2000年代に入り数年にわたり毎年、ドイツ、オーストリアやベルギーの美術館を象徴派や表現主義の絵を見に何度も出かけた時期があった。思い出してみれば、その前にも、1980年代後半ロンドンにいた際も、土日にはImperial War MuseumやImperial Army Museumにも何度か出かけていたのだ。というわけで、戦争画というジャンルには関心があったのだろう。

 

ただこのジャンルの解説本などに手を出すことはなかった。本書は岩波新書ということもあり、若干の抵抗感もあったが、じっくり読んでみた。本書に収められている写真はカラーだが、新書版というサイズの拘束もあり、やはり小さすぎる。実際には、インターネットで当該作品を検索しながらの読書となった。

 

本書の射程は長い。戦争美術の始まりは紀元前までたどられているのだ。限られたスペースの中で、どの時代も丁寧に扱われている。とはいえ、戦争美術の中で一つの分水嶺をなしているのが、第一次世界大戦だろう。本書でも、この無目的ともいえる殺戮が繰り広げた戦争画というジャンルに与えた影響が強調されている。第一次大戦という革命的な戦争の出現は、その前に潮流として表れていたモダニズムの流れと交錯することに戦争画という媒体の変貌に大きな影響を与えたというわけだ。一方で、社会主義リアリズムについては限られたスペースしか割かれていないというのは、プロパガンダ以上の芸術的な価値がそこには見いだせないということなのだろう。

 

本書の肝は、第V章と第VI章、ドイツと日本の戦争画を取り扱った部分だろう。著者が、日本の戦争画に与える高い評価(「戦争画展を通して美術と人々との距離は非常に近づいた。...日本中の人々に深い感動と精神的な糧を与える至高の芸術として輝いていたのである。」)は意外だった。後者については、ここにきて徐々に展示が始められているが、前者についてはその全貌も実態もほとんど知られていないとのこと。わても、最小限の知識しかない。

 

 

本書の結語は、「卓抜な美術表現によって、個別の戦争を通して戦争の本質を表し、さらに、世界のあり方について、また人間の生と死について考えさせる。戦争画は雄弁である。作者の意図はどうであれ、それこそがイデオロギーや言説に還元されず、正邪や倫理に回収されない美術の力といってよい。」

 

今後は戦争の形態は大きな変貌を遂げる。ドローンやサイバー攻撃が大きな役割を果たす中で、戦争画はどのような運命をたどることになるのだろうか。