いつもご訪問ありがとうございます![]()
ハッピーです![]()
長らく会えていない学生時代の友人と
先日、久しぶりに電話で話をしました。
昔はなかったLINE無料通話![]()
ホントにありがたい![]()
会話の中でお互いに
「それあるよね~」となったのが
誰かの期待に応えられないとき凹むこと
それもかなりの凹み具合![]()
これまでの人生で何度経験したことか💦
友人との電話のあと、その奥にあるものが
じわじわと見えて来ました。
期待に応えられず、落胆した思いの他に
表面上認識出来ている思いは
「相手も落胆させてしまい申し訳ない」
「本当は出来たはずなのに」
「次回こそは、ちゃんとやろう」などと
起こった出来事を
そのまま受け入れてないうえに
若干の自己否定あり(-_-;)
すんなり受け入れられるのは
「期待に応えられたときの自分」だけ
上記のように思っても
すぐに切り替えが出来ればよいですが
繰り返し同じようなことが起こったり
落胆が激しく引きずる場合
隠れているもの
「相手の期待に応えること」
「誰かの役に立つこと」で
得ようとしているものは何か![]()
それは紛れもなく「承認」
そして両方とも「他人軸」
エゴが大好きなやつ![]()
我々は意識的にも無意識的にも
承認というエネルギーを
求めている
これを改めて認めます。
そして「期待に応える」「役に立つ」は
三次元の世界では
とても良いことのように
刷り込まれていますが
意識の世界から見れば
相手からエネルギーを奪うこともある
期待に応えられず
落胆の度合いが大きいほど
存在価値(承認)を求めていた!
エネルギー不足分を埋めるために!
自分がやってあげてるつもりが
実は自分がエネルギーをもらおうとしていたなんて
エゴは認めたくな~い(^_^;)
自分で自分を満たせているなら
相手からの承認を得るために
「役に立とう」「期待に応えよう」と
先回りする心の動きもないし
世界の循環の中、様々な形の
エネルギー交換があることを
理解しているならば
期待に応えられなかったときに
それほど大きな落胆はないでしょう
承認のエネルギーを
自分以外から得ようとするのではなく
気がつけば、何らかの行動の副産物として
「役に立っていた」「期待に応えていた」
となるのが自然で理想である
ただ
「役に立つ」「期待に応える」の形も様々で
従来の三次元世界のものさし以外の
「役に立つ」「期待に応える」形もある
また偏りを認識するために
「役に立つ」「期待に応える」という
経験をすればするほど、その反対の
「役に立たない」「期待に応えられない」も
同じように経験する場合があることを
頭の片隅に入れておきたい
ですので
期待に応えられず落胆が激しい場合
「自分のエネルギー不足のお知らせ」
もしくは「偏りのお知らせ」と
捉えられると良いと思います。
とわかったように書いている私ですが
つい最近、良かれと思って
お手伝い計画を立てていたら
天気や相手の都合で悉く計画倒れ
笑
この良かれの部分に相手からの承認を
得ようとしていた動きがあったことを
計画倒れになったことで気付きました![]()
友人との会話と
計画がチャラになったことから
エゴが手放したくない
「役に立っている自分」を
再認識することが出来たので
誰かの承認で自分を満たしてばかりではなく
自分のエネルギー不足は自分で満たそう![]()
とまた新たに思えました![]()













