聞記事風に掲載しているのだが、時々、それを真に受けた者たちから拡散されて大騒ぎになったり、「虚構」だったはずが後に現実化してしまって社主が「謝罪」したりと、何かと話題になっている。それだけ「リアルっぽさ」のレベルが高いということだろうし、そういうネタを枯渇させずに配信し続けられるのは厭味でも何でもなく、凄い才能だと思う。
翻って私は、以前にも記したように創作の能力が皆無なのでこんな駄文を垂れ流しているのだが、その根底にあるのは「嘘を上手につけない」という、性分と言ってよいのか、はたまたスキルの問題であるのかよく分からないが、とにかく嘘をつくことがびっくりするほどに下手なのである。何を言っても見え透いていたり、すぐに裏を取られたりするような安直な嘘しかつけないし、自分でも笑ってしまうくらい、話しているうちにいとも容易く表情に出てしまうものだから、基本は、何でも正直に言うか、隠し通すかのどちらかである。なのでエイプリルフールだからといって、大したネタが思い浮かぶはずもない。
おかげで、それを以て「表裏のない人間」と人様からは見られるようで、それがために、「ここだけの話」を方々から聞かされる。ただ、そのことさえも周知の事実であるから、皆は私がマル秘情報をいろいろと持っていると思い込み、根掘り葉掘り“特ダネ”を詮索してくる。「知らんもんは知らん」と、それが本当であれば言えるのだが、「(知っているけれど)知らん」と返すのはなかなかに至難の業である。これは何とかならぬものであろうか。
その唯一の解決策は、「ここだけの話」を私にしないでいただくことに尽きる。聞きたくない話、聞かなければよかったという話も少なからずある。ただ、期せずしてとは言え、秘密の共有を強いられてしまったからには、こちらは何としてもそれを黙っておく必要、いや、義務がある。「言うな」と言われたことは誰にも言わないのが理の当然だと思うのだが、しかし現実には、必ずしもそうではないものである。
趣味の悪いこととは承知しつつ、口の軽い奴、いわゆる「しゃべり」を懲らしめる意味で、ある実験を試みたことがある。私の知人のAさんが、仕事帰りに駅前のコンビニに立ち寄り、成人向け雑誌を立ち読みしていた。それはもう、食い入るように読んでいたのであるが、その最中に、背後から肩をポンポンと叩いてくる奴がいる。「何やねん」と思いながら振り返ってみると、そこには塾から帰宅中の中学生の息子が立っていた。慌てふためいたAさんは、咄嗟に財布から漱石1枚を取り出し、「お母さんには黙っとけよ」と言ってそれを握らせた――この話を、口の軽さでは右に出る者がいないと呼び声の高いBさんに聞かせ、1週間後にどれくらい拡散しているかを試してみたのである。1週間経って調査してみると、本当に「皆が皆」知っていたのだ。この流布力には心底感服し、懲らしめるはずの目的などどこかへ吹っ飛んでしまった。
これはまあ、他愛もないネタで、Aさん自身も加担しての実験であるから笑い話で済むのだが、本当に言われては困るのっぴきならぬ秘匿情報が喋られることもある。ならば最初から言わねばよいのだが、そうもゆかぬ場合だってあるのだ。私も実際、「本件はくれぐれも他言無用に願います」と念を押したのに、1時間も経たぬうちに「○○さんには言ってもいいですか?」とメールが来て、椅子から転げ落ちそうになった経験があるのだが、大の大人に「他言無用」の意味を教えてやるというのも野暮な話というものであろう。
このように、「誰にも言うたらあかんで」「絶対言わんといてな」と懇願の上、人に語った秘め事が、気がつけばそこら中に広まっているというのは、一体、どうしたものであろうか。
