本日、松本人志監督作品第3弾『さや侍』を鑑賞して参りました。
今回ばかりは、
主演の野見隆明というおっさんに沸き上がる
好奇心をどうしてもおさえられなかったわ。
松本曰く、「本人に最初に映画云々伝えなかった、、、」
等々の顛末も確認したい。興味、関心は高まるよね。
『大日本人』『しんぼる』は、
まだ観てないし、今後も観る気はしませんが、今回は違う。
あの松本が監督した作品だと大々的に宣伝されるから、
松本人志が作ってきた笑いを、先入観とせずに観ることは難しいし、
逆に、宣伝がなければ松本監督はまだ世に出てこれなかっただろうし、
もはや前作の駄作で映画界から葬り去られてたかもしれない。
観てないのに、断片的な情報だけで駄作とは失礼だわね。
でも、私も感性で生きてるので大きくはずれてはいないという
根拠のない強い自信だけはあるけど。
その点は、シード権を持った者の宿命だね。
今の自分があるのも、今までの自分があるからだと。
でも、今日観てみて感じたのは、人は、先入観があろうとなかろうと、
楽しいものは楽しいし、つまらないものはつまらないと感じてしまう。
そこはすごくシンプルな普遍の真理。
つまり、
本人は松本作品という先入観で観られることを嫌ってるみたいだけど、
先入観云々は松本自身そこまで気にする必要はないのではないかね。
そんなことよか、いつまでもそんなことを言ってると、
作品に対する自信のなさのような気がしてくるよ。
その点、今作は棺桶に持っていきたい作品、とまで言い切ったそうな。
自信あるんやねぇ~~。
前置き、長くなりました。感想、手短にいきます。
能見隆明は最高の素材だね。(今回に限っては)
それを生かす笑いの要素も、展開も面白かった。
声を上げて笑ってしまったのは久々。
最後の切腹のシーンはかっこ良くさえあった。
30日の業で、
ガキ使の七変化みたいにパターン芸がしつこく続くのかと思ったけど、
結構テンポよくバリエーションも豊かに、サクサク進行。
後半、ちょい涙腺に響くところもあったけど、
感情が深く揺さぶられる前に、
周辺で鼻をすする男達の音にねっとりと犯されてしまって、
残念なこと甚だしかったわ。
こんなベタベタな親子愛全開のとこで涙腺ウルってるお前ら!!
意外にピュアやんけっ!!と
小一時間問いつめたい気持ちがわき起こったが、
そこは画面に集中。
なんやこれ、ええ声、ええ歌詞…。さいごのとこ。
ここ、このニュアンス、ロカルノ映画祭で、
うまいこと吹き替えできるやろか。
そんなことより何より、
7割くらいのシーンの能見さんが、松本人志にずっと見えてた私。
似てないかしら?
目を擦ってみてもかわりません。
で、締めくくりなんだけど、
単純に面白かったし、最後は泣いていいのか笑っていいのか、
そこにもっていける脚本、構成、演出はグレイトでした。
悪しき先入観を気持ちよく裏切ってくれました。
ただ、映画にする意味はあるのかしら? という疑問は残りますが。
脚本: 松本人志、高須光聖、板尾創路、江間浩司、蔵本美津留
これじゃあ、どうしてもテレビ的になってしまうだろうな。
じゃあ、何なら映画にする価値あんだよ、兄ちゃん!?
と問われたならば、あとは無言になるだけですけど。
映画って総合芸術と呼ばれるだけあって、
脚本だけで、だいたい画を決めて監督なしでも
どんどんカット割りして撮っていけるカメラマンとか、
現場も映像もどんどん仕切って進行してしまう
ほぼ監督みたいな助監督もいたりする訳で、
特に監督経験の浅い松本みたいのには、
そうしたのを製作サイドもつけるだろうから、
どこまで松本色がこの映画に反映されてるかはわからないけど、
なんかいい映画でした。
パパになると何かが変わるのかしら、、、、
そんな風に思わせてくれる作品でした。
あと、最近の子役は、よくわかんないけど、
非常に内面が大人びている。
ジェンベネ事件を思い出して悲しい気持ちになります。
埼玉の実家ではそれを、
こまっちゃくれてる、、、と言います。