彼女と一緒に住み出して1カ月と数日が過ぎた頃、仕事に行くときにこんなことを言われた。
「私、今日カーテン買いに行ってくる。」
引越しの際に使えるものはなるべく持ち寄って節約しようと話してたので、今のカーテンは僕の部屋から持ってきたものだった。
今の部屋には確かに合ってないかもしれない。
「分かった、君にまかせる。」
朝から理由を議論するような気にもならず、それだけ言って家を出た。
仕事を終えて帰ると、玄関マットが変わってることに気がついた。
「ただいま、マットが変わったね。」
「カーテンは寸法を取ってもらって今、作ってもらってるの。」
オーダーメイド?
そんなにこだわりがあったのか。
「君が選んだものならきっとステキなんだろうね。」
彼女は無言で頷くと満足げにキッチンへ行った。
期限の良い彼女を見てるのは好きだし、住みやすい空間になるのならこんなに良いことはないな、と晩ごはんを平らげる。
丁寧に味付けされた煮物と焼き魚、味噌汁のシンプルな和風食。
あとはプロポーズのタイミングだけだ。
その3日後、またもや朝、出勤前に彼女からこう言われた。
「ダイニングテーブルを買おうと思うの。」
「いいんじゃない。」
今はリビングの小さなテーブルでご飯を食べている。
彼女は夜は食べない主義なので、僕の分の食事が並べられれば問題ないのだけど、彼女もそれなりに“将来”のことを思ってくれてるのだろうか。
ワクワクしながら家に帰る。
「おかえりなさい。」
「ただいま。」
またもテーブルは来ていない。
きっとこだわりのオーダーメイドなんだろう。
特に深くは考えず、彼女にも聞くこともせず晩飯をたいらげた。
シャワー浴びて浴室を出るとバスマットが変わっていることに気がついた。
そこからはまた数ヶ月が順調に過ぎ、彼女の仕事も引き継ぎが済み、いよいよその時がきたと思った。
彼女による部屋の改装が始まるころに頼んであった指輪をポケットに入れ足早に帰る。
「ただいま!」
勢いよく玄関を開けて息を飲んだ。
プロポーズの緊張感も、もちろんあったが、それよりも驚いたのは部屋が全部ピンク色になっていたことだった。
壁も写真立ても、時計も家電も、全てがピンク色に染まっていた。
奇妙だったのはトーンだ。彩度も明度も一揃えにしてあり、遠近感を失いそうなほど“同じ色”をした部屋の奥から、全身ピンク色の衣をまとった彼女が出てきた。
「おかえりなさい、今日は少し早かったのね。」
とても満足そうな彼女を前に、足がすくむ。
ポケットの指輪を握りしめ、“次”にどうするべきか、頭が考えている。