この命題を長きに亙って考え続けてきたが、最近、漸く一つの考察がまとまってきた。すなわち、「この人には言うてもええやろ」と思って誰かに「誰にも言うたらあかんで」と言って伝えてしまう。そしてその人も同様にしてまた誰かに伝えてしまう。こうして秘め事は瞬く間に隅々にまで伝播され、畢竟、秘め事でなくなる訳である。「誰にも言うたらあかん」と言っているにも関わらず、その人によって限定解除がなされるこの不条理は、しかし裏を返せばどうやら「信頼」という名の下に「誰にも」の例外が作られるのであって、そこには悪気などあろうはずもなく、口外したことを糾弾に及んだところで、「彼(彼女)なら大丈夫と思った」という、当人にとっては詭弁でも何でもない立派な釈明が極めて正当性を以て為されるのである。そら負けるわ。
今では「ネット」という恐るべき拡散兵器が普及しているものだから、最早地球上のどこにも秘密だのプライバシーだのといったものは存在しないと考えるのが妥当なのかもしれない。学校でのいじめとか会社での不正だとか、そんなものは名前も顔も知らぬ何者かによって、忽ちに全世界に広められるのである。転校や転職でほとぼりを冷まそうなどと無駄なことはゆめゆめ考えてはならない。いつまでもどこまでもその汚名はついて回るのである。と考えるならば、かかる短慮はあまりにもハイリスクノーリターンなのであって、例えば「ネット社会において、いじめなどというのは、相手を傷つける犯罪行為であるとともに、自分の首を一生かけて自分で絞め続けるリスキーな所業である」と、その恐ろしさを十二分に教育せねばなるまい。
話が逸れてしまったが、しかしこれは本質であって、「誰にも言うな」と言われたことを軽々しく口走ってしまうことのリスクは、こうした「ネットという拡散兵器の恐ろしさ」から容易に類推できよう。そのリスクとは、他ならぬ「信頼の失墜」である。「信頼」という大義を以て口外したことで、自らの「信頼」を貶める、蓋しこれは大いなる自家撞着ではあるまいか。私とてどこのSNSで批判やお叱り、あるいは罵詈讒謗の類を受けているとも分からない。「口は災いのもと」とはよく言ったもの、この箴言を深く肝銘して、自分の名誉は自分で守ってゆきたいものである。
お江戸の方では、東京メトロ副都心線を介した東急・東武・西武などの相互直通運転開始で喧(かまびす)しいようである。東横線の渋谷駅がなくなるのは、関西で言えば、「日本一の私鉄ターミナル」と謳われる阪急梅田駅の威容が、御堂筋線と直通を始めるために忽然と姿を消すようなもので、確かにさまざまな批判が噴出しそうである。
そもそも関西では、地下鉄と他社との相互直通というのはあまり盛んではなく、特に大阪の場合、既存路線が地下鉄に乗り入れて都心へ直通するという「本来の意味」での相互直通は、堺筋線と阪急電車くらいのもので、北大阪急行は御堂筋線の延長のようなもの、近鉄けいはんな線(このネーミングがどうしても好きになれないのだが)も中央線が生駒を越えて登美ヶ丘まで延びただけのことである。京都では、烏丸線と近鉄の直通が「本来」のもので、京阪が片乗り入れする東西線は、廃止となった京津線の代替であり、大津方面から三条へ出るのに、地下鉄の分の値段が上がっただけという不満は今尚上がる。神戸での北神急行も西神・山手線が六甲山をぶち抜いて延長したという体であり、それはそれで有馬や三田方面から三宮へ出るのに劇的な時間短縮となったのだが、運賃が高いのと、谷上から先の神戸電鉄が“亀の行進”であるから、新神戸トンネルから神戸三田インターまで、1か所の信号もなくぶっ飛ばす高速バスに完敗である。
関西における「本来の意味」での相互直通の嚆矢は、昭和43年に始まった、神戸高速鉄道を介した阪急・阪神・山陽のそれであろう。阪急・阪神は須磨浦公園まで、山陽は六甲と大石まで、いずれも特急が乗り入れていたが、昭和59年に、山陽の回送車が阪急六甲の待避線から停止信号を冒進して本線に出ようとしたところへ、通過する阪急の特急が衝突するという事故が発生した。それが禍根となったのか、その後阪急から山陽への乗り入れは普通車に変更になり、一時再び特急に戻ったものの、輸送力不足も相俟って、平成10年には乗り入れ自体が廃止となった。一方の阪神と山陽は、「直通特急」が梅田と姫路を結んでいるが、如何せん、もともと多かった途中の停車駅が雨後の筍の如くに増殖し、最高時速130kmを誇るJRの新快速には太刀打ちするべくもない。
