入れた氷が意味を成さないほど暑い日が続いてる。アスファルトを直に歩いている犬の姿を目にすると同情すらしたくなる。
「はい、はい。そこ、よそ見しないで。」
「え?あ、ごめん」
駅前の古い喫茶店でお茶をしながらいつの間にか話題は私のことに、といっても予感はあったんだけれども。
「都合が悪くなるとすぐどっかいっちゃうんだから」
というのは幼なじみのマサミ。家業を継いで美容師として働きながら子供も2人、旦那は無し。
「外の犬でしょ?散歩するならせめて早朝か夜だよね」
こちらはこの店で働いてるアキ。マサミと通いつけてるうちにいつの間にか仲良くなったクールビューティだ。
マサミはバツが一つついてるものの、昔からそうだが恋愛は女子に絶対不可欠だと考えてる人で
自分が幸せだと感じてる時は赤の他人も幸せであると信じて疑わないタイプの人だった。私から言わせるとそんなアナタが一番幸せですよ、と何度か言いかけたことがあるのだがとんとんと人生を楽しんでる様子を見ているとおそらく私の言葉は彼女に届かないだろう。
アキはこの店に通いだしてから知り合ったのだが、私たちが店に訪れる時間でちょうどシフトが終わるらしく、あれは確か学生の頃に追いかけてたバンドの話だったか
「ねぇ、マサミ覚えてる?先週部屋の片付けしてたらラストナンバーのアルバムが出てきてさ」
「“ラスナン”?!知ってるの??」
地元のライブハウスで一世を風靡したバンドの追っかけを同じ時期にしていたということで一気に意気投合し、私たちはアキの仕事終わりを狙ってさらにこの店に通いつけるようになったのだった。

そしてこの話題も何度目だろうか。

「あんたさ、無難に生きてるつもりだろうけどニンゲンとして生まれたのよ?!恋愛してみようって、考えてみたことないわけ?」
「いや、でも考えてる恋愛なんて恋愛じゃないってマサミ、この前言ってたよ。」
「挙げ足取らない!」
「恋ってねー、突然やってくるものだから。」
アキには最近、何人目かの恋人ができた。知り合って3年ほど経つがその時から恋人として紹介された人と3ヶ月と続いたことはない。
「あんたはいいのよ、まだ“おちる”感覚を知ってるから。」
恋愛ってなんなんだろう?と砂糖はどうして甘いの?と子供が口にするくらいの純粋な疑問を言葉にしたのだが、恋バナに目が無いマサミが食い付いてしまった。
「なによ、いいオトコ見つけたわけ?」
ところがどっこい、そうではなかった。
生まれてこのかた33年、カタチだけ恋人同士になったのも片手の指で足りるほど。年齢が上がって周りの友人達や職場の女の子達が盛り上がってる話に全くついて行けず、それでも別に寂しいとか、不安とか感じない自分がどこかおかしいのかな?とマサミに話した所
「信じられない!」
と一喝された。それから会うたびにこの話なのだ。
アキは最初、あんたは仕事にも不満なさそうだし、両親もウルサく言わないし、もしかしたら男じゃなくて女の人と付き合った方が良いんじゃないの?とチャカされたこともあったんだけれど
私があまりにもリアクションを返さなかったので、最近はマサミと私のやり取りを聞くことに徹していたが、今日は一つ問いかけてきた。
「マスター見て、かっこいいと思う?」
アキに言われてマサミと私が一斉にマスターへと視線を向けると、マスターは他のお客さんにはわかられない程度の程よいお辞儀をしてくれた。
「…カッコイイ~」とマサミ。
「…わかんない」と私。
「“わかんない”はわかんないわ。」
アキはお手上げ、と言った風に手をヒラヒラさせると彼が待ってるから、またね。と伝票をさっとレジへ持っていった。
「あーいうのも“カッコイイ”よね。」
「確かにそうだけど!でも恋してるときってなんかこう、言葉とか意味とかそういうの超えてくる感情があるのよ。」
「私に感情がないみたい。」
「そんなことは言ってないってば。」
夕飯時になり子供を待たせてるマサミが始末が悪そうに帰っていく。
だいたいいつもこんな風に終わる。
言葉とか意味とかを超えるってどういうことなんだろう?
どうしてみんなそんなに“恋愛”ができるんだろう?
生き物の本能を分析・理解・刺激してまで子孫を残す為の行為に、命を懸けるという矛盾。
別に批判したいわけではない。純粋に不思議なのだ。
誰も欲さず、愛さず、傷ついたり傷つけたりせずに生きてるだけ。なのにアキにもマサミにも信じられないと言われる。
楽しいことは、ある。悲しいことだってある。向上心には欠けるかもしれないけれど、迷惑はかけないように心がけている。憧れや嫉妬する気持ちもある。ただそれが“恋愛”に向かないだけで。
「生まれる星を間違えたかな。」
帰り道、野良猫に話しかける。
明日がくることに希望も絶望もない日々。それに不満や悲しみはない。珈琲を飲みながら話せる友人と生活する上では何の問題もない仕事をこなしながらこれ以上何を思うことがあるだろう?

