米国でベストセラーになっているというので読んでみた。たしかにそうそうたる著名人(Walter Isaacson, Niall Ferguson, Jamie Damon, James Mattis)が推薦文を書いている。そして共著だが、両者ともにPalantirというAIの会社の経営者らしい。このPalantirという会社はこれまで寡聞にして知らなかったが、サーチしてみると、米軍や情報機関にAIの技術を提供している、知る人ぞ知る「悪名高い」会社らしい。
さてAIの会社の経営者によりどんな議論が展開されているのだろう。AIの啓蒙本なのだろうか。いやそんなちゃちな作品ではなかった。全体を通して流れるトーンはトータルな現代の米国批判だ。1980年代にベストセラーとなった「The Closing of the American Mind」という作品があったが、それをもじったとしか思えないタイトル「The Hollowing Out of the American Mind」が、本書のPart IIのサブタイトルとして使われているほどだ。そういう意味では、大上段に構えた作品だが、そして鋭い議論の展開も部分的に見受けられるが。全体としてはどうもおさまりが悪い作品だ。
現代のシリコン・バレーのmindsetを批判した部分は面白い。マスユーザーの効用と創業者利益の最大化に特化した現代のシリコンバレーの源流を60年代から70年代の起きたアメリカ社会の価値転換に求めた視点は慧眼だ。オリエンタリズム批判に代表される西欧文明という実体の否定は価値と文化の議論という営為さらには国家の正統性を粉々に破壊してしまった。この価値の相対化とすべてへの「寛容」さらにはその背後に潜む権力否定はニヒリズムと規範の否定につながる。価値の真空の下で教育された若者が大量にこのシリコンバレーという場に参入するのだが、そこにかすかに残る価値判断の残滓は、消費者向けのアプリ(amazonやfacebookやメルカリ)に代表される矮小な日常の充足がすべてに優先されるという体たらくということになる。
何を守るべきが、何がアメリカという共同体を支えているのかというbig questionは背後に退き、これらの日常の基盤ともなるべき米国の国防という側面はタブーのように忌避されるというわけだ。そこでは軍部とテクノロジー業界の共同作業による兵器競争の現代化は極力避けられることになり、中国に代表されるその種のタブーが存在しない権威主義国家に決定的に後れをとる。そのほかにも、規範的な価値の崩壊の下で、アリバイ構築に血眼になる現代資本主義、企業経営や組織論さらには工学教育にまで議論は拡散していく。原爆を開発したマンハッタン計画をもしのぐ、官民合同でのナショナルプロジェクトの必要性まで主張されるのだが、たしかに好むと好まざるとにかかわらず、軍事面での必要こそが技術開発やイノベーションの生みの親というのは其の通り。
簡単に本書の肝をまとめてみたが、鋭い現状分析に基づく憂国の書であることは間違いない。だがそれ以上の作品とは思えない。

