街中のティッシュ配り、よくある光景だ。

必要なければ避けて通ればよく、
心にも記憶にも残らない街の景色に変わる。

それが、今日通りがかった子は違った。
一筋縄ではいかない人生の陰影を強烈に投げかけてきた。
通りすがりの一瞬にである。

考えてしまうね。
一体全体どうしてと問いかけたい。
なぜ、その仕事を選んで、なぜその向きで。

逆の逆で、戻ってこないで、
とんでもない迷宮に迷い込んでる感じが満載だ。

想像してみてほしい。

ティッシュ配り。突き出された白い腕の先、
白い手のひらにはポケットテッシュが握られている。

しかし、腕と手首にはいくつもリストカットの跡。
生々しいためらい傷が紫色に変色して、痛々しいこと。

ポジティブに何かをやり直そうとしてるのか、
深い心の傷をさらに押し広げようとしているのか。

答えは、本人にさえ分かっていないのだろう。

久々の投稿で、なにこの内容。


中途半端に英語ができるなんて言うと旅先で苦労する。

それがニューヨークだったりすると尚更だ。

英語出来るって言ってたじゃん、全然だめじゃん。

苦い顔で受け流すしかないが、
出来るらしい雰囲気を醸し出してしまった手前、
少しぐらい役に立ちたいという気持ちもある、

そこで、張り切って人を止めて
尋ねごとでもしてみるのだが、
焦りが生じて冷静になれば聞き取れて、
会話らしい会話ができるような状況でも、
相手が何を言ってるのかさっぱり分からず意気消沈。

でもって、
会話は出来ないからと自分に丸投げしてた人間が、
端でそのやり取りを冷静に聞いていて、

A : ○○みたいなこと言ってなかった?
B : ほんと、でも地図見るとそうみたいだね、すごい、A!!
  英語できるじゃーん
私: ・・・   (苦い顔、ひとしきり)


なに、このシチュエーション。

私はこの状況を以下のように例えたい。

英検準一級とか、TOEIC700点レベルで海外、
しかもニューヨークなんかで張り合う覚悟は、

『ペーパードライバーでフリーウェイに乗り込むようなものだ。』

このワンセンテンスの発見が、10年前の自分を慰めてくれる。


今じゃ、
「Fu○kin mother fu○ker」連発の黒人同士の喧嘩も、

「お前の母ちゃんでべそ」と妙な翻訳で瞬時に切り替えられるくらい
にはなったけど、やはり聞き取りは苦手です。


というか、日本語でも、聞き取りは苦手です。
相手の話を聞くという作業が苦手です。

ということは、そもそも言語的な問題ではなく、
自分のコミュニケーション能力に問題があったのではと、
はたと気づく訳ですが、それはまた別の話。

と思いきや、
これは英語教育の低年齢化にかんする意見へと発展するんだけど、

考えのない人間は、英語にしてみたところで考えは増えない。

煮詰まった学級会では、
普段あまり話さないで本ばかり読んでいるB君に意見を求めると、
意外にすんなりと問題が解決したりする。

問題を俯瞰し、必要な知識を集約して、結論を導きだす。
この訓練が出来ていなければいつまでも無駄な議論は繰り返される。

とそこまで難しく考えない英語というのもある訳で、
単純に外人とのコミュニケーションツールとして、

アバクロの店員が発する「ワッツ ゴーイング オン!?」的な
ノリが必要な場合もある訳で、そのノリがないB君は
永遠にアバクロの女の子とは「Mサイズがジャストフィットだけど、
Lサイズで袖まくるのがクール」みたいなどうでも良い会話を展開
できそうなチャンスは巡ってこない訳で、

あれこれチグハグな話をしてきたが、

結論としては、アバクロで横揺れしてる女の子はカワイイ。

これだけ覚えていれば、テストで8割はいけるかな、、、というところ。



別の話。

先日、大学の後輩が青年海外協力隊とやらで、
アフリカのマラウイへ行く旨のメールが来た。

君、マラウィーねーー!!
グッドラック!!と送り返したら、

さんきゅう~でぇす、、、と返信が来た。

この切り返し力があれば、
現地でコミュニケーションに困ることはないだろう。


ノリ、言い換えれば、空気感、
その感度が高い人間はとりあえず楽しそうだ。

見習うこととしよう。

Good luck to everybody !!!!!


