読了。
著者は、視覚心理学がご専門の九州大学名誉教授の三浦佳世氏である。
今まで、単に「綺麗だな」とか、「不気味だな」とか、そう思って鑑賞していた作品も「視覚心理学」によると、そう見えるのか!と目からうろこの1冊であった。
視覚心理学が明かす名画の秘密 (著)三浦佳世
「キリコの「どこか変」なわけ」というタイトルで、ジョルジョ・デ・キリコの『街の神秘と憂鬱』が解説されていた。(太字は本書からの引用である)
私は、この絵画を朝日新聞1985年7月14日の日曜版「世界名画の旅」で知り(『街角の神秘と憂うつ』というタイトルで紹介されていた、実はまだ紙面の切り抜きを持っている!)、ずっと実物を見たいと思っているが、いまだに実現していない。
本書では、
「強い陽射しが濃い影をつくる白昼、人気のない町中を、輪を回しながら左から右へと駆けていく少女。その先に待ち構える黒い影は大男だろうか?それとも彼の絵にしばしば描かれる広場の彫像だろうか?」という文から始まっている。
この黒い影は、朝日新聞の「世界名画の旅」では「像が立っているらしい」と書かれていた。なにせ影だけしか描かれていないのだ。
「心理学者のケリー・L・ジョンソンたちは、男性か女性が判断の難しいシルエットは男性だと判断されがちだという論文を(中略)発表している」
これは驚いた。私もこの影は男性の像のものだと思っていたのだ。
本書には、その論文の内容や著者の経験、さらにそのジョンソンらの研究をさらに発展させたという日本の研究も紹介され、大変興味深い。
キリコの作品の「「どこか変」な印象は、一点に収斂しない透視図法にあると、美術の本などでは常に指摘されてきた」が、フェルメールの「ミルクを注ぐ女」などを例にして、「キリコの絵の違和感に関して、線遠近法の違反だけで説明することは難しい」としている。
そこで著者は、「彼の描いた街の不可思議な景観は、影の方向、つまり光源の位置にも由来しているのではないだろうか」という。
著者によると、西洋絵画は光源が左上に設定されていることが多いが、「キリコの絵では、影は常に左に伸びている。光源が右上に設定されているからだ」。
なるほど。
このほか、本城直季の写真が風景を実写しているのに模型を撮影しているように見えるのはなぜか、ジャクソン・ボロックの絵画についての「フラクタル解析」など、大変興味深く読んだ。
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5月18日のブログで塩ラーメンを食べたことを書いたが、渋谷のラーメンのランキングで1位だった「はやし」というお店も大変気になっており、本日訪れた。
なんと長い列ができていた…大変な人気店だったのだ。
メニューは3つのみで、私は「らーめん」
同行者は「味玉らーめん」
まず、一口食べて、素直に美味しいと思った。
スープの旨味が大変強い。
豚骨、鶏がら、魚介系らしい。
具の一つ一つが美味しい。ネギまで美味しかった。
同行者から「味玉」を1つもらって、こちらも大変美味しかった。絶妙な火加減で茹でたんだろうなあという柔らかさ。
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お腹いっぱいになり、次に向かったのが…。
南青山の「寺田美術」というギャラリーである。
「江波冨士子 小西潮 二人展」
茶器やお茶碗が多く、目の保養をさせていただいた。
江波氏、小西氏ともに在廊されていたが、お客さんが多くいらっしゃったため、
ご挨拶しかできなかったが、お二人とも和装で素敵だった。
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帰宅し、昨日「京都航空便」で求めた「鍵善良房」の「鍵もち」を。
うーん。やっぱり美味しい!
口の中で味が変化するというか、噛めば噛むほど変化するというか。
ああ、理屈はいいのだ、美味しかった。
堀宏治氏の四角盆、村瀬治兵衛氏の沢栗のお皿、藤田佳三氏の紅安南小湯呑。



