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『虹のかなたに』

たぶんぼやきがほとんどですm(__)m

 今月末に、大阪港へ引っ越しをすることになった。子どものいない夫婦二人暮らしに2LDKのマンションは些か持て余し気味であり、1部屋は実質的に物置のようになっているから、それなら部屋を1つ減らし、物も減らして、身の丈に合った住まいにしようではないかと考えての決定である。共働きで休みも限られているから、準備はなかなかに大変であるが、とりあえず、私にとっては最も苦手な「断捨離」の実行中で、「1年以上見ていないものは処分」というルールを決め、休みの日ごとにゴミ袋10袋ほどずつ捨てている。
 
 ところで、方々から「どこに引っ越すん?」と当然訊かれるのであるが、「大阪港」と答えると、10人中9人に「?」という顔をされるのに少々困っている。格好良く「港区」と言おうかとも思うが、東京のそれ、すなわち赤坂だの六本木だのをイメージされても何だか嫌である。そこで、「天保山」と言い換えると、「ああ、海遊館のとこやね。毎日行けていいやん!」と納得されるのであるが、大阪港というのは地下鉄の駅名、しかもかつては終点でもあったというのに、そこまでマイナーな地名なのだろうかと合点がゆかない。それに大体、如何に至近とは言え、毎日海遊館に行ってどうするというのだ。あくせく働かねば家賃も払えぬわ。
 
 この20年くらいで一躍メジャー化した大阪の地名の代表格は、この「天保山」と、梅田の「茶屋町」であろう。いずれも駅名など人口に膾炙したものではなく、地元民でないとわからないような地名であったはずだが、前者はウォーターフロントの発展、後者は毎日放送の移転やロフトのオープンに始まる再開発で、一気に集客力が高まった。さすれば名前も売れるのだと、ただただ得心するばかりである。それを受けてか、地下鉄中央線の大阪港には「天保山」という副称がいつの間にか与えられ、車内放送でも「次は、大阪港、大阪港、天保山」と案内されている。因みに、近くを走る阪神高速湾岸線も、当初は「大阪港出入口」という名称だったが、後に「天保山出入口」に変更されている。「天保山」はすっかりブランドとなった。
 
 それにしても、正式名称が副称に負けてしまうというのは何だか物悲しいものがある。大阪市営地下鉄にはこの他にも、恵美須町には「日本橋筋」、動物園前には「新世界」、本町には「船場西」、堺筋本町には「船場東」の副称があり、いずれも駅名標に併記されているが、これって、どれくらいの効果があるのだろう。本町や堺筋本町の「船場西」「船場東」は、船場ブランド復活を願う市民の声を受けたものということだが、一般の人には、「船場」といえば「吉兆」が想起されて逆にマイナスではないかと余計な心配が浮かぶ。土曜日、学校から帰ってきたらまずは吉本新喜劇、という我々の世代には「太郎」なのだが、これは古いか。
 
 副称を巡る悶着として知られるのは、谷町線の「四天王寺前夕陽ヶ丘」である。もともと「夕陽ヶ丘」の駅名に決する予定だったのが、四天王寺の圧力で開業直前に「四天王寺前」に変更になった。しかし、これに納得のゆかない住民の声に推されて、(夕陽ヶ丘)と括弧つきの副称として表示され、最終的には括弧が外れてこういうとんでもない長い名前になった。かつて、ABCの『おはよう朝日です』に、「田中早苗の知れば知るほど地名図鑑」という名コーナーがあって、この夕陽丘が取り上げられたことがある。それによると、『新古今和歌集』の撰者としても知られる鎌倉時代初期の公卿、藤原家隆が、79歳の時に出家してこの地に庵をつくって隠棲し、翌年80才の春の彼岸に、上町台地の上にあるこの地から西に臨む「ちぬの海(今の大阪湾)」へ沈む夕陽を見て、「契りあればなにはの里に宿りきて波の入日を拝みつるかな」と謳ったのに因む地名だという。現代にあっては都心の高層建築物に遮られて叶わぬ眺望であるが、夕陽丘の地には今でも「家隆塚」があって、そんな由来に思いを馳せながら、ここから西の方を眺めれば、沈む入日の向こうの極楽浄土へ行かんと願った家隆の晩年が偲ばれるのだ。そんな美しい地名が、寺の真ん前でもないのに「四天王寺前」を強引に名乗らされるとは哀れと言う外ない。
 