茉奈・佳奈のジャンケンがなかなか決まらない夢を見た。

終いには、

「あっち向いてホイ」で決めようってことになって、

それですぐに決着がついたのだが、

そもそもその前のジャンケンはどうなったんだろう、、、

・・・

・・・

と、しばし考えてたら、

すーっと目が覚めた。


悪くない朝だ。



今年も残りわずか。

うまく乗り切れそうな気がしてきた。



最近、言葉の端々に言い間違いがおこる。

意図せずしてなので厄介だ。


今話題のチャン・グンソクの話になって、

「ああ、チャン・グンソクね」

みたいな簡単な相槌をうとうとしたら、

「ああ、チャン・グスタフね」

って言い間違ってしまって、

「チャン・グスタフって何人やねん」

と、コンマ1秒もなく、

辛辣なツッコミをくらってしまった。

悲しい。


俺だって知ってるよ、、、

チャン・グスタフぐらい、、、



『ツリー・オブ・ライフ』を鑑賞。

一人の作家の詩的世界は散文的だけど、
そのベースには普遍的なメッセージがある。

その映像化の最高なようでいて、最悪なケース。

大衆映画の興行にのせるのなら、、
あまり作家性が強く、癖のある映像表現は、
かえって何も伝わらない。

その最たるケース。


父は背中を見せるべきで、
小うるさく威厳をかざすべきではない、
子供の純粋な感性は、
大人の自己矛盾に気づいてしまう。

子供の時に隠気臭い顔した長男は、
立派に辛気臭いショーンペンになって
トラウマをいつまでも
引きずってるわけだけど、

結局、愛は地球を救うのか、

そもそも、

そこに愛はあったのか


てんで方向性のわからないまま、

いわゆる抽象的な映像美のごり押しで

さっぱり意味がわかりましぇん。

ごめんなさい、、と言いたい。

もう許して下さい、と言いたい。

ついでに、僕を開放して下さい、、、


とまあ、、子供たちが感じていた、

父親の束縛、拘束感を、

映画館内に現前したような

映像構成で、

息苦しく、

生々しい、


と勝手な想像は膨らむわけですが、

恐らく、監督の意図の外の話になるでしょう。


であるならば、終わり。



隣の席の30代女子、

ホットドッグ、もう冷めちゃったんじゃない、

ってツッコミ入れたくなるような時間に、

カゴから取り出してモグモグ。

さらに、お口をモグモグ。

間にポップコーンもモグモグ。


その隣は、前半のほとんどを、

高イビキをかいて人の迷惑なんて顧みず

気持ち良さそうに夢の中でございました。

おしまい。



日本の歴史的建造物の改修率は異常。

がっかり率は脱力感で低い。


何百年もの間、

大事に保存されてきた歴史的な

建造物だと思って

解説をちょこっと読むと、、

だいたいどれも昭和初期頃に改修されてて、

もう一体全体どこからどこまでが

ありがたいものなのかカオスになります。


ヨーロッパの石造りの建造物と違い、

日本の木造建築物には長い歴史に

耐えられるだけの強度が足りない。



でも、日本同様、

ヨーロッパの教会なんかで

石も劣化して強度が足りなくなり、

新しいものに部分的に変えられてるのを

見かけるんだけど、、、

ふと思うわけさ、、、、


大切な過去の遺産を

修復しつつ残していこうとすることは

大変素晴らしいんだけど、

そんなことをこの先何百年も、

歴史的に繰り返していったら、

終いには、

オリジナルのものがすべて

なくなってしまって、

カタチだけ残ってるだけで、

何か大切なものが失われいやしないか

なんてね。



分かりにくい例で

分かりやすく説明するけど、

人間の身体は分子から構成されてるんだけど、

その分子はすべて数カ月から半年で

細胞分裂という名の死と再生を繰り返すわけだ。

これは正常な人間なら例外はない。


それを踏まえて、

友人なんかと何年ぶりかにあったりして、

「何も変わってませんね!!」

なんて社交のセリフを発するシーン、

見た目は変わってなくても、

分子レベルでいえば、

最後に会った時の分子は

一つも残っていないわけで、

