異国暮らしの日々。

異国暮らしの日々。

気づけば異国暮らしも●年。
山あり谷あり。
10歳近く年下の夫と結婚し、産んだ覚えのない息子を育成中です。

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は、我が家のトイレに貼っているスローガン?

 

夫にネガティヴなことを言ってしまい、彼のやる気を削がないために。。。

 

トイレに入る度思い出すよう今日貼りました。

 

帰宅後、

 

そんなスローガンを見た夫。

 

ホメるってなあに?どういう意味?

 

と聞いてきたので

 

なんとなく小っ恥ずかしかったので、内緒。と言うも

 

しつこいので教えると、

 

「あ、なんだ、トイレのフタを閉めてって意味かと思った!ほめて、と、しめて、似てるから」と。

 

 

カタカナとひらがな、多少の漢字は読めるけど、日常で頻繁に使わないボギャブラリーは知らなかった夫。

 

 

笑わせてくれてありがとう。

 

 

 

 

 

夫には、従妹が3人います。すべて同じ家庭で3姉妹です。

 

●1号

20代後半

小学生中学年の頃に両親の自損事故により、知的障害をおう

 

●2号

20代中半

アート系大学の学生

 

●3号

美術系専門学校の学生

とある国からの養子。血縁関係なし

 

 

この3号ちゃん。ちょっと離れた国の出身で

 

オバ家に一緒に養子になった実兄がいた。

 

5年前まで。それがタイトルの「従弟」

 

要するに、3姉妹 + 息子 の4人姉弟で構成されていた。

 

 

 

彼は養子にされたことを苦に、自ら命をたってしまっている。

 

 

 

 

オバの職業柄、先進国から見ると、「発展していない貧しい国」

 

へ仕事で行く機会が多く、ストリートチルドレンを目の当たりにし

 

養子をとることに決めた。

 

オバからしたらストリートチルドレンとして生きていた、3号兄当時3歳を

 

3号当時1歳と一緒に自国へ引き取ることは、人助けだと信じて疑わなかった。

 

(女の子は年頃になると売春して稼がされ親にお金詐取され、男の子は年頃になると犯罪して稼がされ同じく詐取されるのが

普通な国だそう)

 

すでに3歳でストリートチルドレンとして生計をたて、暮らしていた3号兄。

 

言葉も文化も食べ物も人種も何もかも違う国へ連れてこられ、

 

教育される。

 

例えば道で寝ていたのに、ベッドで寝ることを強要されたのが苦痛だったそう。

 

それで、10代になり、3号兄は妹である3号を恨むようになった。

 

妹がいたから自分はこんな所に連れて来られたんだ!と。

 

ストリートチルドレンとして何も不満なく暮らしていたのに、強要されてばかりに!と。

 

そして妹に暴力を、養母にも暴言を・・・

 

男の子なため、手に負えなくなったオバ夫婦は施設に入れた。

 

 

 

妹へは接近禁止命令が裁判所からおりた。

 

 

 

養父母である両親とは連絡を絶った。

 

 

 

同じように引き取られてきた同じ国の女の子と交際するようになり、娘が2人生まれた。

 

 

 

その後すぐ、命を絶った。

 

 

 

別に否定も何もしないけど、この行為以外にも夫オバを見ていると自己満足の偽善でしかない、と

 

私の目には映ることが多い。

 

そして引き取ったからにはちゃんと教育・しつけをしてもらいたい。

 

実子ともに。

 

従弟も従妹の好きでない夫。

 

その理由である事情は、また別記事で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お金お金お金、で卑しいですが、

 

夫にも愚痴れないし、実親にも愚痴れないし、こっちの国で出来た同じ日本人妻友人たちにも愚痴れないので・・・

 

 

家を買うことにした。

 

夫は以前から両親から、家を買う際には頭金の援助がある!と豪語していた。

 

そっか。と思っていた。

 

気に入った家が見つかったので、私親にも言ってみた。

 

頭金援助額が

 

夫両親からの3倍だった。

 

3分の1だとしても援助があるのはありがたいよ。

 

だって夫、なんせ、、、お金ないからね。

 

 

だから誰にも愚痴れない。

 

 

3分の1の金額で、すっごい誇らしげ。

 

わかるよ。わかる。誇らしいよね!

 

共働きで、田舎で子ども3人生活に困らないよう育てられて、、、持ち家で、、、

 

それでも援助できるお金があるんだもん!

