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ナイアガラフェチの日記35年

ナイアガラファン歴、もうすぐ35年の筆者がいまなお「燃える男の」「熱き心」でナイアガラへの愛と、少々の《ここだけの話》を語るブログ。
なお筆者は、超ミーハー系ナイアガラフェチですが、「ナイアガラー」ではありません。悪しからずご了承ください。

1980年春、

竹内まりやさんの「ドリームオブユー」にのめり込むのと同じ時期。




ラジオの深夜放送の洗礼を受けた。








MBSヤングタウン
略して、ヤンタン。






鶴瓶・伸郎・笑福亭笑光(嘉門達夫)・鶴光・チンペイ&バンバン…。





毎晩、聴いた。










ヤンタンの中に、JAL がスポンサーのコーナーがあった。









そのCMの音楽が、
やたらカッコいい。




🎶レッツ Kiss ザ サン
レッツ Kiss ザ サン


オーキナワー‼️










シビれた。











その年の夏、


まりやさんのアルバム
「ユニバーシティストリート」を
買った。






《ドリームオブユー》









アレ、アレンジが全然違う。













フルートの奏でる不思議なイントロ。










歌詞カードを見ると

《アレンジ;山下達郎》











アッ、【JALのオッさん】‼️











秋になって、
ヤンタンでも、


達郎さんの
「永遠のフルームーン」が
ヘヴィーローテーションに。












「ボンバー」で火がついた
大阪のラジオ局では、


「ライドオンタイム」より
一足早く、
達郎フィーバーが到来した。