 しかるに、昨今では駅名にまでネーミングライツが導入され、由緒正しき地名を貶めるような副称がそこかしこで跋扈している。「○○株式会社前」とか「□□高等学校前」とか「△△産婦人科前」など、バスの車内放送ではあるまいし、電車に乗る度に溜め息が漏らさずにはおれない。神戸市営地下鉄新長田駅の「鉄人28号前」に至っては、狂気の沙汰としか思えぬのは私だけであろうか。
 
 話は戻って、大阪港への転居はいよいよ10日後に迫ってきた。こんな駄文を書き散らしている暇があれば、とっとと荷造りに励めという家人からの叱責の声が聞こえてきそうであるが、会う人々から「?」と思われようと、「私の新しい住まいは、大阪港です」で通してやるという決意を胸に秘め、これから段ボールの組み立てを始めようと思う。
 
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 勤務先は商都大阪のど真ん中、本町の御堂筋沿いにある。Wikipediaを見ていると、「『淀屋橋-本町の会社に就職すること』がステータス・シンボルと言われる傾向がある(東京人の「丸の内」に匹敵するブランド・イメージ)」といった記述がある。「どこで働いてんの?」と訊かれて、放出だの千林だの花園町だの駒川中野だのと答えるよりは、「本町です」と言った方が聞こえがよいということなのだろうが、現業時代に下町の店舗を経験してきた私にすれば、スーツ姿の人たちが、言葉も交わさず足早に歩き去ってゆくようなところよりは、ヒョウ柄の衣裳をお召しになったおばちゃんがずけずけと寄ってきてあめちゃんをくれるような、ど厚かましさに溢れる街の方が、人間味があって好きである。
 
 とは言うものの、殺伐としたビジネス街たる本町にいても、見知らぬ人から声を掛けられることはしばしばある。昼食を買いに外へ出て、ぼけーっと歩いていると、訊きやすい雰囲気を醸し出しているのか、しょっちゅう道を尋ねられるのだ。会社をクビになるようなことがあればタクシーの運転手をやろうかと思っているくらい地理だけには明るく、大概の場所は答えられるので、曲がり角まで行って指を差して案内したり、時には目的地までお連れしたりして、それで昼休みの時間を費やしてしまうこともある。「袖触れ合うも多生の縁」と思って懇切丁寧に説明するよう努めているが、それでも辟易するのは、弊社への来客からの「場所がわからない」という電話が後を絶たないことだ。
 
 地下鉄本町駅の1号出口から徒歩1分、御堂筋という大通り沿い、信号のある交差点の角、ビルの1階には目立つ店舗の看板と、これだけわかりやすい情報が揃っているにも関わらず、どうして迷うのだろうかと、毎度首を傾げてしまう。愛媛県から来られた方が、地下鉄の出口までは正しく辿り着けているのに、そこから僅か50mの移動がどうしてもできず、約1時間の格闘の末、結局、この50mをわざわざタクシーに乗ってこられたのが最も酷い例だが、どこで彷徨っているのかを確認すると、大体以下の3つに分類できる。
 