直通運転のメリットは「乗り換え不要」ということに尽きようが、その分、一度ダイヤが乱れれば収拾がつかなくなる。関西でこの手の混乱が顕著なのは何と言ってもJRである。新快速の運転区間が北陸線の敦賀から赤穂線の播州赤穂にまで至るなど、大阪駅を基点とした直通運転の範囲が、特急列車を別にしたとしても、近畿2府4県に福井県や岐阜県・三重県まで含むというとんでもない広域に及び、駅に1時間立っているだけで、まあよくこれだけバラエティに富む行き先が現れるものよと感心するのだが、これはすなわち、ある箇所で発生した人身事故の余波が、最大で300km近く離れた先にまで及ぶことを意味する。そして、「何であそこで起きた事故でここが迷惑を蒙るねん」と、乗客は憤懣を募らせるのである。
また、直通によって、本来始発駅だったのがそうでなくなることにより、「着席機会が失われた」という反撥も須らく沸き起こる。関西では、最近だと近鉄奈良線と阪神なんば線の相互直通によって、難波から奈良方面に帰宅する乗客から「座って帰られへんようになったから、何にもええことあらへん」とぼやきの声が聞かれ、もう少し前だと、JR東西線の開通で、京橋から学研都市線方面への帰宅者も同じようなことを口にした。天王寺駅においても、大和路快速や関空・紀州路快速は、環状線からの乗客で既に満員であり、ここから奈良や和歌山の方へ向けて帰宅する者は、「最後の体力」を毎日温存しておかねばならない。
しかし、こうした直通の需要を鉄道会社に喚起せしめたのは他ならぬ乗客であり、私などは、今のJRの複雑怪奇な運転系統よりも、かつてのように「東海道・山陽線や阪和線はブルー、環状線と片町線はオレンジ、関西線はグリーン、福知山線はイエロー」と路線ごとに電車が厳然と分かれていた方が判りやすいし、すっきりしていてよいと思うのだが、拠点駅で下車せず乗り通す乗客の多さを見ていれば、時代のニーズはそうではないのだろうと頷かされる。社会の公器たる鉄道会社はさまざまな需要に応える責務があるのであり、企業の在り方として間違ってもいない。いないのだが、そうしたことの結果として起こった悪夢が、8年前に起こったJR宝塚線の脱線事故である。
各線との直通もスピードアップも定時運行も、乗客のニーズに応えたものだったはずである。かく申す私も、以前天満から三田まで通勤していたとき、「尼崎と宝塚にのみ停車する新快速を走らせるべきだ」と声高に叫んだ者の一人であるし、JR東西線ができて、京橋経由で直通の快速に乗れば1時間座って眠って行けると喜んだものである。このことを棚に上げてはなるまい。事故の当時、あるスポーツジャーナリストがテレビ番組で、「これはJRの利益至上主義が惹起した悲劇である。JRによって最大の利益は安全のはずだ」とコメントしていたのだが、「利益は安全」などとおかしな比喩を用いるのに違和感を覚えたし、たった数分の遅延で矢のようにクレームを浴びせる客への批判を欠くのは不公平ではないかとも感じた。遅延の原因は駆け込み乗車から飛び込み自殺まで、乗客の側にあることが少なくないのにも関わらず、乗務員や駅員は文句も言わずに「ご迷惑をお掛けいたしましたことを深くお詫び申し上げます」と米搗きバッタの如くに日々謝罪していることも、忘れるべきではない。
この事故では、路線の保安設備の未整備や、「日勤教育」に代表される企業体質の問題も確かにあった。運転手の異常とも言える行動も明らかになっている。何より、私も大切な知人を一人失っている。1両目の一番へしゃげたところにいたそうで、事故の瞬間に彼が覚えたであろう恐怖や痛み苦しみを思えば、今でも身悶えするほどであり、だからJR西日本に対して思うところは多分にあるのである。だがしかし、なのである。