「何も変わっていませんね!」

と見えても、

「すべて変わってしまっている」

とはだれも思わない所に、

社交の難しさ、自意識の不毛さが

見え隠れして大変よろしい。



Aさん、負傷して足を失った。

Bさんから、足を移植。

Aさん、今度は腕を失って

今度はCさんから、、、、

なんて永遠続けて

心臓や脳まで変えてしまうと、

はたしてAさんはAさんなのか。

という素朴な疑問。


こっちの方が分かりやすくて

脳に優しい例かもしれない。


でも、こっちの脳が疲れてきたので

今日はこれまで。なんか支離滅裂。

今回は意図せずして、、、。



あと、広島弁の女子高生はかわいい。

という発見を後生大事に生きてゆきます。


岩国へ向かう列車の中、

広島弁の女子高生の会話を

語尾を意識しつつ聞いていると、

広島弁ではないが、連想で、

『ホタルの墓』の関西弁も、標準語では

あそこまで受け入れられんじゃったと

思うよってからに、

わけわからんくなってきたけん、

これでおしまいにしようとするかね。

ただ今、広島の夜。

午前中は、原爆追悼記念式典、、正確には、

「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」

なるものに参加、、というか外野から覗くが正確。



会場はまるで花火大会の会場のようで、

会場がよりよく覗けるところを探してたら、

時間は8時15分。

原爆投下のそのタイミングに

みんなは死没者に黙祷を捧げるというから、

変な森の生け垣みたいなとこで取り合えず、

一分間目を閉じた。

そこで歩き続ける程無作法ではない。


一定間隔で打たれる鐘の音、

セミのやかましさが耳に響き、、、

まさに夏の暑い朝が

いつもと同じように始まろうとするその瞬間に

すべてのものを一瞬にして奪ってしまった原爆、、

66年前の8月6日、8時15分に

しばし思いを巡らす。



これ、タッチの和也が亡くなった回でも、

セミがただやかましく鳴く公園の場面があって、、

ただただ切なさだけがこみ上げる、

何このパターン!!な展開。


勝手にやるせない気持ちだけが増幅する。



時間は経過して夜、とうろう流し。

いざ、そのとうろうを流そうとする瞬間まで、

自分は精霊(しょうろう)を流そうとしていた。

やってることは意味合い的にほぼ同じなんだけど、

さだまさしのせいで、勘違い甚だしい展開に。

そういう普段使わない言葉が

いざ使う段になると

微妙に現実に即さないってことよくあります、私

適当なんでしょうね、そういうところ。

根は基本真面目なんですけど。






話は進んで、


今、NHKで、

日本は原爆投下の情報を事前に知っていたなんて、

パールハーバーの逆をいく展開の特集をやってて、

なんともなんとも。



なんか原爆投下の理由とやらが、

これ冗談でもなんでもなくて、

ロシアにすごい武器持ってんだぜって圧力かけたい、

無駄遣いしちゃった原爆開発費の言い訳が欲しい、

大きくこの2点だったんだとさ。


さらに、

科学者の作ったからにはその効果を試したい、

そんな愚かしい好奇心があったのは言うまでもない。


戦争が長期化するよりも、

原爆の方が結果的に死傷者は少なかっただろう、

的な憶測は後付けの言い訳にすぎない。



で、そんなのがやってくると知っていて

何も対策を講じなかった日本って、、、

こんな戦争もあります、、じゃ済まないくらい

人死んでっからね!!!と毒づきたいが、

生憎そういう人に限って警備は厳重だ。


会場から管直人だけ、神隠しにあったみたいに消えた。

谷垣とか普通に列席者席から歩いてきたのに。

何だったんだろう、あれは。



それにしても、改めて思うのは、

いつも国民が犠牲になる世の中だ。

福島がまさに同じ展開、

何も知らされないままどうなることやら。



本当に変えたいのであれば、

政治家に頼るのはもうやめよう。


変えられるのは、

いつだって新しい歴史を希求する国民だ。