 

 

私自身に専業主婦であるコンプレックスがあるのかな?どこかに?

 

なんか、感じる夫親からの「うちの息子にたかりやがって感」

 

ここでも書いたように夫の服は私のポケットマネーから

 

ここでも書いたように私親から夫親や夫へ結構な投資

 

なのに、なんとなーく感じる、夫父からのあの空気感

 

 

夫母の「私ってそこそこのレベル」感。

 

 

 

私親からの援助額を夫親の前でぶちまけたくて仕方なかった。

 

でも面目つぶしていいことなんて何一つない。

 

援助してくれるだけありがたい。

 

これからも付き合っていかなきゃいけない義両親。

 

これまでは愚痴る相手も発散する場所も方法も知らなくて

 

(今はこうやって記事に書いて発散!こんなに書くことで、外に出すことで発散されるとは!

これまで分散させて忙しい幼馴染に愚痴を聞いてもらってたけど、ブログに書くのっていい!)

 

専業である私は負担のない住宅ローン。それを毎月支払っていく夫に対して

 

夫親の言動への不満を言ってしまうことがあり、

 

かなり夫もストレスだったろうし、夫に言ってしまいものすごく後悔と反省をしてる。

 

でも、

 

本当に言いたかった。

 

 

うるさい!わたしは夫の3倍頭金出すんだよ!

 

結婚式費用、普通なら半分半分の所、私親が全額出してんだよ!

 

(まぁこれも私親が、娘がやっと結婚するってんで、何も言わずに負担してくれたので夫親は何も悪くないのですが。)

 

 

 

 

 

 

 

 

国際結婚に関わらず、夫婦互いの親の経済レベルの差があるケースが少なくないのかな。

 

うちは、

 

夫側は先進国の国の田舎、一戸建て持ち家、共働き、私立校育ち

 

で、夫両親の家はこの地方だと土地の高い地区。

 

このサイズの一戸建て持ち家な時点でちょっと余裕のある家庭、と思われる生活レベルの価値観な田舎。

 

夫と知り合い、結婚を前提に(私だけ)付き合おうと、夫の育った家庭環境をさりげなく聞いていて

 

まぁまぁなレベルのお家なんだろうと判断。

 

まぁそうなんだろう。夫もそう思い込んでいるし(彼の幼少時の友人たちのお家の話を聞いているとそうでしょうね、と思える

→この件もまた別記事で)、

 

夫の母親もそう思って疑わず、誇りなようなだし。

 

と、それが夫の地元に引っ越して来て、いかに井の中の蛙なのかって。

 

夫親が日本に来た時に、私親へ渡した土産は

 

父へはPILOTのおしゃれボールペン。

 

母へはスカーフ。

 

家族みんなへはスーパーで売ってるクッキー缶(500円相当)。

(でもこれ地元の企業で作ってる)

 

そもそも日本人への土産にPILOTを選ぶところにビックリもしたけど。

 

まずどこの国のメーカーかお店の人に聞いたり、ネット時代の今、ネットで調べない?

 

ネットが苦手なら子どもに聞いたり、頼んで調べてもらったり?

 

スカーフは私も一緒にいる時に買ったで金額の買った店の異論はなし。

 

私親からは、滞在中の全泊ホテルスイートルーム。とデパート菓子や和小物。

 

 

 

私親がこっちの国に来た時は

 

 

私親から夫親へは各自にデパートで購入した飾る和食器(1枚最低5000円くらいはしそう)

 

夫親から私親へは各自にスーパーで売ってるまた別のメーカーのクッキー(6-700円相当)

 

と、チョコレート詰め合わせ(800円相当) と 文具

 

だった。

 

(宿泊費はもちろん提案もされてないし、負担もしてもらうつもりもない私親もちだよ)

 

金額を気にして卑しいけれど、

 

こっちはデパートで買ってるのに、スーパーで揃えるって、、、おい・・・

 

と思ってしまった。

 

まぁ上記で書いたように田舎なのでデパートなんてないし、私母のように専業ではない

 

夫母はまだ現役で働いているので買いに行く時間もないだろうけど…

 

少し車走らせて…って気持ちもないのかな?