我田引水を捩った「我田引鉄」ということばがある。「我が票田に鉄道を引く」の意で、本来は鉄道と政治の問題に関わる揶揄的表現であるが、乗客の利便性を高めるために行ったはずの直通運転も、「乗り換えが面倒」「いや、座れないから迷惑」などと我が身勝手な意見が飛び交えば、鉄道会社は一体どうすればよいと言うのだ。それこそ正に「我田引鉄」ではないか。
関西では、古くは丹波橋をジャンクションとした近鉄と京阪の相互乗り入れや、南海から和歌山市を経て国鉄紀勢線に至る直通列車もあったようだが、いずれも昭和のうちに廃止されている。昔の時刻表を読み解くと、南海難波から新宮へ向かう客車の夜行までもがあって、平成の世にあっては到底考えられない、大いなる旅愁を誘う列車であった。北は稚内から南は鹿児島の枕崎まで、列車の直通はなくとも、線路は確かに一本でつながっているのだ。「この鉄路の彼方に見知らぬ街がある」と思いを馳せてみるのも悪くないと思うのだが、これも所詮、旅好きの繰り言であろうか。
そもそも関西では、地下鉄と他社との相互直通というのはあまり盛んではなく、特に大阪の場合、既存路線が地下鉄に乗り入れて都心へ直通するという「本来の意味」での相互直通は、堺筋線と阪急電車くらいのもので、北大阪急行は御堂筋線の延長のようなもの、近鉄けいはんな線(このネーミングがどうしても好きになれないのだが)も中央線が生駒を越えて登美ヶ丘まで延びただけのことである。京都では、烏丸線と近鉄の直通が「本来」のもので、京阪が片乗り入れする東西線は、廃止となった京津線の代替であり、大津方面から三条へ出るのに、地下鉄の分の値段が上がっただけという不満は今尚上がる。神戸での北神急行も西神・山手線が六甲山をぶち抜いて延長したという体であり、それはそれで有馬や三田方面から三宮へ出るのに劇的な時間短縮となったのだが、運賃が高いのと、谷上から先の神戸電鉄が“亀の行進”であるから、新神戸トンネルから神戸三田インターまで、1か所の信号もなくぶっ飛ばす高速バスに完敗である。
関西における「本来の意味」での相互直通の嚆矢は、昭和43年に始まった、神戸高速鉄道を介した阪急・阪神・山陽のそれであろう。阪急・阪神は須磨浦公園まで、山陽は六甲と大石まで、いずれも特急が乗り入れていたが、昭和59年に、山陽の回送車が阪急六甲の待避線から停止信号を冒進して本線に出ようとしたところへ、通過する阪急の特急が衝突するという事故が発生した。それが禍根となったのか、その後阪急から山陽への乗り入れは普通車に変更になり、一時再び特急に戻ったものの、輸送力不足も相俟って、平成10年には乗り入れ自体が廃止となった。一方の阪神と山陽は、「直通特急」が梅田と姫路を結んでいるが、如何せん、もともと多かった途中の停車駅が雨後の筍の如くに増殖し、最高時速130kmを誇るJRの新快速には太刀打ちするべくもない。
直通運転のメリットは「乗り換え不要」ということに尽きようが、その分、一度ダイヤが乱れれば収拾がつかなくなる。関西でこの手の混乱が顕著なのは何と言ってもJRである。新快速の運転区間が北陸線の敦賀から赤穂線の播州赤穂にまで至るなど、大阪駅を基点とした直通運転の範囲が、特急列車を別にしたとしても、近畿2府4県に福井県や岐阜県・三重県まで含むというとんでもない広域に及び、駅に1時間立っているだけで、まあよくこれだけバラエティに富む行き先が現れるものよと感心するのだが、これはすなわち、ある箇所で発生した人身事故の余波が、最大で300km近く離れた先にまで及ぶことを意味する。そして、「何であそこで起きた事故でここが迷惑を蒙るねん」と、乗客は憤懣を募らせるのである。
また、直通によって、本来始発駅だったのがそうでなくなることにより、「着席機会が失われた」という反撥も須らく沸き起こる。関西では、最近だと近鉄奈良線と阪神なんば線の相互直通によって、難波から奈良方面に帰宅する乗客から「座って帰られへんようになったから、何にもええことあらへん」とぼやきの声が聞かれ、もう少し前だと、JR東西線の開通で、京橋から学研都市線方面への帰宅者も同じようなことを口にした。天王寺駅においても、大和路快速や関空・紀州路快速は、環状線からの乗客で既に満員であり、ここから奈良や和歌山の方へ向けて帰宅する者は、「最後の体力」を毎日温存しておかねばならない。