 まず、降りる駅からして間違っている人。迷える来客に、「周囲に何が見えますか」と尋ねると、「りそな銀行の大きな建物」と言うので、本町にりそな銀行なんかあったかいな、と思って地図を開いてみると、どうやら「堺筋本町駅」で降りているらしいのである。堺筋から御堂筋へは西へ約500mであるが、道順説明において、距離を数字で言うことと、東西南北で説明することは禁則であるから、電話越しに実況中継してもらいながら導くことになる。それにしても、駅名というのは他と峻別するための固有名詞なのに、毎日利用している者にはそれが当然でも、慣れぬ人にはそうもゆかないのだと実感させられる。造幣局の桜の通り抜けの最寄り駅は「天満橋駅」だが、JRの「天満」や「大阪天満宮」で降りてしまう人が多いのも同じ理由であろう。それで言えば、地下鉄の「あびこ」、JR阪和線の「我孫子町」、南海高野線の「我孫子前」、阪堺電車の「我孫子道」は全部違う位置にあるし、JRと阪神の「野田」や、JRと地下鉄の「平野」、JRと阪急の「吹田」などは全く別の駅だが駅名は同じだからもっと紛らわしい。
 
 次に、「御堂筋線の1号出口」がわからない人。確かに、本町駅には出口が28箇所もある。ただ、これは3路線が集結する駅であるからこれだけの数になるのであって、御堂筋線の改札に直結するのはそのうち10箇所のみである。しかも、「なかもず方面の電車に乗って、一番後ろの階段(南から来る人には『千里中央方面の電車を降りて一番前の階段』と言い換えるくらいのことは当然やる)を上がり、そこの改札を出て右が1号出口」と言えば迷う余地はなさそうなものであるが、間違える人は大概、中央線や四つ橋線に乗ってくるものだから、そもそもこの説明が無効である。中央線や四つ橋線のホームの出口案内には、1号出口を表す「↑出口①」の表示がないのでパニックに陥り、とりあえず地上に出れば何とかなると考える。ところが、四つ橋線の本町駅はもともと「信濃橋」という別の駅だったくらいで、御堂筋線のホームから300mも離れている。弱者にとって、地下は難攻不落のダンジョンであろうが、地上に出たところでそこも別世界。畢竟、中央大通や四つ橋筋から半泣きで電話してくるのがオチである。
 
 そして、前述したように、「1号出口」を正しく出たにも関わらず迷う人。その原因は、「なかもず方面の電車に乗って、一番後ろ」は方角で言えば北なのに、出口を出たときには南を向いていることにあるのではと思うのだ。改札を出てから地上に出るまでのルートは、直角の方向転換が8箇所にも及ぶつづら折で、最後には向きが逆転してしまっている。これでは人間の方向感覚を狂わせるのも当然である。御堂筋は南行きの一方通行であるから、北上させるのに「車の流れと反対方向に歩いてください」とか、「出口を右に曲がって、すぐに大きな通りがあるのでそれをまた右に折れ、後はまっすぐ歩いてください」などと説明するのであるが、方向音痴の人は、上下左右を2回以上言われるともう駄目なようである。結局、「そこを動かないでください」と言って、お迎えに上がることも少なくない。
 
 都会の迷宮は、こうして来訪者たちを苦しめるのであるが、そこから救い出す者の道案内の手腕も問われるところである。過剰に言葉を尽くさず、わかりやすい説明を心掛けるべきなのは言うまでもないが、もう一つ大切なのは、「わかりやすい説明」のために、普段は気にも留めずに過ぎ去ってしまう風景を、迷える人たちの視点で見つめ直すことだろうと思う。人に対する優しさって、実はそういう感受性から滲み出るものなのだと信じたい。
 
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 4月も半ばを過ぎた。新入社員たちの前に、間もなく立ちはだかる壁は「五月病」だと思っていたら、それを待たずして、僅か1週間で「会社に来なくなる」事例があちこちで起きているという。これが話題になった端緒は、ある参議院議員が自身のブログで明かした、「新人秘書が2日目に腹痛で休み、3日目に電車遅延で遅刻、4日目は朝9時にトイレに立ち、そのまま戻ってこなかった」という話であろう。辞めたければきちんと手順を踏めばよいのに、どうしてこういう夜逃げ(朝逃げ?)のようなフェードアウトの仕方をするのだろうか。どんな理由があったにせよ、トイレに行ってそのまま帰ってこないなんて、凄いことを考えるものである。
 