 

とつい義実家へはネガティブ感情になってしまう。

 

 

夫両親はすごく優しい。

 

でも別途記事にするけれど、田舎者のくせにって鼻についてしまう。

 

結構世間知らずのくせに、なんでも知ってるかのように話すのが鬱陶しい。

 

この地方だとそこそこのレベルだと思い込んでるフシが癇に障る。

 

私親の財産は私の物ではないし、私の努力で築き上げたものでもないから、私がこんなこと思うのも

 

筋違いなのだけど

 

私親と夫親の経済格差はけっこうある。

 

スイートルーム全泊、1週間だったけど払ってもらったことについて考えてる風もない夫親。

 

ネットでそのホテルの金額見たりしない?

 

こっちの国の人は宿泊場所にお金をかけないのは知ってるけど・・・

 

ホテル代負担するって言った時はもちろん断って来たし、こっちが

 

大事な娘の婿の親のためだし、日本ではこれが普通なのでって押し通したんだけど・・・

 

あなたの息子の嫁の育った生活レベル、見えませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな生活レベルがいつまで続くのか。

 

 

事務所を構え、一応会社経営者である夫は社長だ。

 

冬でもポロシャツにデニムで出社していたので、それはちょっと…と

 

専業主婦になってから、毎朝夫の洋服を準備するようにした。

 

(こっちではスーツ姿はほとんどいないのでワイシャツとVセーターメイン)

 

準備していく中で、夫の洋服のコンディションが悪いのが目につくようになった。

 

(10年前くらいに買ったものばかり。結構お値段の張るブランドやバー●リーやCKもあったけど、色はくすんでるわ穴あいてるわ…)

 

高額ブランドのくすんだモノや穴あきを着ているより、多少安くても新しいモノで清潔感があるほうがいいと私は思い

 

ユニクロではあるが、セーターを何枚か買った。(この国ではユニクロは日本ブランドでなかなかの高価扱い)

 

ワイシャツも買った。

 

その購入資金は私のポケットマネーから。

 

だって夫の月給って家賃払って光熱費(保険等込み)払って、生活必需品代払って、食費払って

 

それで尽きちゃうから。

 

一度に何着も買うわけでなく少しずつ。

 

たまには日本のユニクロサイトでも購入し、実家に保管してもらったりしながら。 (一時帰国で回収)

 

会社着用を新調したら普段着のコンディションの悪さも目についた。

 

(セーターは袖口がのびのびばっかり)

 

普段着もユニクロメインながら新調した。

 

その購入資金ももちろん私ポケットマネーから。

 

 

 

自己満足なのかもしれないけど、夫がちゃんとした格好をしているのは気持ちが良かった。

 

 

でも、それっていつまで続くの?

 

専業主婦の私のポケットマネーを使わないといけないのって、いつまで続くの?

 

せいぜい一年くらいだと思ってた。

 

共同経営者が学ぶ期間も、12時間労働も週6-7労働も、それだけ働いてるのに月に20万円以下の給料で

 

夫婦2人で生活していくのも。

 

夫からは気にせずに生活費を使って~!好きなものを買って~!友だちとランチしたり、習い事して~!

 

と言われていたけれど、

 

上記の必要出費し食費を入れない残りって3-4万円くらいだった。

 

その残りを

 

夫婦2人の食費にしてて、うちは週だいたい5-7千円くらいだった。

 

そんなに節約節約!節制節制ではなかったけれど、それなりに私は買い物の際に金額を意識して

 

贅沢はなるべく避け、目玉商品などを駆使して食費を使ってた。

 

習い事?友だちとランチ?好きなもの?

 

全部がまんしてた。

 

夫には興味ない、と言いながら。

 

そんだけ働いてどんだけ安月給なんだよ!と言いたかった。

 

毎日一生懸命働いてる夫に感謝もあった。

 

だから家事もがんばった。

 

でも主婦って休みない。

 

金額気にしながらの食品の買い出し、ストレスがたまっていた。

 

夫は金額なんて気にしないで買って~!と言ってくる。

 

現実知ってる?ねぇねぇ?頭大丈夫?って言いたかった。

 

いつになったら金額気にしないで買えるようになるの?って言いたかった。

 

共同経営者の友人はそりゃ共働きだ、そりゃうちより金額気にしないでお買い物できるでしょう。

 

Bio、Bioってこだわった食材買って。

 

むかついた。うらやましかった。

 

 

1年経ったけどまだこれなの?!って吐きそうだった。

 

この国の法定最低月収額の月収で、贅沢しないよう意識して買い物いしてる私に

 