しかし、こうした直通の需要を鉄道会社に喚起せしめたのは他ならぬ乗客であり、私などは、今のJRの複雑怪奇な運転系統よりも、かつてのように「東海道・山陽線や阪和線はブルー、環状線と片町線はオレンジ、関西線はグリーン、福知山線はイエロー」と路線ごとに電車が厳然と分かれていた方が判りやすいし、すっきりしていてよいと思うのだが、拠点駅で下車せず乗り通す乗客の多さを見ていれば、時代のニーズはそうではないのだろうと頷かされる。社会の公器たる鉄道会社はさまざまな需要に応える責務があるのであり、企業の在り方として間違ってもいない。いないのだが、そうしたことの結果として起こった悪夢が、8年前に起こったJR宝塚線の脱線事故である。
各線との直通もスピードアップも定時運行も、乗客のニーズに応えたものだったはずである。かく申す私も、以前天満から三田まで通勤していたとき、「尼崎と宝塚にのみ停車する新快速を走らせるべきだ」と声高に叫んだ者の一人であるし、JR東西線ができて、京橋経由で直通の快速に乗れば1時間座って眠って行けると喜んだものである。このことを棚に上げてはなるまい。事故の当時、あるスポーツジャーナリストがテレビ番組で、「これはJRの利益至上主義が惹起した悲劇である。JRによって最大の利益は安全のはずだ」とコメントしていたのだが、「利益は安全」などとおかしな比喩を用いるのに違和感を覚えたし、たった数分の遅延で矢のようにクレームを浴びせる客への批判を欠くのは不公平ではないかとも感じた。遅延の原因は駆け込み乗車から飛び込み自殺まで、乗客の側にあることが少なくないのにも関わらず、乗務員や駅員は文句も言わずに「ご迷惑をお掛けいたしましたことを深くお詫び申し上げます」と米搗きバッタの如くに日々謝罪していることも、忘れるべきではない。
この事故では、路線の保安設備の未整備や、「日勤教育」に代表される企業体質の問題も確かにあった。運転手の異常とも言える行動も明らかになっている。何より、私も大切な知人を一人失っている。1両目の一番へしゃげたところにいたそうで、事故の瞬間に彼が覚えたであろう恐怖や痛み苦しみを思えば、今でも身悶えするほどであり、だからJR西日本に対して思うところは多分にあるのである。だがしかし、なのである。
我田引水を捩った「我田引鉄」ということばがある。「我が票田に鉄道を引く」の意で、本来は鉄道と政治の問題に関わる揶揄的表現であるが、乗客の利便性を高めるために行ったはずの直通運転も、「乗り換えが面倒」「いや、座れないから迷惑」などと我が身勝手な意見が飛び交えば、鉄道会社は一体どうすればよいと言うのだ。それこそ正に「我田引鉄」ではないか。
関西では、古くは丹波橋をジャンクションとした近鉄と京阪の相互乗り入れや、南海から和歌山市を経て国鉄紀勢線に至る直通列車もあったようだが、いずれも昭和のうちに廃止されている。昔の時刻表を読み解くと、南海難波から新宮へ向かう客車の夜行までもがあって、平成の世にあっては到底考えられない、大いなる旅愁を誘う列車であった。北は稚内から南は鹿児島の枕崎まで、列車の直通はなくとも、線路は確かに一本でつながっているのだ。「この鉄路の彼方に見知らぬ街がある」と思いを馳せてみるのも悪くないと思うのだが、これも所詮、旅好きの繰り言であろうか。
またしても卒業にまつわる話で恐縮だが、三月ということでご寛恕願いたい。
さて、「卒業ソング」の定番と言えば何であろうか。昨今の歌謡曲にはとんと疎いのだが、レミオロメンの『3月9日』とか、いきものがかりの『YELL』『歩いていこう』とかなら思い浮かべることができるし、アンジェラ・アキの『手紙』あたりは今なお歌われているのかもしれない。しかし、団塊ジュニア世代にとっての名曲として、私は柏原芳恵の『春なのに』を挙げたい。