 世のすべての若者がそうだとは思わないし、ナンセンスな一般化をすべきでないとも思うが、会社で何か辛いことや嫌なことを一度でも経験すれば、それだけで企業は彼らから「ブラック企業」と謗られる。面と向かって啖呵は切れないくせに、SNSでは悪口雑言の限りを尽くして自らの憤懣の爆発を全世界に発信する者も少なからずいるという。誰かが「モンスターペアレントの子はモンスター」と言ったのだが、そのうち「モンスターチルドレン」、略して「モンチ」なんてことばが跋扈するかもしれない。おちおち部下の指導や育成などやっていられない世の中である。
 
 そして、世のおっさんおばはんたちは、「今日日の若い者は」とぼやくのである。ただ、ぼやく者たちだって、かつては同じように「今日日の若い者」と謗りを受けたのだから、歴史は廻るとはよく言ったものだし、人はそうして成長していくのだろう。未熟者が根性を欠いているというのは事実なのだろうが、自分の意志で入社を決めた会社を数日で辞めてしまう者たちの心理には、入社その日から目隠しをされて、先が見えない、どうしてよいのか分からないという不安だって、多分にあったに違いないのだ。かつて、日本の高度経済成長を支えてきた人たちは、明るい未来を夢見ながら我武者羅に働いてきた。時代が時代なれば、自ら未来に光を見出すこともできただろう。しかし、この時世ともなれば、必ずしもそうはいくまい。だから我々は、「今日日の若い者は辛抱が足らん」なんていきり立たないで、もっと将来というものをしっかり語ってやれよと思うのである。それが人材育成の要諦というものだろう。
 
 しかし、そんな私でも、「今日日の若い者は」と嘆かずにおれないことがあった。つい先日、懇意にしているコンサル会社のマネージャーの方から聞いた、ある会社から請け負った新卒入社の新入社員研修での話である。
 
 まず、「挨拶語」を思い付くだけ挙げてみよ、という課題を提示した。起床してから家を出るまでの間を思い起こすだけでも、「おはよう」「いただきます」「ごちそうさま」「行ってきます」「行ってらっしゃい」と、これくらいはすぐに思い浮かぶと思うのだが、多くの子たちは、3つ挙げたところで頭を抱えたのだという。マネージャー曰く、「頭を抱えたいのはこっちですわ」。
 
 しかし、それ以上に吃驚したのは次の話である。「ポジティブ語」を、これもできるだけ多く挙げてみよ、と指示した。「明るい」「楽しい」「面白い」「朗らか」「好き」「わくわく」「最高」「期待」「希望」「夢」「愛」等々、これならいくつでも思い付くことだろう。ところが、なのである。確かに数は挙がるのだが、3割くらいの子たちが申し合わせたかのように同じ単語を挙げた。それは何かというと……。
 
 「ヤバい」。
 
 「ヤバい」はいつからポジティブ語になったのかと、そのマネージャーの方は一瞬天を仰いだという。聞いた私も絶句しつつ、そう言えば以前、社員旅行に行ったとき、新卒の女子、しかも難関の国立大を出た子が、土産物屋の通りを2m進むごとに「ヤバーい!」と絶叫していたのを思い出した。美味そうなものを見ても、可愛いゆるキャラを見ても、全部「ヤバーい!」なのである。
 
 若者言葉の変容は、最早その語のニュアンスや価値判断を逆転させるまでに極まったのかと茫然としたが、日本語の歴史を紐解けば今に始まった話でもなく、例えば冒頭でも用いた「凄い」が当てはまる。本来は、寒く冷たく骨身にしみる感じを表すのが原義で、それが転じて、ぞっとするほど恐ろしいという意味で用いられるようになった。それが今では「すごくおいしい」「すごいかわいい」などと使うから(形容詞の前に「すごい」と連体形を用いるのは文法的にも正しくないのだが)、ポジティブな「ヤバい」も、そのうち市民権を得ることになるのだろう。
 
