創造と破壊のパラドックス~ストレスのない生き方研究 -4ページ目

創造と破壊のパラドックス~ストレスのない生き方研究

30代で無職、借金200万、うつ病、過食症という地獄から抜け出した筆者の手記
哲学・心理学・禅
健康管理
政治経済・安全保障

突然だが、あなたは口下手だろうか?

それならば安心していい。口下手、むしろコミュ障なぐらいのほうがおしゃべりよりも話し上手になる才能がある。

 

人はあなたが思っているほどあなたの話を聞きたいとは思っていない。

というか、相手は自分の話をしたくてしたくてたまらないので、あなたが長々と話せば話すほどしらける。

逆の立場で考えてみればよくわかるだろう。

もちろん、相手の大きな利益になるような情報を持っているなら話は別だが、なかなかそういうことはないであろう。

会話中は聞き手に回って、あなたが自分のことを話せないストレスは会話が終わってから別のことで発散すればいい。

 

では、大事な4つの習慣について解説していこう。

 

 

相づちに命をかけろ

 

相づちの世界は単純だがは奥が深い。 私は長年の訓練で相手の話を一切聞いていなくても会話が成立するスキルを習得した。

いわゆる話し上手は聞き上手ということだ。

まあ、会話が成立するといっても相手が一方的に話していることに適切な相づちを打っているだけなのだがこれができるようになると非常に楽になる。

特に、女性からの悩み相談は相づちだけでいい。

というか、悩みを話したい女性にアドバイスなんかしても嫌われるだけだ。

 

じゃあ具体的にどうすればいいの?という方にはこちらのサイトを参考にしてもらうといいだろう。

あいづち上手は聞き上手!人に好かれるあいづち方法

 

自分から会話を盛り上げる、いわゆるリーディングは難易度がやや高い上に話しすぎると嫌われるので無難に聞きに徹しよう。

 

 

相手の関心に興味を持つ

 

話相手の好みは把握しているだろうか?

そうでないなら今日から即改めたほうがいい。

自分の好きな話をされて悪い気がする人間はいない。

これは事前のリサーチだけでなく慣れてくると会話の最中でも相手の反応でわかるようになってくるのでぜひとも相手の表情から感情を読み取る訓練をしてみてほしい。

 

この書籍がとても読みやすく参考になるだろう。

 

 

 

 

イエスといわせる

心理学の技法にイエスセットといわれるのもがある。

要するに「相手にイエスと言わせる質問だけ投げかける」というものだ。

これは、映画鑑賞で例えるならば「この映画どうだった?」というような答えが無限にあるようなオープンな質問ではなく、「この映画面白かったね」というようなYES/NOで答える質問だけおこない、かつYESと答えるのがわかっている質問だけするのだ。

実はたとえに出した「この映画面白かったね」はイエスセットとしてはよろしくない。

なぜなら、「あまり面白くなかった」と言われればおしまいだからだ。

そのためには、相手の映画鑑賞中の反応をよく見ておかねばならず、自分が映画に集中できないという悪循環も生じるのでやはりもっと楽な「今日は天気がいいね」とかから入るのがベターだ。

もちろん曇りや雨の日に天気がいいなんて言ってもイエスが返ってくるわけがないので、そこはよくよく練習してほしい。

 

目ではなく口を見る

「目を見て話せ」とは会話の技法では必ず出てくるものであるが、基本であっても難易度が少し高い。

また、面接の本などではネクタイを見て話せとよく出るが、これも相手の表情が分からないので会話の方向性や相手の温度感をつかみにくいし私服での会話に使いにくい。

そこで提案したいのが「口を見る」だ。

口は意外とものをいう。まあ言葉を話す器官なので当たり前なのだが相手の口を見ながら話していると意外なほど相手の感情が見えてくる。

しかも、相手の顔をちゃんと見ているので好感度も悪くない。

目を見て話せないのであれば、一度口に注目してみてはどうだろうか。

 

最後に

 

人は利益で動いている。

相手の利益を考える人も多少はいるが、基本的には自分のことに精一杯で他人の利益を考えられる人はそう多くない。

相手の利益を少しでも考えて行動できるようになるだけで、他の大勢の人間を一歩リードできるのである。

この原理原則を利用して、ぜひとも「ひとたらし」になっていただきたいものである。

 

 

 

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向かいから美男美女のカップルが仲良く歩いてくる
SNSで高そうなお店の写真がアップされている
友人の結婚式で…
もういいかな。

貧相なマインドだと、ついつい嫉妬して爆発しろなんて叫んでしまいそうなシチュエーションである。

爆発しているのはあなたの思考なのだが。

批判的なイメージを重ねるから、その「場」がネガティブで染まるのだ。

彼、彼女は自分の代わりに幸せになってくれていると思えばいい。

自分はただ、それを見ているだけだ。

実際、そうでしかない。


そうであれば、その場には喜びしかなくなる。

 

 

 

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手が、行動が鈍るまたは止まる時は大抵思考が回る時である。

思考というか、ムダな思考だ。

あなたの手を止めるのは不安な未来だ。
思考は過去の悲惨だった記憶を参照してそれを元に未来を想定するのであり、これは根拠があるように見えて実は根拠はない。
記憶(事実)は一つだが、解釈は無限にできるからだ。
あの時は最悪だったと思えばクソみたいな記憶になるし、辛かったが学ぶことができたと思えば前を向く事ができる。
記憶なんてものはそんないい加減なものだ。
支配される時間がもったいない。


記憶も手を止める。

あの時こうだったから自分にはこれはできないかもしれない

こんなことを心の奥の方でボソボソ言ってるから何をやっても三日坊主で終わるのだ。
思考で対処しようとしてもムダだよ?
エゴの中でグルグルと堂々巡りをするだけで、余計に手が進まなくなる。

つべこべ言わずに手を動かせという人も多いが、私はやはり思考を落とすことが一番の近道だと思う。
エゴの堂々巡りをそっくりそのまま捨ててしまえばいい。

瞑想するのが手っ取り早くて良い。
過去の記事で基本的な考え方を記したので、是非参考にしてもらいたい。
本質を掴めば、座禅でもヨガでも楽しんでやればいい。

ちなみにうつ病というのは、この堂々巡りと身体症状の複合であると私は考えている。

私は過去に長年精神を病んだ経験があり、エゴの支配から抜け出して思考の堂々巡りを捨て去っても、身体症状はしばらく続いたからだ。

思考の堂々巡りと身体症状は繋がっているように思えるが実は関係がないのだ。

エゴの支配から抜けると、行動が出来るようになる。
答えはいつもシンプルなもので、それに気がつくと悩むのがバカらしくなるものである。

 

 

 

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