卒業ソングというのはできるだけ希望に満ちた曲であることが求められるものだが、その中にあって『春なのに』ほど、報われぬ恋心を唄った痛切な曲もあるまい。「卒業だけが理由でしょうか 会えなくなるねと右手を出して 淋しくなるよ それだけですか 向こうで友達呼んでますね」と冒頭のここだけでも胸が張り裂けそうな想いに駆られるが、「春なのにお別れですか 春なのに涙がこぼれます 春なのに 春なのに 溜め息またひとつ」などと唄われては、聴いているこちらの涙がこぼれそうになる。そして、「記念にくださいボタンをひとつ 青い空に捨てますぅぅぅ!!」のくだりに至っては感情が昂るあまり、血管が切れそうになるではないか。
小学校の時に、卒業式とは別に、「6年生を送る会」なるイベントが催され、1年生から順番に5年生まで、各クラスが6年生に向けて出し物をしていた。3年生のとき、学級会で、その出し物を何にするかについて議論することになった。賛成多数で、わらべの『めだかの兄妹』を歌うことに決まりそうになったが、9歳の私は手を高らかに挙げて異議を唱えた。理由その1。「1年A組がそれをやることに決しているのに、なぜ3年の我々が同じ出し物で下級生相手に勝負を挑まねばならぬのか」。理由その2。「チュンチュン、ニャンニャン、スイスイなどと歌って踊ることが、卒業生の門出を祝うことと一体何の関係があるのか」。ならば対案を出せと言われて提起したのが、前述の『春なのに』である。ある企画をつけて言上し、一転、満場一致でこの案が可決された。その企画とは、「青い空に捨てますぅぅぅ!!」のところで、ボタンをあしらった牛乳キャップに大量の紙吹雪を添えて、お世話になったお兄さんお姉さんたちを目掛けて投げつけるというものである。当日、会の終了後、我々は会場だった体育館の清掃を仰せつかり、担任は6年生の教室まで行って謝罪したそうであるが、この先生もそろそろ定年を迎えているはずで、私の提案が38年に亙る教師生活の汚点となっていないことを切に願いたい。
ということで、卒業式と切っても切り離せないアイテムは、何と言っても「制服の第2ボタン」である。昨今ではブレザーの制服も多く、学校によっては学ランだがファスナー方式という、第2ボタンを巡る男子と女子の逢瀬を阻止しようとする学校側の思惑としか思えない狂気の沙汰も目にするが、やはり、卒業式の絵になるのは、正統派の詰襟学生服であろう。モテキャラの筆頭たる男子は、第2ボタンどころか5つとも全部毟り取られるし、それを想定して事前にボタンをいくつも用意してばら撒くという周到なことまでやっていたものである。
ウチの中学校では、さらに受注生産制のプラスチック製の名札まで持っていかれる風習があって、女子からオーダーがあれば購買部に走って注文し、出来上がったら、担任から「よっ、色男!」の掛け声とともに渡されるのが、その時期の日常の風景でもあった。かく申す私も、妹を介して後輩から所望を受けたことがあり、「これで自分も色男の仲間入り!」と沸き立ったものであるが、聞けば「カッコいい先輩への憧れ」などではなく、「文ちゃん(=妹の名)のお兄ちゃんは面白いから」とのこと。当時から所詮、私は芸人扱いである。
ところでもう一つ、私が小学校から高校の時分にかけて、卒業シーズンになると風物詩的に行き交っていたものに「サイン帖」がある。卒業も間際になって今更、氏名だの生年月日だの血液型だの趣味だのと自己紹介のようなものを書かされるのもどうかと思いつつ、しかし一方で、普通、こういうものを書いてくれとせがむ側は女子なので、女子同士のやり取りはさておき、男子にとって、女子からこれを書いてほしいと言われるかどうかは、制服の第2ボタンと双璧を成す“男子の沽券”に関わる問題であった。中には誰からも書いてほしいと言われない哀れな男子もいる訳で、おそらく多くの男子はそのことで胸にさざめきを立てていたのではないかと推察される。