 それよりも何よりも、会社の然るべき研修で、ポジティブだろうがネガティブだろうが、「ヤバい」という言葉を平気で使えることの方が余程問題だと思うのである。よもや、分かった上で故意に使っている訳ではあるまい。上司に「マジっすか?」「了解です!」などと口にするのも同じだが、常識云々の問題でもあるだろうし、それを聞いて相手がどう感じるかという想像力の欠損であるとも言えるだろう。ただ、そのことで相手を怒らせたとか、誰かからそれを注意されたとかの経験がなければ、常識的判断も想像力も働かせようがないのだ。
 
 ゆとり教育は、管理教育や詰め込み教育へのアンチテーゼであったはずだが、知らないことが多くて、結局は社会に出てからあれこれと詰め込まれる他はないというのは、大いなる矛盾であり皮肉であろう。そして、社会に出た若者たちも、詰め込まれることを望んでいる。「少しは自分で考えたらどうだ」と言っても、思考を組み立てるための知識がないのだからどうしようもない。だから、上げ膳据え膳で教えてやる。こうして、マニュアルや台本がなければ立ちゆかぬ社会人が増えてゆく。今春迎えたある新入社員のデスクには、そうして書き留めた、「名指し人が不在なら折り返す旨を伝える」「電話番号は復唱して確認する」といったレベルのポストイットがそこら中に貼り付けられていて、それを見るに付け、私は暗澹たる気持ちに駆られるのである。この子が怠惰で無能という訳では決してない。明朗快活にして、指導したことは実直に取り組んでくれる。知らないことが多いのは、必ずしもこの子の落ち度ではないように思うのだ。すべてを教育のせいにするのは正しくないのだろうが、しかし敢えて言わせてもらおう。ゆとり教育の犯した罪は、事ほど左様に根深いものなのである。
 
 “知識の目隠し”をされた若者たちだって不安だろうが、そんな現実を目の当たりにする我々おっさんたちだって大いに不安なのだ。20年経ったとき、この世代が日本の経済を支える中枢にいる。どこかの会社で課長が「今日、新規契約が一本取れたよ。ヤバーい!」などと言っているかもしれない。大丈夫だろうか。どうする日本、どうなる日本。
 
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 いきなり下の話をして誠に恐縮であるが、今日、外回りから戻る途中に腹痛を催し、命からがら会社まで戻ってトイレに駆け込んだ。ところが、事無きを得て安堵したのも束の間、さてと思ったときに、我が身に降りかかった悲劇に気付いたのである。トイレットペーパーがストックを含めて皆無なのだ。こんなときに限って、ポケットティッシュの持ち合わせがない。トイレ内に誰もいないのを入念に確認した上で、隣の個室に瞬間移動を図って何とかなったのであるが、前屈みでいそいそと移動する様は、大の大人の姿として、あまりに情けなかった。
 
 勤務先が入居するビルというのは実に清掃がよく行き届いたところで、テナント入居の社員どもが狼藉の数々を働くにも関わらず、清掃スタッフのおばちゃん(沖縄出身)は、「なんくるないさー」とばかりに文句の一つも言わず……いや、「なんくるあるさー」(?)とばかりによく嘆いておられるのではあるが、それでも毎日ビル内を隈なく綺麗にしてくれるのである。だから、トイレットペーパーが切れてしまうなんてことは断じてあり得ないのだ。これは、何者かが故意に持ち出したに違いない。かかる兇徒をビル館内に易々と立ち入らせてよいものか。明日にでも守衛室に赴いて、館内の警備を厳重に行うように申し入れる所存である。
 