この月収充分じゃん。余裕あって毎月余るくらいだよって言ってくる夫の頭が本当におかしいんじゃないか、と

 

憎かった。

 

 

 

続きます。。。。

 

 

 

 

夫は自営業というか、フリーランスから起業ののち、その会社を大きくしようと友人と会社を共同経営に。

 

(起業家というと聞こえはいいけど実情はそんないいものでもなく、この国では共同経営での自営業の割合は多い)

 

もともとは夫のフリーランスからがスタート。

 

クライアントは夫がひとりの時代に開拓した先がメインだったり、今も新しいクライアント開拓や対応、会社の経理も管理も、

更には会社の事業内容の作業も夫はこなす。

 

友人は技術者として共同経営に携わる感じ。

 

会社の株は半分半分。

 

夫は1日8時間どころか12時間勤務。土日も会社に行く週が大半。遠距離出張も近距離出張もある。

 

友人は出張は一切ない。打合せで移動もなく、常に事務所で作業。

 

仕事量は夫8割、友人2割。

 

友人は8時半頃に出社し17時半頃に帰社する。

 

会社からの配給というか会社からもらう給料は夫と友人同額。

 

起業したばかりだから配給(給料)を多くもらうよりも、会社設備等に投資したい、とのことで

 

最低額におさえた金額にしていた。

 

何時間働こうが何日間働こうが趣味が仕事なんだから、と

 

夫自身の会社だし、ただの社蓄ではないし、何より仕事が大好きな夫だし、と思ってたし納得してたし応援してた。

 

友人との共同経営に伴い会社が大きくなり (まぁひとりの時より、なだけ) 仕事が忙しくなったため、夫を支えるべく

 

共働きの時の家事問題で私ばかり家事負担がありストレスだったのもあり、わたしは専業主婦にもなった。

 

共働きでなければ家事負担が多くても納得できると思ったし、

 

(帰宅後は微動だにしたくないと夫に言われた話、はまた別記事で)

 

友人は会社に合流したばかりだし、経験値もまだ夫より浅いから学ぶ時間が必要だ、

 

と思えてた。

 

しかし

 

だんだん友人も同じ給料なのが私の中で納得いかなくなった。

 

友人の仕事量は2割から3割に4割くらいになったと夫談。勤務時間も17時半帰宅からたまにはもう少し遅くまでいることも

 

増え、、、とのこと。だったけど腑には落ちない。

 

 

会社が軌道に乗れば配給も多くもらうことができる。

 

自分ばかり我慢して、友人妻(共働き)はいい思いだけできるように思えた。

 

だって、私は朝5時に出張に行く夫のために4時に起きてお弁当作ったり、週末も2人で過ごす時間がないのを

 

受け入れたり、、、20時に帰宅する夫、22時に帰宅する夫、のために夕飯を温かく出すべく準備して。

 

 

すべて夫の会社がうまくいくために、

 

夫が好きな仕事に集中できるために、

 

夫が成長するために、、、

 

もっと苦労してる人から見たらたいした我慢でもないかもしれない。

 

でも自分は我慢してるつもりだった。

 

夫のことが好きで、彼の可能性にかけてやってきていた。

 

でも軌道に乗ったら友人妻も美味しい思いするんだよね?

 

私ほど大変な思いしてないけど。

 

私が知らない所で苦労もあるのかもしれない。

 

でもそんなの今は見えない。

 

 

どうして私ばっかり、どうして私ばっかり、としか思えなくなってた。

 

 

 

続きます。。。

 

 

 

 

稼働ベッドをどこかの個室に移され、胸が痛む中、1時間以上経ってから

 

色々口頭診察やレントゲンや採血などの検査をしてもらえました。

 

救急病院なため、自分よりもちょっと後にも他の患者さんも到着し、重症度合で優先順位があったようです。

 

検査後、個室ではなく救急患者ベッドが集まるスペースのような場所に移されました。

 

1時間経てど、2時間経てど音沙汰がなく

 

「肺がんだったらどうしよう…」

 

「心臓病だったら…」

 

「心筋梗塞だったら…」

 

と私が心配する中、夫は

 

『レントゲンでも採血でも癌だったらわかるから、重症だったら飛んでくるよ。

 

来ないってことは重症じゃないんだと思うよ』

 

と言ってきました。

 

こんなに痛いのに、重症じゃなかったからなんなんだよ!と思い少しずつ痛みがおさまるなか

 

朝7時頃、朝食が配膳されてきました。

 

うろ覚えですが、、、確かコッペパンみたいのとヨーグルトと飲み物。

 

食べられる気力はなかったため、夫が食べたような?残したような?