その辺の心情の機微をよく描いたものに、『僕はジャングルに住みたい』という江國香織の短篇がある。小学6年生の主人公の恭介が、卒業を前に、密かに想いを寄せる野村さんからサイン帖を書いてほしいと言われ、初めは「絶対、書いてなんかやるもんか」と言っていたのだが、中学は別々の学校になり、野村さんに会えなくことに思いを致し、あれこれ逡巡の末、「野村さんへ。俺たちに明日はない。暮林恭介」とだけ書いて渡す、というストーリーだ。およそ小学生とは思えぬハードボイルドな男子であるが、いやいやどうして、「嫌よ嫌よも好きのうち」「好きな子なればこそ意地悪をする」という、これをこそ、ハックルベリー・ラブの真骨頂と言わずして何とせんや。
サイン帖というのは、表面には大概フォーマットがあって、項目に従って記入していけばよい方式であるが、裏面はフリースペースになっているものが多かった。男子で筆まめな者などそうそういる訳もなく、何を書けばよいのかに頭を悩ませた人も少なくないだろう。前出の恭介のようにニヒルなことをぽつりと書く者もいれば、悪筆故に文字を書くことを躊躇して、ガンダムやら北斗の拳やらとイラストで埋める者もいた。中には「うんこ」と大書する無法者もいて、卒業を目前にして一気に株を下げる惨劇を目にしたこともある。
そんな「サイン帖」であるが、最近の子どもたちは、サイン帖のやり取りなどあまりしないようで、それどころかそんなものの存在を知らない子も多いらしい。こんなこと一つ取っても、時代の流れを痛感せずにはおれず、昭和を生きた者にとって、サイン帖は一つの青春の輝きであったと言えるかもしれない。私の書いたサイン帖、彼女たちは今も大切に持ってくれているのであろうか。何を書いたのかも大層気懸かりであるので、お持ちの方はぜひ、ご一報を願いたい。
さて、「卒業ソング」の定番と言えば何であろうか。昨今の歌謡曲にはとんと疎いのだが、レミオロメンの『3月9日』とか、いきものがかりの『YELL』『歩いていこう』とかなら思い浮かべることができるし、アンジェラ・アキの『手紙』あたりは今なお歌われているのかもしれない。しかし、団塊ジュニア世代にとっての名曲として、私は柏原芳恵の『春なのに』を挙げたい。
卒業ソングというのはできるだけ希望に満ちた曲であることが求められるものだが、その中にあって『春なのに』ほど、報われぬ恋心を唄った痛切な曲もあるまい。「卒業だけが理由でしょうか 会えなくなるねと右手を出して 淋しくなるよ それだけですか 向こうで友達呼んでますね」と冒頭のここだけでも胸が張り裂けそうな想いに駆られるが、「春なのにお別れですか 春なのに涙がこぼれます 春なのに 春なのに 溜め息またひとつ」などと唄われては、聴いているこちらの涙がこぼれそうになる。そして、「記念にくださいボタンをひとつ 青い空に捨てますぅぅぅ!!」のくだりに至っては感情が昂るあまり、血管が切れそうになるではないか。
小学校の時に、卒業式とは別に、「6年生を送る会」なるイベントが催され、1年生から順番に5年生まで、各クラスが6年生に向けて出し物をしていた。3年生のとき、学級会で、その出し物を何にするかについて議論することになった。賛成多数で、わらべの『めだかの兄妹』を歌うことに決まりそうになったが、9歳の私は手を高らかに挙げて異議を唱えた。理由その1。「1年A組がそれをやることに決しているのに、なぜ3年の我々が同じ出し物で下級生相手に勝負を挑まねばならぬのか」。理由その2。「チュンチュン、ニャンニャン、スイスイなどと歌って踊ることが、卒業生の門出を祝うことと一体何の関係があるのか」。ならば対案を出せと言われて提起したのが、前述の『春なのに』である。ある企画をつけて言上し、一転、満場一致でこの案が可決された。その企画とは、「青い空に捨てますぅぅぅ!!」のところで、ボタンをあしらった牛乳キャップに大量の紙吹雪を添えて、お世話になったお兄さんお姉さんたちを目掛けて投げつけるというものである。当日、会の終了後、我々は会場だった体育館の清掃を仰せつかり、担任は6年生の教室まで行って謝罪したそうであるが、この先生もそろそろ定年を迎えているはずで、私の提案が38年に亙る教師生活の汚点となっていないことを切に願いたい。
