宗主国民として考えること | Long Goodbye 1981

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日々思ったことをひっそりと

原発問題を構造的な問題と捉えるために、重要となるであろう「問い」が示されている記事を、勝手にですが2つほど紹介したいと思います。

http://pub.ne.jp/foxydog/?cat_id=143724


↑こちらは、福島県で教師をしている方が、数日前、地元・福島で行ったクラス会で、現在は首都圏に住む元級友たちと交わした会話から後に考えたことを綴ったブログです。

ここには非常にデリケートで、且つ根本的な問題が述べられています。

つまり「原発施設の反対派が「転向」していく理由が郷土愛だ、という逆説」があるという現実について、宗主国民である我々は何を考えていくべきかという問題です。

これは原発が無い社会を目指すためには、避けて通れない問題であることは間違いありません。

上のブログの「問い」に対して、私のような不勉強者が現状で答えを出すことは到底出来ませんが、ここに原発問題の根本的部分があるといえることは間違いないでしょう。


もう一つ紹介したいのは、既にご存知の方も多いかもしれませんが、社会学者・宮台真司さんが、去年の5月代々木で行われたデモに参加された際のスピーチを一部手直しして文書化した↓の記事です。

http://www.miyadai.com/index.php?itemid=966


去年5月のスピーチということは、一年以上前の発言の文書化ということになりますが、氏が問題とした構造は今なお、というか今こそ目を向けるべき問題だと思います。

つまり〈原発をやめる〉ことより〈原発をやめられない社会をやめる〉ことが大切だということ。

そのためには、私たち一人一人はどうしたら良いかという戦略的な部分に対して大きなヒントが書かれています。

そして、一つ目に紹介したブログのいわゆる「植民地化問題」に対しても、重要なヒントが示されているのではないでしょうか。つまり“新しい認知的整合性を提供する”ことの可能性。


どちらも是非一読を!!