やっと問題が一つ片付いたけど・・・

その日の話し合いは、いつもとは違っていた。

 

終始夫が静かな口調で話し、時折うっすらと笑みを浮かべていた。

 

何度こうやって話し合っただろうか。

 

幾度となく揉めて、収拾がつかなくなったこともあった。

 

だから、話し合いの前にはいつも『期待し過ぎてはいけない』と自分に言い聞かせた。

 

期待し過ぎると、上手くいかなかった時に落ち込んでしまうから。

 

そんな気持ちで臨んだ話し合いだったが、開口一番、夫が

 

「俺、家を出るわ」

 

と言った。

 

にわかには信じられず、その言葉を頭の中で反芻した。

 

騙されているんじゃないかと一瞬考えたが、夫の表情は真剣そのもの。

 

その言葉が嘘ではないということは顔を見ればすぐに分かった。

 

『本当なんだ』と思った瞬間、じわじわと嬉しさがこみ上げてきた。

 

一方ではまだ信じられない気持ちもあった。

 

『部屋の更新があるから出て行って欲しい』とお願いした時も頑なに拒否していた夫。

 

それが自分から『出て行く』と言うなんて。

 

すぐに信じられる人は稀だと思う。

 

何か裏があるのではないかと探ってみたのだが、

 

「うちの親も段々と行ったり来たりするのが疲れちゃったみたいだからさ」

 

とだけ言った。

 

電車で数十分の距離とは言っても、確かに頻繁に行き来するのは負担になったはずだ。

 

しかも、義両親のどちらか一方が夫といる時には、もう片方は義実家に居るという生活で。

 

すれ違いのようなことになっていた。

 

自分たちのペースで暮らすことができず、孫も居無くなり・・・。

 

義両親にしてみたら、もうあの部屋で暮らす意味が無くなったのかもしれない。

 

私が子どもを取り戻してからは義両親が落ち込んでいると夫が言っていた。

 

離婚というのは、ただ家族がバラバラになるだけではない。

 

関わった色んな人たちのことも傷つけ、苦しい思いをさせてしまう。

 

夫の話を聞きながら、ふと義両親が目を細めながら子どもと話している姿を思い出した。

 

初めての孫で。

 

本当に楽しそうで。

 

「何時間見ていても飽きないわ」

 

と言っていたお義母さん。

 

子どもが好きそうなものを手土産にやってきては相手をしてくれたお義父さん。

 

お世話になったこともたくさんあったのに・・・。

 

最後にこんな悲しい思いをさせて申し訳なく思った。

 

気落ちしているだろう姿を想像したら、その様子を淡々と話す夫にかける言葉が無かった。

 

「なるべく早く出て行くから」と約束してくれた夫

最初から最後まで揉めることなく、その日の話し合いは終了した。

 

夫はもうこの現実を受け入れているようで、

 

「なるべく早く出て行くから」

 

と約束してくれた。

 

静かな口調で今後のことを話す夫は、まるで付き合い始めの頃のようだった。

 

とても私たちを虐げてきた人と同一人物には見えなくて。

 

もしかしたら私たちの頑張り次第でもう少し違った未来があったのかな、なんて思ったりもした。

 

最後の方は『苦しい』とか『辛い』と思うばかりで、他のことに目を向ける余裕が無かった。

 

それで対応を間違ったこともあったのかもしれない。

 

あの時、咄嗟に家を出たことは正解だったのかな、とか。

 

居場所を知らせずに義両親ともほとんど会わせなかったのは私のエゴなのかな、とか。

 

夫の話を聞きながら、過去の自分の間違い探しをしていた。

 

そんな私を一度も責めることはなく、

 

「遅くなっちゃってごめん」

 

と言ってくれた。

 

私はこういう優しさを待っていたのに、待ち望んでいる時には与えられなかった。

 

だから、こんな結末になってしまうのは仕方がないのだとも思った。

 

でも、やっぱり寂しいものなんだな、というのが正直な感想だ。

 

付き合っている頃に出かけたことや一緒に暮らし始めた頃のことが後から後から思い出されて思わず涙が出た。

 

これはうれし涙なんだと思おうとしたけれど、『やっぱり寂しいんだ』とより強く自覚しただけだった。

 

ここまでされて、絶望しかない毎日だったのに。

 

そこから抜け出して、やっと離婚への一歩を踏み出すことができたはずなのに。

 

我ながら馬鹿だなぁと思った。

 

それでも、子どもを守るためには夫と一緒には居られない。

 

私一人だったら最後まで面倒を見るという選択肢もあったかもしれないが、大切な子どもが居るのだ。

 

その仮定は存在しない。

 

これから一人になる夫が、せめて幸せに暮らして欲しいと願った。