 そんな訳で、トイレに関してとんだ目に遭ったのであったが、日頃から、トイレの使われ方には思うところが多々ある。そもそもの話として、家庭、あるいは会社や店舗がちゃんとしているかの一つの指標に「トイレが申し分なく清潔であるか」があると思う。トイレというのは人間が最も無防備になる場であるがゆえに、素の姿が最も曝け出され、従って、そこを使う人たちの程度が最も知れると考えるからである。
 
 忘れもしないのが小学校のとき、広島県の尾道バイパス(自動車専用道路)にあるパーキングエリアのトイレで見た、凄過ぎる絵図である。汲み取り式の和式トイレだったのだが、全然汲み取っていなくて、排泄物が山の如くに高く聳えていたのだ。何せ、用を足そうにも、普通にやっていたら臀部に山の頂が付着してしまうので、相当特殊な姿勢を強いられるのである。今はどうなっているのか知らないが、40年余を生きてきて、あれを上回る衝撃を受けた覚えがない。
 
 この例は管理者の怠慢による放置ゆえの振り切った惨禍と言えようが、一般的には、トイレが汚いのは、清掃状況もさることながら、利用者にこそ原因があると思うのである。使えば汚れていくのは不可避ではあるけれども、それにも限度があるだろうし、一人ひとりのちょっとした注意で、一定程度の清潔さは保てるはずだ。
 
 例えば、学校のトイレが清潔で無臭であるという例をあまり知らない。児童や生徒がいい加減な掃除しかしないこと、街中の施設と違って1日1回しか掃除をしないこともそれぞれ一因であろうとは思うけれども、それ以上に、そこを使っている子どもたちの汚し方が酷いに相違ないのである。特に小学校低学年のそれには凄まじいものがあって、「ぞうさんおおあばれー」などと叫びながら、ぞうさんどころか犬の鼻にも満たぬ未成熟な一物を振り回すとか、「めいちゅうさせるぞー」と言いつつ、遠くから便器に向けて射撃を試みるも、必ず外してしまうとか。子どもたちの無軌道ぶりはここにこそ極まると言えよう。
 
 さらに、男子にとって個室を利用するという行為は、どういう訳かそれだけでいじめの対象になってしまう。裏を返せば、ここに立ち入るときというのは、外分を問うていられない、相当に切迫した局面のはずだから、間に合わなくて所定のゾーンへ出し損ねるという悲劇に見舞われることもあるかもしれない。また、「個室を用いることが恥ずかしい」からと言って、小用の便器に大便を排泄した猛者を見たこともあるが、ここまでくると、本末転倒と言うか、理屈がもう無茶苦茶である。
 
 では、大人ならしっかりしているかと言えばさにあらず、大人がちゃんとしないから子どもだってちゃんとしないのだ。
 
 トイレでよく見かける張り紙に「一歩前進」というのがある。女子トイレに立ち入ったことがないから知らないが、恐らく専ら男子トイレでしか見ないものであろう。しかし、多くの人たちはそんな表示など我関せず、むしろ「一歩後退」して射撃に及ぶものだから、床には零してしまった跡がよく残っている。自身が潔癖症という訳ではないが、それでもそんなところに立って用を足したいとは思わない。
 
 個室の便座もよく汚れている。排泄物の残滓のようなものが付着しているのを見たことがあって、これには思わず阿鼻叫喚の声を上げてしまったが、非常によく見かけるのは、温水洗浄を用いた跡と思われる、水滴の付着である。温水洗浄というのは言うまでもなく、局部をダイレクトに洗浄するものであって、臀部を便座から浮かせるという曲芸のようなことをやらない限り、便座が濡れるなんてことはあり得ないのであって、全くもって不可思議なことである。都度、清掃活動を行っている人間がいることに思いを馳せられないものだろうか。
 
 昨日は、会社のトイレの洗面台の横に、爪楊枝が放置されていた。15cm先、僅か半歩歩けばゴミ箱があるのに、自らの口腔内をシーハーやった汚い楊枝を、何故にわざわざここに捨てるのであろうか。トイレの話ではないが、ゴミの分別もしなければ、あまつさえ、中身の残った缶飲料をそのままゴミ箱に捨てる非道の者もいるらしく、ここまで来るとほとんど“社内テロリスト”の様相である。
 