これだけは歴史が証明している。


次は、長崎に向かう。



27時間テレビが終わった。


テーマは、

「NO SMILE NO TV」

⇒「笑顔になれなきゃテレビじゃない」らしいけど、


本当に先入観なしでこれを見た瞬間、

「笑えない、テレビいらねぇ」と

今のテレビの置かれた現状をシニカルに

テーマにしてるんだと思って、

瞬きするくらいの間、驚いちゃった。

胸がドキドキじゃなくて、ドキが胸胸よ。

さすがにそんなわけないよね。

でも言いえて妙なのは確か。



ナインティナインは好きなお笑いコンビ。

ラジオもほとんど聴いてる。

ラスト一時間はナイナイのコンビ愛に

涙をグッとこらえなアカンかった。


矢部氏、マラソンに向けて、、、

みたいなインタビューの中で、

岡村さんへの少し気恥ずかしくなるような気持ちを

訥々と言いのけてしまって、

やはり性格が男前なんだなぁと改めて思う。

この人、あまり自分を飾らない。

ローレックスしてベンツ乗ってはいるけど

内面的な部分がいつも等身大で無理がない。

そんなところをビッグハットさんも好きなんだろうな。


そのVTRを受けての岡村さん。

こみ上げる部分があったのだろう、目が真っ赤。

泣いたらアカン、

舐めたらアカンの天道よしみ状態だったけど、

今回は無理だったみたい。


なんせ高校から一緒なんだから、

想像も及ばない苦難を乗り越えてきたのだろう。



それが、本当にとてつもない感じがして、

そのやり取りに少しウルッてしまった。



二人には、

いつまでもいいコンビであって欲しい。














最近、

自分の興味、関心、趣味、嗜好に全くひっかからない音楽が増えた。

多分、触れてないだけで、

音楽に関わらず、本や映画も増えているのだろう。

美術館にある抽象画コーナーなんてのはその最たるもの。

もはや、子供のいたずら書き程度にしか感じられない。


で、自分の感性が絶対というわけではないが、

こんな平凡な感性も揺さぶれない作品を、

これで市場に出していこうって、

最終的に決定して、GOサインを出す

制作者やその周辺っていったい、、、、

と想像を膨らませて、それでも、

どこか少しでもいいところを、、と

大目にみて探してみるのだけど、

やっぱり何も響いてこなくて、

Fu○kと下品な4文字を吐き捨てる自分に

はからずも出会う訳です。

もはや異文化コミュニケーションです。


で、重要で問題なのは、

異文化でもコミュニケーションがとれてればいいのですが、

異文化でコミュニーケーションがとれていないケースです。

異質なものを異質なものとして受け入れるのではなく、

何もしないまま放置、

もしくは一線を引いてしまって理解しようとしないことです。


作者の衝動は、意志は何か、

その周辺の人たちの戦略は、展望は何か。

それらはうまく鑑賞者、消費者に伝わったか。

何がだめだったか、何が足りないか、、、。

足りないのは技術か、才能か、時流を読む力か、

最終的に響くのは、

心ある作品か、お金を生む商品か。




人は、退屈な音楽からでもここまで派生して考えを巡らせ、

自分の生活を改善させるエッセンスとして取り入れることができるのです。


そこに気づいたら、

何も響かない作品たちも浮かばれるというものです。


最後に一言、

君が身をもって教えてくれなければ、

僕は君から何も学ぶことができなかった。ありがとう。


なんだこれ。

なんでもねぇ。


アメリカ西海岸へ一人旅に出た。

[ 20, 06, 2011 ~ 08, 07, 2011 ]

今回の旅も記録に残しておこうと思う。

最初の動機は、
独立記念日の花火を見たいというシンプルなもの。

ニューヨークのハドソン川で大々的にやるのは有名で、
ぜひともアメリカでファイヤーワークを見たい。

それだけだったが、ニューヨークは行ったことあるし、
ニューイヤーカウントダウンでいずれまた必ず行くことになるので、
今回は気持ちを温存して、西海岸を巡るか、、、と。

