薬師如来
興福寺に現存している山田寺の仏頭も薬師如来ではないかともいわれて
いるが、これも685年、天武天皇の時代に造立されている。
また薬師寺建立は、天武天皇によって、皇后の病気平癒祈願のために
発願されたが、金堂の薬師三尊像は、718年に造られている。
この時代以後、薬師信仰が広まり、奈良の各寺院に安置されるようになった。
奈良時代の仏像は、頭髪は螺髪で、飾りはつけず、結跏趺坐している姿が
古い形式の属している。
右手は胸に挙げ、掌をこちらに向け、左腕を膝の上において、掌を上に
向けている、釈迦如来像と同じ通仏相に印相をしている。
すなわち与願、施無畏の相である。
一方でまた立像も見られる。
平安初期以後の薬師信仰は、天台密教とともに各地へ広がった。
そして平安時代以後の薬師如来像は、右手を胸前に挙げ、掌をこちらに
向け、左手を膝上において薬壺を持つようになった。
これは、不空訳とされる「薬師如来念誦儀軌」が入ってきたためとされる。
【今日の万葉集】
いも あ ひさ にぎしがわ きよ せ みなうらは
妹に逢はず 久しくなりぬ 饒石川 清き瀬ごとに 水占延へてな
大伴家持
<一首の意>
妻に会わないでだいぶ経ってしまった
にぎし川の清らかな瀬ごとに 水占いをしよう
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