俺は今どこにいるのだろう。

暗闇の中、静かに海水を吐きながら貝は思った。
季節の移ろいの最中に差し掛かると湿度も気温も急激に上がったり下がったりする。
調子を崩して地表からすぐのところで口を出してしまいカモメにさらわれた仲間も数多くいる。
少し移動するとカチカチと音を立てて眠っていたアイツも、いつの間にかいなくなった。


俺は今どこにいるのだろう。


波打ち際から離れすぎたのか、波の音がしない。
もしかしたら海中の砂の中なのかもしれない。

体はまだもちそうだ。
うかつに口を伸ばしてはいけない。
暇を持て余してカチカチと、思い出したように音を立てては我に返る。この音を聞きつけて俺を食いに来る輩もいるのだ。
自らを守るには黙って砂の中で潜っているほかないのに、なぜだろう、それでは生きているのも死んでいるのも一緒なんじゃないだろうか?とも思う。

止まらない思考を砂と共に吐き出す、吸い込んだ海水からまた砂が入ってくる。
どうやら俺は、まだ生きているらしい。



暖かい季節になった。


人々の手にはバケツやネット、熊手など、出汁がたっぷり溶け込んだ味噌汁や炊き込みご飯のことを思いながら、まるでその場所で掘ることが決まってたかのように各々が砂を無心に掻き出す。

ところが浅蜊は一つも出てこない。
皆、顔を合わせては、そちらも?こちらも、というよな目線を交わし無言で掘り進めていくが一向に現れない。

稀に見る不漁の年だ。
まあそんな年もあるだろう、人々は持ってきた道具をそのまま持って帰っていった。
出汁がたっぷり溶け込んだ味噌汁や炊き込みご飯のことを思って。

来るかも分からない来年の砂浜のことを思って。

いるかも分からない貝の存在について。






俺は今どこにいるのだろう。

浅蜊は生きてるのか死んでるのか自分でも分からないまま、砂を吐き、また吸い込むのだった。