こんばんは。

まさか初参加で100キロ完歩するとは
思いませんでした。
参加することに意義があるなんて、という考えは持っていませんが

参加するのが目的で参加しました。

自分もクレイジーだけど、他のクレイジーも見てみたい。

どうせ、いいとこ50キロが限界だよ。

100キロって、想像がつかないんです。

30キロですね。せいぜい。

東京から宇都宮、前橋、熱海、甲府
といったあたりがほぼ100キロなので、これらの都市まで電車なしで徒歩だけで行く、というのが
一番のイメージの最適化でした。
あるいは箱根駅伝を1人で歩いて繋げる、とか。

横浜駅までしか歩けるイメージ持てないですね。

ただ、まあ、ゆっくり歩けば、ムリさえしなければ、ひょっとして‥‥。
ビッコを引いて歩いている姿が想像できません。

予行に30キロ歩いてみればよかったんでしょうけど、イメージ、具体的につかめるじゃないですか。
でも、その30キロコースの見つけ方がわからなかった。
東京から川崎、横浜に向かえばよかったんでしょうね。
あるいは、時間で、6時間歩くといったような。

とにかく、完歩は一回の参加では達成できないと漠然と思っておりました。
ホームページを見ると、救護班のこととか、写真で載っています。

最初の一歩が怖かったです。
マラソン大会も、前日は眠れないくらいでした。
電車が故障しないかな、とか祈ってました。

沢山の参加者と一斉スタートするので、最初は賑やかだし、沿道のお店も見てて飽きないし、
箱根駅伝の第1区みたいに、極端に遅れずに集団についていこうと思いました。

ところが、このウジャウジャとしたランナーの姿が、第3中継所を過ぎる頃には間伸びして、前後に数人もいない、状態になりました。
レースが深刻化してきたわけです。

日付変更線を超えます。夜中の0時。
行きずりの仲間3人と結束して、深夜の大冒険です。
お互いが命綱のようなものでした。

この中の誰かが、あるいは前を行く誰かが疲れて動けなくなり
「天は我を見放した」
なんて、発言しようものなら、気力がプッツンと切れて、将棋倒しのように倒れたでしょう。

深夜は、映画八甲田山の雪中行軍のように、ひたすら次の休憩所を目指して歩きました。
途中、何人か氷の像と化した参加者に出会いました。
まぁ、夜中に色んなものを見たり聞いたりしました。夜中はヤバイです。肉体ばかりか精神も極限状態になりました。
目先しか見えないし、目先のことしか考えられなくなります。一歩繰り出すごとに命が削られてる気がしてきます。

仲間がいるから、ワイワイしてるけど、心の中では、誰かリタイア言い出さないかなぁとか。
何でみんな、こんな元気なのか?
隣の芝生は青く見えるというか、みんな自分よりはるかに達者そうに見えてしまったり。
ここで転んだら、一巻の終わりだろうな、とか。

夜明け後、峠は越したと思われた頃、仲間と速度がズレてそのままお別れ。
1人で吹きすさぶ風や雨と戦う。
雨や風よりも、置いてけぼりにされた精神的ダメージが大きかった。
去年、この海岸線の風にやられて低体温症になり強制終了となった仲間の話を聞いてたので、乗り切ることができた。

残り2コースで、持ち時間もあとわずか。
休憩所で時間をつぶしてる余裕がなくなります。
最終区、リタイアするはずが、スタッフがフォローしてくれることに。
まさかの伴走。道案内程度にしか思ってなかった、イケメンのお兄さんでしたが、この人のアシストは半端なかった。
弱音と愚痴に染まってる私に、何を励まそうとしたのか、あろうことか
「スタッフの方が大変。歩いている方が楽なんですよ」
「ははっ、何を⁉︎  何がどう大変なの⁉︎」

つづく。