照準は、ロサンゼルス。決まり。

少し下調べしたら、見たい場所がもろもろ出てきたので列挙。

■サンフランシスコ
・アルカトラズ刑務所
・ゴールデンゲートブリッジ
・ヨセミテ国立公園

■シアトル
・イチロー観戦
・スターバックス一号店

■ラスベガス
・セリーヌディオン
・『O』シルクドソレイユ
・グランドキャ二オン
・モニュメントバレー
・ザイオン国立公園

■ロサンゼルス
・チャイニーズシアター
・市内観光
・ユニバーサルスタジオ
・独立記念日の花火


●サンフランシスコ

太陽の町
日差しが強い、湿度は低い。

だから、、、
日焼けすると皮膚がおばあちゃんみたいになる。

地理的な原因か、
北の方から霧が垂れこめて急に温度が下がる。
数時間で35度から10度くらいまでに。

ゴールデンゲートブリッジをレンタルサイクルで渡る時、
吹き付ける風は凍えそうなくらい冷たいのに、
照りつける日差しは夏のそれで、
いったい俺にどんな対策を!?と小一時間毒づきたかったが、
相手は自然だ。一枚ウインドブレーカーを羽織ればすむ話。

ヨセミテ公園は、山、川、緑、水、岩のオンパレード。

圧倒的な自然の中で、癒されオーラ全開なのだが、
それでどうなの!?と問われたならば、笑うしかない。

ゲイの町、カストロのスタバで居眠り。
歩き疲れてうつらうつらしてると、
マッチョでいやらしい体つきのメンズと目が合う。
なんかいろんな意味でこみ上げてくる。

そそくさとその場を後にする。
その後もつけられてないか後ろを気にする。
さらに、カストロの町を出るまで、気にする。

結局、ホテルに入る前まで気にする。

気にしすぎて、目が合ったときに目つき、
本物の「目つき」が亡霊のように脳裏に蘇り、
しばらく悩まされた。

●シアトル

目的のスタバ一号店は、
平屋のガレージを改装したみたいな店構え。始終行列。

タクシーの運転手に、どこ行ってもスタバがあるねって言ったら、
キノコみたいに増えてるって言ってた。なかなかいい例え。
チップをはずんだ。

イチローは、ストイックだ。とにかくストイックな印象だ。
毎朝カレーを食べているという本当なのか嘘なのかわからない
逸話があるが、イチローなら毎朝カレーを選んでもおかしくない
ストイックさを感じさせる。女性はそこに弱い。

シアトルは夜景がきれい。
見とれながら上を見て歩いてたら、
道路の段差に躓き、激しくこけた。

というか、膝から落ちて、そのまま車道で一回転。

肩からバッグ、一眼レフを下げ、手にはガイドブック。

不自然な受け身しかとれず、
ホテルに帰って鏡で見たら、
腰のあたりにあり得ないくらい大きな痣が広がっていて、
カストロの呪いだと自分に言い聞かせた。

それにしても、一眼レフをアスファルトに強打したが、
無事で良かった。


●ラスベガス

シアトルからソルトレーク経由でラスベガスへ。

ここで荷物の遅延という苦い経験。
カウンターに問い合わせたら、
次の便で来るからホテルに送ると言われ渋々引き下がる。
遅くとも夜9時には届くと確認したのに、
結局届いたのは夜中の2時。

翌朝7時にはレンタカー借りてグランドキャニオンに
繰り出そうって予定だったので、冷や冷やしたが、
かかわったアメリカ人の誰にもこの冷や冷や感は伝わらなかった。

にしても、9時に空港に連絡したら、誰とも連絡が取れず、
夜中の12時に連絡したら、留守録みたいな音声で、
用がある方は朝一でお願いみたいな内容だった時は、
久々に絶望らしい絶望をしたが、
とりあえずベガスの夜をほっつき歩いて夜中に部屋に帰る前、
ダメもとでさっき取り合ってくれたポーターに聞いたら、
親指立てて、荷物届いてるぜ、ミスター○○!!だって。

お前の手がらみたいに言いやがって。
いいとこ取りだなこいつ!!とな内心が安堵のため息。

とりあえず、「グレイト!」って歩調を合わせといた。


車はベンツGLK350。加速はなかなか。
広大なアリゾナの大地に伸びるはてしなく長い一本道。

いい車。格好のドライブコース。
おのずとスピートは上がって最高速度130マイルを記録。
これはこれで見つからなくってよかったんだけど、
帰り道、パトカーに追いかけられる。

