釈迦如来
「王舎城の金持ちスバトラは、妊娠している妻をつれて釈尊のもとへ行き
胎内にいる子供は、男と女のどちらかを尋ねた。釈尊は男の子が生まれ
その子は家を輝かせ、神のような力を持ち、あとに出家して最高の悟りの
境地に達するであろう、と答えた。
ところが異教の修行者は、それを聞いて釈尊をねたみ、釈尊のことばを
ねじまげて、家を輝かすということは生まれたとたん家を燃やすことであり、
出家するというのは、食べ物も着物もないのだから出家するよりほかは
しかたがないことということであると述べた。
これを聞いたスバトラは、妻に堕胎薬をのませたり、母胎を踏んだりした。
そしてとうとう出産当日に陣痛で苦しむ妻のおなかを踏みつけて殺して
しまい、死体を墓地に運んで行った。
彼の妻を焼こうとするシータヴァナ墓地に釈尊も出かけてゆき。笑みを
浮かべて様子を眺めていた。
スバトラは妻を薪の上にのせ火をつけた。
すっかり彼女の身体が焼けてしまったのに、おなかのあたりだけは焼け
残ったのである。
やがて母胎がさけ、中から容姿優れたかわいい子供が出てきた。
それを見ていた多くの人々の驚きはたとえようもなかった。
-ジュヨーティシュカの物語 つづくー
※日本の「今昔物語」の天竺編の中でも伝えられています
【今日の万葉集】
こ い こ とき
来むと言ふも 来ぬ時あるを
こ い こ ま こ い
来じと言ふを 来むとは待たじ来じと言ふものを
大伴坂上郎女
<一首の意>
あなたは「来よう」と言っても来ない時があるのですもの・・・・
「来ない」と言うのを それでもひょっとしたら「来られるかもなどと
頼みに思って待つことなどやめておきましょう
「来ない」と言っているのですもの・・・・・
※恋多き女流歌人の大伴坂上郎女です。
かわいいおんなごころを大人の女性の気持でうたっています。
待っているお相手は結局来たのでしょうか・・?
昨年暮れに実父が亡くなり、人の「死」というものを改めて
考えさせられている今日この頃です。
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