 冒頭に記した惨劇も含め、会社の中に子どもが立ち入るはずもなく、これらの狼藉の下手人は須らく大人なのである。トイレは“素の自分”が最もよく表出する場であるからこそ、その表出した自分を、洗面台の鏡の前に立って見つめてみなければなるまい。そして、その自分の姿は、きっと子どもたちにだって映っているのである。ドロシー・L・ノルテの『子どもは大人の鏡』には、最後に「あなたの子どもはどんな環境で育っていますか?」という投げかけがある。学校で「ぞうさんおおあばれー」などとやっている子どもの親は、もしかしたら家で同じことをやって見せているのかもしれない。大人たるもの、トイレの神様から罰を与えられぬうちに、自らをしっかりと戒めたいものである。
 
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 3月も下旬となって、新年度の準備に慌ただしい人も多いだろう。この春から、進学や就職で新生活のスタートを切る人にとって、住まいをどこに構えるかというのは、ちょっとした問題ではないかと思う。
 
 私が通ったのは、千里の丘に聳える某マンモス私大であったが、大学近傍には「学生街」が形成されていて、スーパー・コンビニから飲食店やビデオレンタル店、果ては雀荘に至るまで、一通りのものは揃っている。日常生活を営むのには全く事欠くことはなく、親元を離れた生活を営む人で、卒業して就職した後もそこに住み続けるケースは少なくない。ただ、最大のネックは、ご学友の方々に屯(たむろ)されることである。私は決して人付き合いが苦手な人間ではないのだが、一方で、家の中での「自分の時間」を大切にしたいとも考えるので、あまり人を自宅に呼びたいとは考えないのであり、これは今でも同様である。
 
 そう言えば、社会人になって暫く経ったとき、バイト君の一人から電話が掛かってきて、「今、ご自宅の前にいます。鍋の用意を一式持ってきていますので、伺ってもよろしいですか?」と言ってきたことがあった。ベランダから覗くと、野郎どもが8名、車2台を連ねて押しかけてきているではないか。「アホかボケ!」と追い返したのであるが、聞けば、他のバイト仲間、しかも一人暮らしの女子のところにまず突撃するも、彼氏を招き入れて蜜なる時間をお過ごしたったようで、浮いた話の一つもない野郎8名はあえなく玉砕、仕方ないのでこちらに向かったのだという。尚更失礼な話である。
 
 話を元に戻すが、そういう訳で、学生時代の住まいは、大学まで電車で15分ほどの西中島南方を選んだ。阪急と地下鉄の2路線が利用でき、少し歩けばJR・新幹線も使えるから、交通に関してはこの上なく至便であるのだが、一点だけ辛かったのは、朝の電車の混雑が尋常でないことである。沿線には、我が母校の他にも大学・短大がいくつかあり、吹田市役所等への通勤客も重なって、淡路駅では積み残しがしばしば発生するほどであった。この辺のしんどさも、後にだんだん大学へ足が向かなくなる遠因ではあったかもしれない(と、怠惰な人間は何なりと理由をつけてサボるのである)。
 
 そんな次第で大学近くへの転居を検討する必要にも全く迫られず、以来21年、就職先が大阪都心だったこともあって、大阪市民を続けている。家賃の負担が重く圧し掛かってきても、住民税の高さに苦悶しても、大阪市内から離れられないのはひとえに、「高が通勤如きで朝っぱらから無駄なエネルギーを消費したくない」ことに尽きる。その後北区民を経て、今は再び淀川区に戻っているが、最大の魅力は、商都大阪の大動脈、地下鉄御堂筋線の始発電車に座って通勤できることである。朝のラッシュ時は2分間隔で電車が来るというのに、梅田駅では「もうこれ以上乗れないから次の電車を待て」と駅員に制止されるほどの混み方であるが、新大阪駅では4本に1本、当駅始発の電車があるのだ。本町まで、10分少々の時間ではあるが、着席して、睡眠の仕上げを図れる恩恵は計り知れない。
 