ということで、卒業式と切っても切り離せないアイテムは、何と言っても「制服の第2ボタン」である。昨今ではブレザーの制服も多く、学校によっては学ランだがファスナー方式という、第2ボタンを巡る男子と女子の逢瀬を阻止しようとする学校側の思惑としか思えない狂気の沙汰も目にするが、やはり、卒業式の絵になるのは、正統派の詰襟学生服であろう。モテキャラの筆頭たる男子は、第2ボタンどころか5つとも全部毟り取られるし、それを想定して事前にボタンをいくつも用意してばら撒くという周到なことまでやっていたものである。
ウチの中学校では、さらに受注生産制のプラスチック製の名札まで持っていかれる風習があって、女子からオーダーがあれば購買部に走って注文し、出来上がったら、担任から「よっ、色男!」の掛け声とともに渡されるのが、その時期の日常の風景でもあった。かく申す私も、妹を介して後輩から所望を受けたことがあり、「これで自分も色男の仲間入り!」と沸き立ったものであるが、聞けば「カッコいい先輩への憧れ」などではなく、「文ちゃん(=妹の名)のお兄ちゃんは面白いから」とのこと。当時から所詮、私は芸人扱いである。
ところでもう一つ、私が小学校から高校の時分にかけて、卒業シーズンになると風物詩的に行き交っていたものに「サイン帖」がある。卒業も間際になって今更、氏名だの生年月日だの血液型だの趣味だのと自己紹介のようなものを書かされるのもどうかと思いつつ、しかし一方で、普通、こういうものを書いてくれとせがむ側は女子なので、女子同士のやり取りはさておき、男子にとって、女子からこれを書いてほしいと言われるかどうかは、制服の第2ボタンと双璧を成す“男子の沽券”に関わる問題であった。中には誰からも書いてほしいと言われない哀れな男子もいる訳で、おそらく多くの男子はそのことで胸にさざめきを立てていたのではないかと推察される。
その辺の心情の機微をよく描いたものに、『僕はジャングルに住みたい』という江國香織の短篇がある。小学6年生の主人公の恭介が、卒業を前に、密かに想いを寄せる野村さんからサイン帖を書いてほしいと言われ、初めは「絶対、書いてなんかやるもんか」と言っていたのだが、中学は別々の学校になり、野村さんに会えなくことに思いを致し、あれこれ逡巡の末、「野村さんへ。俺たちに明日はない。暮林恭介」とだけ書いて渡す、というストーリーだ。およそ小学生とは思えぬハードボイルドな男子であるが、いやいやどうして、「嫌よ嫌よも好きのうち」「好きな子なればこそ意地悪をする」という、これをこそ、ハックルベリー・ラブの真骨頂と言わずして何とせんや。
サイン帖というのは、表面には大概フォーマットがあって、項目に従って記入していけばよい方式であるが、裏面はフリースペースになっているものが多かった。男子で筆まめな者などそうそういる訳もなく、何を書けばよいのかに頭を悩ませた人も少なくないだろう。前出の恭介のようにニヒルなことをぽつりと書く者もいれば、悪筆故に文字を書くことを躊躇して、ガンダムやら北斗の拳やらとイラストで埋める者もいた。中には「うんこ」と大書する無法者もいて、卒業を目前にして一気に株を下げる惨劇を目にしたこともある。
そんな「サイン帖」であるが、最近の子どもたちは、サイン帖のやり取りなどあまりしないようで、それどころかそんなものの存在を知らない子も多いらしい。こんなこと一つ取っても、時代の流れを痛感せずにはおれず、昭和を生きた者にとって、サイン帖は一つの青春の輝きであったと言えるかもしれない。私の書いたサイン帖、彼女たちは今も大切に持ってくれているのであろうか。何を書いたのかも大層気懸かりであるので、お持ちの方はぜひ、ご一報を願いたい。