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永井里枝のBlog

歌を作って歌っています。

Fukuoka






ち  い  さ  い       こ  ろ       は













か  み  さ  ま       が       い  て













ふ  し  ぎ  に      ゆ  め       を













か  な  え  て     く  れ  た


























ち  い  さ  い     こ  ろ      は
























ち  い  さ  い     こ  ろ      は

















こういう


アメブロとか、Facebookとか

SNSでね、


「あー、私、生きてるんだ。」


って思うわけさ。



私が何か書いて

返事が来て、




しばらく経ってから読み返したりして。




あぁ、生きてる。


って。




今日も

今この瞬間も






同じように生きてるのに




生きてることを記録しないと、生きてる実感が無い。



ちがう



記録された物に触れることでしか、生きている実感が無い。




ちょうど私の成長と同じくらいに、インターネットとかそういうもの普及してきたから

自然とその流れにのっている感じで

なんの違和感もなく、こうして全世界に向けて恥を晒しているのだけど




たぶんそうじゃなかったら、

誰の目にも触れない日記をかいて燃やしたり、

燃やした灰をあつめて泣いたりしてたんだと思う。




この時代に生まれて良かったな。



生まれてきてよかったかどうかは

また別の問題だけど。





今日も




生きてた



  




夏だね。



窓を開けて寝てしまうんですが、蒸し暑い。

暑いのも寒いのも苦手です。


最近ね、1年前ってどんなだっただろう?

って思い返すんです。


頭がちょっとアレなんで、ぼんやりしてるんですが。


確か、今の弾き語りというスタイルで活動を始めたのが去年の9月。

それに合わせて、ホームページやTwitter、Facebook等をはじめました。


ブログは相変わらずマイペースですが...。


まぁ好き放題やっています。




それでね。

そういうところに何かを投稿するってことは、それだけ人に見られるってことで。

自分の中のいろいろを書くのが恥ずかしいな、と思ったり、

こんなこと書いたら嫌われるかな、と思ったり。


なかなか更新できなかったりさ。



でも、そんなこと、実際はどうでもいいんだよな、きっと。




記事にして恥じるようなことがあるのなら

生きてて自分に対して恥ずかしいってことだし、

書いて嫌われるようならば

きっとそういう縁なのかな、と。



解放することを恐れるよりも

解放して恥ずかしくない自分になる努力をした方が良いのかも。



それは身体的な要素も含んでいて、

最近ようやく、胸を張って歩けるような体になってきたと思います。



まだ、ポニョ的な要素が強いけどね。


ポニョ的な...



    



ずっとそれを見ているような

そんな感覚に陥っています。



私には私にとっての地球があって

あなたにはあなたにとっての地球があって


それは繋がっていることは確かなのに

見える景色は少しちがっているみたい。



そんなパラレルな世界を行き来しながら

なんとか体を繋ぎ止めて


生きてる。


今日も生きてる。



不思議。




僕がどこを旅しているのか

未だに全然わからない。


ただ体は今週宮崎に向かいます。


そして鹿児島にも。




現実つまり肉体から私が置いていかれるような感覚に

最近ちょっと慣れてしまった。



いや、ちがうな。




どこにもいない私を

体が探してさまよっている。



鏡を見たってなにもわからない。




プリズムを通して僕を見たら

パラレルな私が見えたりしないかな。


  


周りはものすごい勢いで走っていて


時間は全然待ってくれないし


プレッシャーの滝を浴びながら


納期に追われる。




そんな毎日です(イェィ




「寝てない」「忙しい」「難しい」


を言うのは簡単だけど、

その言葉が出そうになったら一度飲み込んで、

もうひと頑張りなのです。






よし!めっちゃテンション下がってきたぞ‼︎

(スイッチ切れた…





おやすみ


ぶーぶー ぶーぶー ぶーぶー