ベッドから起き上がるとき、まずどこから動かそうか毎朝悩む。
腕を伸ばす?足を上げる?
一つミスをするとロックがかかって、一日中ベッドに縛りつけられて起き上がれなくなりそうな眠気に襲われる。
二度寝をしないように爪先や指先から、体のサインを読む。
うん、今日は腕かな…。布団を跳ね除けて思い切り伸びをする。
滞ってた血流がいっきに動き出し、筋肉や内臓に行き渡る感覚がした。

当たりだ!
脳味噌が次々と指令をだす。
足を上げて左右に動かす。その振り子の力を利用してベッドを降りる。起き上がりこぼしのように上半身もついてきて起床が完了。

この勢いでコーヒーだ。
ヤカンを火にかけてる間、軽くストレッチをする。
天気がいい日は視界がひらけていくのも早い。
水が沸いていくのを眺めながら体温も共に上げていくイメージをする。

血管が沸騰する。

動かずにはいられない!

足を上げて一回転。
地球よりも早く回る。 

てのひらを、裂けてしまいそうなくらい目一杯、広げてもう一度、心の中に溜まっている膿をいっきに外に跳ね飛ばすように、一回転。

リズムが出てきた。

クルッ、パ!クルッ、パ!

お湯が沸いた。


芯を残して弾けとんだ肉体を回収する。
勢い余って麻痺してる神経をゆっくりとなでる。


コーヒーに細くゆっくりと湯を注ぐと作物が豊かに実る、大地のような呼吸をする。
ふつふつ、ふつふつとその呼吸を途切れさせないように慎重に注ぐ。
冬から春になるときの生命の息吹のように、香りがそこら中に咲いていく。
鼻が溶けそうだ。

カップにいっぱい注いでこぼさないようにゆっくりと座る。
右手で飲んで左手で置く。
逆も試してみる。
いつも無意識にしてることを意識的にしてみる。

地面に深く潜っていって、聞いてみたい。
どうしてこんなに美味しい飲み物ができるのか。

もちろん人間の手によるものでもあるが、海や土や空や水の、それぞれの恵が詰まっている気がする。

火もそうだ。

どうして、焼きを入れて焦がしたものがこんなにも美味しくなるのだろう。


沸騰した血管、麻痺の解けた神経、拓けた脳。


おいしい、を言葉ではなく、伝える方法。

アクションを起こす。
誰にともなく、発信する。

無言でも空気を震わせ、表現する。

クルッ、パ!
クルッ、パ!







「206号室の女性は?」

「今朝も同じです。」

「相変わらずコーヒーだけしか飲まないかね?」

「はい。必要なものは点滴で補充します。」

「しかし、なぜあんなに一日中動いているのにコーヒーしか口にしないんだろうか。見たところ体には、なんの問題もないのに。」








疲れたら眠る。
夢の中でも踊る。

クルッ、パ!
クルッ、パ!

沸騰した血液と麻痺した神経を大地へばら撒く。

おいしいコーヒーをありがとう
それだけを伝えるために。