 

そして9時頃になり、やっと検査結果を持ったドクターなのか看護師さんなのかがやってきて

 

説明してくれました。

 

痛みは原因不明。レントゲンでも採血でも特に異常なし。重症ではないので帰ってね。

 

と。

 

え?でも痛いよ・・・?と言ったら痛み止めをくれました。

 

そして、恐らく胸ではなく食道に胃炎が逆流して痛むのではないか?

 

ここは救急病院で胃腸科の診察・治療は出来ないので、と言われ

 

思い当たるフシのある私たちは病院をあとにしました。

 

 

 

思い当たるフシは、私は元々胃も弱く、当時はかなり胃腸が弱っており、胃はものすごく荒れていて、油っこいものを食べると

 

胃もたれを通り越し、胃痛がすごかったのです。

 

この続きは→異国で胃カメラを飲んだ話

 

 

 

 

 

もう数年前になりますが、以前住んでいた異国Aでのこと。

 

とある金曜日の夜。

 

夕飯を食べ終えすやすやと寝ていた、夜中4時頃でしたでしょうか。

 

ものすごい胸の痛みに悩まされ飛び起きました。

 

もう胸をぎゅーーーーっと押さえつけられているような痛みで絶対に肺か心臓の問題だ!

 

自分の姉妹、姉も妹も肺気胸で入院経験があるため、自分自身もついにそれかも!

 

と横で寝ていた夫を申し訳なく思いながら起こし、(夜中起こしちゃうのに、あの頃はまだ申し訳なさがあったんだなぁ…)

 

救急車を呼んでもらいました。

 

もう痛くて痛くてベッドからも起き上がれない中、がんばって着替えた気がします。(←確か)

 

そしてやっと救急隊が到着!

 

担架に乗せられ、イメージしてたより小さい救急車に乗せられました。

 

夫までは乗れないサイズだったため、彼はバイクで救急車の後を追い病院へ来る段取りとなりました。

 

車内でひとりぼっちで不安を抱えながらも、

 

長年ひとりだったし、まぁ何とかなるか、と自分に言い聞かせ、痛みと戦っていたら

 

けっこうすぐ病院に到着。夫も到着。

 

(住んでいたマンションの近所は救急ありの総合病院があったのをそれで初めて知りました。)

 

担架のまま下ろされ、病院の稼働ベッドに寝かされ、、、

 

 

 

続きます。

 

 

前回の続きです。

 

夫兄が来ると言う日。

 

夜7時半頃には、彼女を連れ立って来ると言うので豆腐ハンバーグを4人分下ごしらえしていた午後5時頃だったでしょうか。

 

夫から連絡がありました。

 

『兄は来なくなりました。今夜ではなく金夜になりました。家に虫がわいたから』

 

と。

 

怒りがフツフツと。

 

その日は月曜日。4人分の豆腐ハンバーグ。

 

翌日ならまだ仕込んだ豆腐ハンバーグは出せたでしょう。

 

最悪翌々日でも良かったでしょうか。

 

(*1 もう過ぎたことを思い出しながら記事を書いているので、どうやって食べきったのかは思い出せませんが

恐らく夫のお弁当と自分のお昼、翌日も豆腐ハンバーグにし、無駄にはしていません。)

(*2 その時は、もう夫兄へは憎しみしかありませんでしたが、後述する記事のような数々の件から、夫の対応のせいも

あるのだ、と徐々に気づきました。)


 

 

さて、その金曜日。

 

夫と夫兄、彼女が我が家に一緒に帰って来ましたが、私はテキトーに小一時間相手して、夕飯はとらず寝室へ退散させてもらいました。

 

その後3人はレバノン料理をテイクアウトし我が家で食べたようです。

 

 

月夜、夫は彼に『了解!じゃぁ金曜で~』と即答した模様。

 

もし夫が、『さちこはもうあなたたちのために夕飯作っていたんだよ!いるんだよ!』の

 

一言を伝えてくれていたらきっと彼の金曜日に来た際の態度はまた違っていたように思います。

 

 

 

そんな偏食くんエピソード。