「きみとーであったのはーうーたーのなかー♪」

いつかマサミとアキと、追いかけてたバンドの一曲。解散すると聞いたとき、悲しくて悲しくて最後のライブに行けなかった。
解散後に販売されたライブ盤だけ買って聞いていた。

アンコールで演奏したのは新曲で、その前のMCは切り取られずにアルバムに収録されていた。

「いつ死ぬかわかんない世界でさ、おれはいつ死んでもいいって思いながら一曲一曲を唄ってたんだ。だけど唄っても唄っても死ねなくてさ、気がついたら生きるために歌を唄ってることになってたんだ。」
ここで“やめないで!”という女の子達の声が入る(もしかしたらアキとマサミも叫んだかもしれない)
「そしたらさ、こうしてみんなの前で唄うのが恥ずかしくなっちゃってさ」
照れくさそうに笑うボーカル。静まる会場。
「“いつか”がいつになるかわかんないけどさ、おれそーゆーの嫌いなんだけど」
ドラムのカウントが入る
「またね!これからもよろしく!!」

解散するのに“よろしく”って、何よ。悲しくて悲しくて、聞き続けてる間は解散した事実を忘れられると思ってずーーーーーっと聞いていた。
けれどそれでも半年が過ぎる頃にはマサミも違う音楽にハマっていたし、私は大学生になることで別のことが心の隙間を埋めていった。

アキと出会った時に一瞬当時の熱みたいなものを思い出したけど、今を語りだす二人のエネルギーに私はついていけずにまた冷めてしまう。

大学生になって付き合うことになった人は何人かいた。向こうから声をかけてきては、みんな去っていく。
その度に一つずつ心の温度が低くなって、今では脈を打つことで精一杯になっている。

そうか、私こわいんだ。
何かに一生懸命になること、果たされない約束をされることに怯えてる。
熱くなれない。周りを馬鹿にしたり批判したりする熱すらも持てない。

でも、だからといってどうしたら良いんだろう?死にたいと思い詰めるほど苦しいことはないし、毎日は別に問題なく過ぎていく。
マサミのいう“おちる”感覚ってなんなんだろう?アキのように色んな人と出会うには?

別れたばかりなのに二人に会いたくなった。
でも、いいや。明日にしよう。
今晩はとりあえず、あのときの私を迎えにいこう。
「きみとーであったのはーうーたーのなかー♪」
いつか恋愛をする人と出会うと信じることは怖くないのかもしれない。
久しぶりにドキドキしながら眠る夜は空気が澄んで、蒸し暑いのに清々しい呼吸ができた。
頬を流れるのは汗か涙か、なんでもいいや。温度を取り戻す。生きていく。

こうして私は久しぶりに地球に帰ってきたのだった。


ーーーおわりーーー



良い絵を見たら 絵を描きたくなる
良いライブをみたら ライブをしたくなる
だので
良い本を読んだら お話を書きたくなるんですよ。

久しぶりに一気に書けたなー
とくになんのアレもないけどね。

さなPさん、まんまと面白く読ませていただきました。
いつもお土産ありがとう。

さて 晩ご飯でも作りますかねー。