朝晩の通勤電車もすっかり人が少なくなりました。


大手の会社は先週から休みだし、中小もこの景気では

例年より長い夏休みにするところもあるでしょう。


今週末は里子ちゃんたちがまた泊まりに来ます。


もう夏休みでその間中一緒に過ごしたいのですが、なにせ

次男坊が大学受験勉強中とあっては障りがありますので、

かわいそうですが今月は今週と来週の週末だけです。


かねて取りかかっていた「地蔵菩薩」が完成しました♪


ドンSR(社会保労務士)の一筆啓上-地蔵8


仏像も3体目となると、彫刻刀の扱いも練れてきました。

今回の自慢は顔。とくに目鼻と耳です(^_-)-☆



ドンSR(社会保労務士)の一筆啓上-地蔵2


ドンSR(社会保労務士)の一筆啓上-地蔵4

昨年末に亡くなった父の新盆に間にあって良かった。


【今日の万葉集】

こひくさ ちからぐるま ななくるま つ こ    わ こころ

恋草を 力車に 七車 積みて恋ふらく 我が心から

                  広河女王

<一首の意>

この恋を草にたとえるなら、刈草を力車七つ分積むほど恋しいことだ

そんなに苦しい思いをするのも、ほかならぬ自分の心ゆえなのだ。


MY HP・・・・http://www.4693.jp


高杉晋作はかっこいいなァ~


NHKの大河ドラマでやらないかなァ。

坂本竜馬もいいけど、散々やってるしなァ。


でも晋作は、超女好きだったので、NHKは無理か・・


で、昨日の続きです。


 「演繹法」

 帰納法と並ぶ論理展開の基本です。


 ① 人間はみな死ぬ

 ③ 高杉晋作は人間である

 ③ 高杉晋作は死ぬ

   「おもしろき こともなき世を おもしろく」←晋作

   「すみなすものは 心なりけり」←望東尼(もとに)

  ※晋作が死の床で上の句を読んだが、苦しくあとが

   続かない・・そこで望東尼が下の句をつけた。

  が今、演繹法とは関係ない。


① 大前提

② 小前提

③ 結論


大前提と小前提が正しいなら、必ず結論は正しくなるのが

演繹法のロジックです。


しかし、①の大前提をどうやって導き出したが問題と

なることがある。この結果「論理的には正しいが、結論は

正しくない」という、禅問答のようなことが起きうる。


①ファーストフード店は駅前など好立地が成功の条件である

②モスバーガーは住宅街などに出店している

③モスバーガーは成功しない


一見正しそうだが、必ずしもそうではないという反証があれば

崩れてしまう。


演繹法は、「大前提→小前提」が分かった時点で結論を導き

出すことに使うと、誰もが分かっている結論に至ってしまい

結論が新しい価値を持たない場合が多い。


しかし、①の部分が空白のロジックを作り、最初の大前提

がどのようなものなのかを考えるために使うと価値が出てきます。


【今日は万葉集やるよ】

    わ こひぢから しる あつ くう もう ごい かがふり

このころの 我が恋力 記し集め 功に申さば 五位の冠

                     不詳

<一首の意>

最近の私の“恋力”を書き連ねて功績として申請したら、五位がもらえる


MY HP・・・http://www.4693.jp






  

毎日暑い。

猛暑の最中、暑苦しい話を。


今、大好きな司馬遼太郎先生の「世に棲む日日」を読んでいます。


幕末、長州藩 高杉晋作が題材。


高杉晋作は「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し」で分かるように

極めて直感的な人で、同時代の久坂玄瑞や中岡慎太郎ら論客とは

対極にいる人でした。


晋作は人と議論することはあまりせず(苦手で)、自分の意見に同調

しない場合は、それ以上説得せずあっさりと諦めてしまいました。


司馬遼太郎先生が言うには、晋作は天才で将来の絵(風景)が見えすぎ

たため、自分と同じ絵が見えない者は阿呆に見えたのだろうとのこと。


で、ディベートするために論理的に物事を考えるとは・・

早速本を買い込んで読んでます。


論理的思考の方法は、いくつかあって伝統的な論理思考法に

「帰納法」「演繹法」「弁証法」があります。


まず「帰納法」

帰納法の論理構造は、実例を何件もあげ、その実例に共通する命題(意見)は

正しい、と結論づけるものです。


例えば、

 高杉晋作は死んだ。

 久坂玄瑞は死んだ。

 中岡慎太郎は死んだ。

 ↓

 <推論>よって、「人間は必ず死ぬ」


帰納法での推論は、多くの実例から予想される結論を導きだしているに過ぎない

のであくまで”推論”に過ぎない。


「おそらく・・・という命題は正しいだろう」と言う以上の結論を導き出すことは難しい。


そのため帰納法では、「蓋然性」という概念が必要になってくる。

蓋然性とは「正しさの度合い」。


帰納法では蓋然性の高い推論(結論)が導き出せれば、論理的に正しい議論が

できる。


しかし、先ほどの例で<推論>が幕末の志士は明治という時代を見ずに必ず死ぬ。

となると、一つの反証によって崩壊してしまう。


ということは、帰納法による論理展開は、発言者と受け手の間にある暗黙の了解

によって支えられている。

逆に言えば、帰納法による論理展開では、発言者と受け手の間で納得感があれば

たとえ別の受け手との間で納得感がないとされているものでも、妥当性があると

判断される。


う~ん 暑苦しい・・

今日の万葉集はお休みします。                   つづく