朝起きると手の指が1本増えていた。
まあ、こういうこともたまにはあるか…と
増えてしまった指1本に特別に名前をつけることにした。

指が1本増えて困ったことも得したこともなく、特別に名前をつけたにもかかわらずこの数日をすごしてきたが、僕はその名前を呼ぶことはなかった。

特別に扱ったのに、特別必要ではなかった。

今まで名前を持たずに酷使されていたもともとの5本指は増えた1本指に対し、特別に思うことは特にないのか、いつもと変わらない動きで僕の生活の一部に滞りなく存在し、パスタを茹でて缶ビールを開け、シャワーを浴びて着替えるときも増えた1本を邪魔者扱いするわけでもなく、ましてや特別称賛するわけでもなくあくまでも「普通に」動いていた。

脳みそが増えたわけではなく、指が1本増えただけなので、そういうものなのかもしれない。

そういえば他人の手を注視したことはないし、僕としても正直にいうと増えた指がいつからあったのか、はっきりとした記憶はない。

普通にすごせているおかげなのか、人から驚かれたりすることもなかった。



見つかったらなんと言われるのだろう?
「気持ち悪い」?「すごい」?
「どうやって増やしたのか」?
「減らすことはしないのか」?
「ありえない」?

きっと“自称・専門家”がここぞとばかりに欲してないアドバイスをしてくるのだろうな。
想像しただけでうんざりする。
特別につけた名前を呼ぶことすらできてないのに他人から、増えた指1本についていろいろとケチをつけられるなんて考えるだけで吐きそうだ。

もしそんなことが起きるとしたら静かに話を聞いたあと僕はこう言うだろう

「僕はあなたの言う通りにすることは一生無いと思う。あなたの手の指が1本増えたとき、あなた自身がそうすれば良いよ。」



ある朝気がつくと増えた指1本がなくなっていた。
ついに名前を呼ばれることはなく、残された5本指も問題なくそれを受け入れ、僕は今まで以上に普通に生活をした。

きっと忘れてしまうのだろう。
呼ばれることのなかった名前。

僕だけの、僕のためだけの現象。

名前なんかつかないよ。
誰にも話してないからね。