岩崎弥太郎 

言わずと知れた三菱の創業者である。


NHK大河ドラマ「龍馬伝」では、強烈な印象を放っている。


なんでも三菱側からあまりにデフォルメされた人物像に

クレームがあるらしい。


幕末・・岩崎弥太郎

明治・・岩崎弥之助(弥太郎の実弟)

大正・・岩崎久弥(弥太郎の実子)

昭和・・岩崎小弥太(弥之助実子)


三菱4代の歴史は面白い。


三菱の変遷は以下のとおり。


土佐商会

   土佐藩の貿易組織                     

   海援隊と改称した亀山社中は土佐藩に帰属

   土佐商会から給与を支払う。

 ↓

大阪商会

   明治維新により土佐商会を閉鎖

 ↓

九十九商会に改称

   土佐藩士の互助会的性格をもつ

 ↓

三川商会と改称

   代表者の、川田・石川・中川の川に由来する

 ↓

三菱商会と改称

   スリーダイヤモンドは、岩崎家の家紋(三階菱)と土佐藩

   山之内家の家紋(三つ柏)を融合して作ったもの。


【今日の万葉集】

きのふ   きみ        おも      はままつ うへ  くも

昨日こそ 君はありしか 思はぬに 浜松の上に 雲にたなびく

               大伴三中

<一首の意>

昨日こそは まだ君はこの世に生きていた 思いもしないのに
今は浜松の上に雲となってたなびいている


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「葬式は、要らない」 島田裕巳/著 より


仏教式の葬式が開拓されたのは、道元が開いた鎌倉新仏教の曹洞宗

においてである。


曹洞宗の第四組となった瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)は、宗派の経済的

基盤を確立する必要もあり、密教的な加持祈祷や祭礼を取り入れていく。


密教の影響で加持祈祷が死者への供養にも用いられるようになった。


こうして葬式と仏教の結び付きは、葬式を華美で贅沢なものにする

きっかけを与えた。


もし葬式が、最初から神道と結びついていたら、それは質素なものに

とどまっていただろう。


【今日の万葉集】

わ      はぎはなさ    み き       ふつか        ち

我がやどの萩花咲けり 見に来ませ いま二日だみあらば散りなむ

                     巫部麻蘇娘子

<一首の意>

わが家の庭の萩が 花をいっぱい咲かせました
ぜひ見にいらっしゃい もう二日ほどしたら 散ってしまいましょう


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「岩崎弥太郎と三菱四代」 河合敦/著 幻冬舎新書 を読んでいる。

面白い♪


NHKの龍馬伝も佳境に入ってきた。

前々回の放送で、財閥となった岩崎弥太郎の回想シーン。

三菱の相談役に納まったトーマスグラバーが岩崎弥太郎に

そっと耳打ちするシーン。


「高島炭鉱の業績も上がっています・・」と。


そうなんです。

何度もブログに書いていますが、私の生まれ故郷、長崎県西彼杵郡

高島町のことです。


グラバーは明治維新の裏方としての立役者ですが、明治政府になって武器が

売れなくなったことや各藩に貸していた金の回収ができず破綻してしまいます。


しかし、幕末に鍋島藩と共同で高島の石炭の採掘をし、維新後明治政府により

官営化されたあとも所長として納まったが、その後三菱に払い下げられた際に

三菱の相談役になりました。


のちに日本人と結婚し東京へ移住し、勲章も授与されています。


高島にも島で一番眺めが良いところにきれいな松林にかこまれた

グラーバーの休憩所みたいなところがあります。思い出すな~


【今日の万葉集】

かぜ    こふ        かぜ     こ      ま     なに   なげ

風をだに 恋ふるはともし 風をだに 来むとし待たば 何か嘆かむ

                        鏡王女

<一首の意>

ああ風よ 風にさえ 恋心を揺らすあなたの なんと うらやましいこと
風の動きにさえ 「あの方が来たのかしら」と待つのでしたら
なにも嘆くことなどないのに


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