もぞもぞしてると銃を探してるとポリスが勘違いして、
撃たれるみたいな噂が頭をよぎり、
おとなしくハンドルに手を添えて待機。

ポリス「何でとめたかわかるか」
自分「スピードオーバー?」
ポリス「わかってるじゃねえぇか、早く免許証出せ」
みたいな会話をぎこちなく展開。

ハーツの免許翻訳サービスで作成した英語の免許証を提示。
しばらくパトカーに戻ってなにやらチェック。

あかんなぁ、罰金かなぁと気をもめてると。

「スローダウン!」の一言でもろもろ返してくれた。

そこで感じたのは、温情と同時に日本人の扱いは面倒?
スピードオーバーしても大丈夫か、俺!?
それがすぐに勘違いだと気付くのに時間はかからなかった。

事実、その後すぐさま15マイルオーバーで
115ドルの違反切符を切られ、
ネットで払うか法廷に支払に行けと言われ、
気持ち的に落ち着かないのと通り道だったので、
法廷で支払をすます。

さらに、その街を出る時、また違反切符を切られ、
戻って同じ法廷に支払に行く。その額165ドル。

結局、その街に入る時と出るときに
違反切符を切られたわけで、、
これはもう通行手形のようなものだと
自分に言い聞かせるしかなく、改めて130マイルの時に
見つからなくて良かったと改心。その後は模範的安全運転。

パトカーと行き違っても、
取り締まれるものなら取り締まってみろよと
完全に上から目線。

それもこれも2度の違反切符があってのことだ。


グランドキャにオンは、まあまあ。

というのも
現地に着く前から似たような景色に入ってしまうので、
馴らされてしまって驚きは半減。

この道中、頭をかすめていたのは、
誰がどこを観光地と決めるかで自分の行動はかわる。

誰かがここ見とけ!?的な決定をした時点で、
そこが旅の目的地となる。それでいいのか。

そこ以外にもそれ以上にすばらしい景色は
いくつもある訳で、はたして、、、、。


ラスベガスに戻ると、気温は42度。湿度がなくても熱い。
ホテルが無駄に大きい理由はそこだ。

もう屋外にいる場所ではない。
それは想定内で、ホテルは噴水のあるベラージオと
ベネチアンリゾートを予約。男一人ではもったいなかった。

女の子でもいれば大喜びしそうな部屋に泊まったが、
結局そんな女性は今後も当分出てきそうになく、
とりあえず男一人でできるホテルライフをエンジョイ。
といっても、無駄に長湯をするくらいのものだけど。

その他、ニューヨークホテルのジェットコースター、
ストラスフィアータワーのフリーフォールと、
落ちそうで落ちない乗り物、ぐるぐる回る乗り物をトライ。

とりあえずやっとけ、俺!的なノリ。

カジノは少ししかやらなかった。マカオで負けるのが分かったので。

そして最後のロサンゼルス。

その前に、今回は待合時間の暇つぶしに、
『空飛ぶタイヤ』上下巻をもってったんだけど、
これが最高に面白く、待ち時間を充実した時間に変えてくれた。
ありがとう、池井戸潤!!

さて、ロスだが、

チャイニーズシアター、微妙。
ビバリーヒルズ、微妙。
独立記念日の花火、微妙。

その他もろもろ、微妙。

バス移動、微妙。

ホテル、微妙。

夜景、微妙。

概して、微妙。


収穫は、ロジャーダンゴルフショップで、
大きめなゴルフシューズを2足ゲット。

サイズは29なので、11かなと思ってたら、
結局買ったのは、12.5のワイドと、13だった。

絶対に日本ではお目にかかれないなぁ。

あと、この旅で
自分より背の高い人を一人しか見なかった。

どうなの、アメリカ!?

それはまあどうでもよい話。


旅は難しい。

果てしない自問自答の中で、
いつも新しい自分を探している。

そして、
そんな自分につき合ってくれる相手もあっていいと思うのだが、
いざ一緒に旅に出るとなったらなったらで面倒になってしまって、
逃げるように一人でどこかへ行ってしまうのだろう。

故に、
果てしなく自分を探しているようで、
同時に果てしなく自分から逃げている側面もあり、

一体全体考えたらきりがないので、小休止。

答えが出る頃には、おじいちゃん。

答えが出るまでの旅だ。続けるしかない。


最後に、

この旅を可能にしたもろもろの環境に感謝する。