夏の夜にひとり 中也を読む | 卍老人残日録

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-真剣道継承未完- 

中也が世を去ったのは、昭和11年だったか

私がその詩に出会ったのは死後30年ほどあとの

昭和43年頃

 

西暦で書いたほうがいいかもと思い直したがこのままでゆく(笑)

私が生まれたのは昭和25年 1950年で計算がしやすい

 

昭和はアンシャンレジームが幅を効かせていた時代だ。

私は前時代に生きた残存兵で、あの時代の熱気を感じて育った。

 

で、つまらないこの時代の情報などに飽き飽きして、本箱を開いたという顛末

 

本を買うと 奥付に蔵書印を押し、日付を書き込む

 

中也全集は当時980円で私は毎月一冊を買い求めていった

 

高校生の私には大層な出費だったが、中也の感性に恐ろしいものと優れて優しいものがないまぜとなり、しかも天分のひらめきであるコトバの息遣いに目がくらんでいた時期だ。

 

大学に進学して 渋谷から二子玉川まで玉電の運賃が20円だった時代だから980円の見当がつくだろう

 

いまでもその詩のいくつかは脳裏から離れていない

ふと、口ずさんだりするし、こうやって文章を書く時、そのレトリックに重なってきたりする。

 

現在セカンド・ルネサンスに突入し、昭和が去ってから嫌だった、経済優先、個人優先、人類平等、エコ、ジェンダーフリーなどの、ニンゲンの本質とはとても相容れないウワツラの世相に辟易していたのだが、このルネサンスは成功してほしい。

 

詩人がそのゲイジュツ性において生きて行ける

画家も然り、ダンサーも然り、音楽家も然り

あらゆる芸術が光を浴びる時代になればいいなあ

 

私は日本語を使うニホンジンだから

中也の天才が好きだ、安部公房のレトリックが好きだ、三島由紀夫の透明な文体には恐れ入る。

そういった過ぎ去った芸術に「投票権」を与える時代を迎えようとしている

 

なにせ、中也の詩は本字 本仮名遣いの美しい日本語が生きているじゃないか