初めはシンボルを拝んでいたのが、具体的な形をもった理由の話です。


ブッタという人は理想的人間であっても、もともとは人間で神ではありません。

その人間の理想的な姿を表したいと考えたのでしょう。


その流れによって仏像が造られました。


ブッタはもともと人間ですから理想の人を拝むということは至極もっともで

、人間を離れた超越的な存在の像を造るというのはぐあいが悪いが、

もともと人間であったブッタを拝む、そしていかなる人でも内に仏となりうる

可能性を秘めている、これを仏性といいます。

(仏となりうる性質、可能性)


昔からの言葉に、「一切衆生、悉有仏性」(いっさいしゅうじょう、しつゆう

ぶっしょう)という偉い人はもちろんのこ、どんな劣った人、悪人でも奥には

仏となりうる可能性があるといいます。


                       -つづくー

【今日の万葉集】

さくらだ たず な わた  あゆちがた  しおひ      たずな わた

桜田へ 鶴鳴き渡る 年魚市潟 潮干にけらし 鶴鳴き渡る
                   高市黒人

<一首の意>

桜田の方へ鶴が鳴きながら飛び渡って行く。年魚市潟(あゆちがた)では潮が

引いたらしい鶴が鳴きながら飛び渡って行く。


※旅の歌人「高市黒人(タケチノクロヒト)」の歌です。”鶴鳴き渡る”を二度繰り返して

 歌にリズムを作ってますね。


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民衆の寄進で成り立っていた仏教は、王様援助を受け、また当時の富豪が

現金を寄進するなどして、仏教教団は大きな寺院を建て大きな殿堂のような

ところに暮らし、毎日の生活に苦労がなく好きなことができるようになると、

僧侶たちの心が次第に民衆から離れていきました。


そんななはこのままでよいのかという内部の反省、あるいは外部からの批判

が起こってきました、大寺院に住む僧侶たちは、人々のことを考えない、利己

的であるという声が次第に高まってきました。


そこで、民衆の間から新たに起こってきたのが大乗仏教です。


一種の宗教改革でした。


                     -つづくー


【今日の万葉集】

くれない          つるはみ      きぬ       し

紅は うつろふものそ 橡の なれにし衣に なほ及かめやも

                           大伴家持

<一首の意>

鮮やかで目立つが紅花で染めたものは色がさめるものだぞ
どんぐり(の煮汁)染めの着なれた衣に やはり及ぶだろうか かなわないものさ


※国司として越中の単身赴任中の大伴家持が、浮気を止めない部下を色に

 たとえて諌めたうたです。浮かれてて調子に乗るなよと!


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昨日は数珠とロザリオの話の途中まででした。


西洋のカトリック教徒のロザリオが、インドの影響を受けている理由は

古い時代に西洋ではこういった数珠はなかったからです。


なぜ「ロザリオ」というのか。


インドで数珠のことを「ジャパマーラー」というそうです。


「ジャパ」とは、念じ唱えること。

「マーラー」とは輪のことです。


念誦の輪という意味です。


ローマ人なりアラビア人なり西の方の人がこれを聞いたとき、最初の

部分を「ジャパー」と聞きました。


短い音と長い音との区分がはっきりしないためです。


「ジャパー」とはバラのことだそうです。

そこでバラの輪と解せられ、ラテン語で「ロザニウム」、ポルトガル語で

「ロザリオ」、ドイツ語で「ローゼンクランツ」と呼ばれました。


こうしてインドを起源にして、東西に「数珠を使って念ずる」という習俗が

及びました。


                        -もうすこし つづくー


【今日の万葉集】

あたい たから       いとつき  にご さけ 

価なき 宝といふとも 一坏の 濁れる酒に あにまさめやも

                      大伴旅人

<一首の意>

値のつけようがないほど貴い宝といっても 一杯の濁り酒にどうして勝ろうか


※でました!私の愛すべき歌人「大伴旅人」。旅人が詠んだ讃酒歌の一首です。

 旅人の酒を愛する気持ちが伝わります。(わたしも同感です♪)


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