 というような話を首都圏の人にすると、「10分や20分くらい辛抱しろよ」と叱られる。まあ、それはそうだと思う。首都圏でも関西圏でも都心回帰傾向は加速していると言うが、それでも所得に見合いつつ、優れた住環境を求めるなら、やはり郊外を選ぶということになるだろう。郊外と言っても、都心から1時間の距離というのは、関西なら東は野洲、西は姫路、北は篠山口、南は和歌山辺りまでに及ぶ範囲であるが、首都圏ならこれがぐっと狭まる。朝のラッシュ時に亀の行進よろしくノロノロ運転を続ける満員電車に詰め込まれ、片道1時間だの2時間だのの通勤・通学時間を費やしている人からすれば、お叱りはご尤もであると思う。
 
 しかし、次のような言われ方をすると、「ちょっと待ったれよ」となるのである。曰く、「混雑混雑と大仰である。この程度の混み方では混雑とは言わない」と。試みに、国土交通省が発表している、鉄道における主要区間の混雑率の資料(平成23年度)を見てみると、全国で最も混み合っているのは、JR総武緩行線の錦糸町→両国で201%、次いでJR山手線の上野→御徒町が200%で、以下、50位くらいまでは殆ど首都圏が占めている。対する大阪の最混雑区間は、地下鉄御堂筋線の梅田→淀屋橋が145%、阪急神戸線の神崎川→十三と、近鉄奈良線の河内永和→布施がともに139%、阪急宝塚線の三国→十三が138%と続く。なるほど、東京と比べれば最混雑率どうしの比較でも4分の3以下、知れているのは知れているのである。されど、然らば即ちと聞いてみたいのは、「201%」の混雑率の電車に乗っている人たちは、「大阪より60%以上も上回っているボクたちってすごーい♡」と思って優越感に浸っているのだろうか。混雑率200%の電車なんて、私は考えるだけでも吐き気がするのである。一体何が悲しくて毎朝、圧死の恐怖や、鼻の捥(も)げるような体臭やら口臭やらやら化粧臭やらと闘わねばならないのだ。
 
 電車にしても道路にしても、空いているというのは大変結構なことで、羨望の眼差しこそ向けられ、毀誉褒貶されるような筋合いはどこにもあるまい。ラッシュ時に駅員が数人がかりで車内に乗客を押し込む大都会の様子こそ狂気の沙汰だと思うのだが、如何であろう。それに、地下鉄御堂筋線の梅田~淀屋橋間というのは、日本の地下鉄で最も利用者数が多く、かつては同様に200%を超える混雑率であったらしいから、これは並々ならぬ混雑緩和策が図られた結果なのであって、電車の混雑度で東高西低を云々されるのは心外の極みというものである。
 
 田舎育ちの私は、かつては確かに電車で通学・通勤することに憧れた。「ご学友に屯されたくない」というのも言ってみれば方便であって、わざわざ電車通学するために大学から離れた場所に住んだ一面があったことは認めたい。しかし、満員電車に押し合いへし合いされるうちに、そんな憧れは幻想に過ぎなかったと思い知らされるのである。これから新生活を始めようとする若者たち、特に故郷を離れて都会に出ようとする者たちは、車内に立ち込める人いきれに毎朝接していたら早晩ホームシックにかかるであろうから、住まいを選ぶにあたって、この点は篤と心得られたい。
 
 理想は、電車なんか乗らなくても、徒歩や自転車で通える職住近接であるが、都心のタワーマンションに自宅を構えられるような甲斐性なんて私にあるはずもないから、都会の人波に揉まれて疲れ果てた私は、せめて楽に、快適に通勤できる方法を見出したいと思うのである。
 
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