アマゾンからやっと「今日、誰のために生きる?」
その本が届いた
対比のために「心の回復力」も同時撮影
私は挫折もしないし、前も向いていない(笑)
今、身に着けたい事柄や心構えも無い
今日、誰のために生きる?という鮮烈な問いを自らに発し、余分なことに血道を上げたい年寄りだ(笑)
その人たるべき根底に迫る問いに私は立ち尽くす
勝ちました、儲かりましたなどという話はこの本の前には全く無力でガラッパチすぎて恥ずかしい。対比して申し訳ないが、回復するべきは、おためごかしの「心の回復力」が必要な現代の価値観だろう
今夜の稽古は、さらりと流し、質問を待った
休憩後「日本剣道形」の3本まで示して
1本目 面抜き面 相応攻撃
2本目 小手抜き小手 上手攻撃
3本目 位詰め
なぜ、3本目は殺傷に及ばないのか?
質問してみた
「これが日本剣道の核心です」
茶弥さんが達者な英語で精妙なところまで通訳してくれた
斬りすぎない、勝ちすぎない「真剣道」のテーゼは根底で、ひすいこうたろうXSHOGENさんの余分とか無駄とかを大事にするお話とリンクしている
初太刀一閃、二の身にまっしぐらでは何のブドウかと情けないではないか。一太刀の「責任」を見定める心の働きは置き忘れて、勝たんかなという剣は遠い昔、#夕雲流の到達した#あいぬけ
の足元にも及ばない。
初太刀成功なら、半呼吸の余裕を持ち、相手の動静を見定めるくらいのサムライでありたいものだ、剣道形3本目にはすでにギブアップを取った相手は「位を詰めて完了」と日本中の剣士が知っている事柄です。
初心者のばたばた居合は仕方がなかろうが、現今日本刀の斬りあいも無かろう程に、その心映えをかみしめるほうがずっと健全な方向でしょうね
現在サムライは存在しないけれど、我こそは「もののあはれ」を知るサムライたらんと研鑽する人あれば喜ばしい事柄でしょう
良い稽古も終了
稽古終わりに円陣を組み、お互いの尊敬を現しながら礼を交わすのが基道館の体系、厳しいブドウの戒律も置き去り、一人のニンゲンとして上も下もありません。
胸に掲げた「循環無端」のありのままの姿です