やっと読了した、ドストエフスキーの作家の日記。入手したのは20年以上前、IとIIの両方で約1200ページ。定番の縮刷版も出ている。4月から読み始めて約3か月。われながらよく読み切ったものだ。夕食後の2-3時間をかけて、約20ページくらいというルーティンを続けた。

 

前回も指摘したが、これはいわゆる日記ではない。どちらかというとブログか。

 

その時々、ドストエフスキーの関心を引いたテーマが取り上げられている。というわけで、どのような同時代の話題が彼の関心を引いたのかがよくわかる。取り上げられた話題は多岐にわたるが、読み込んでいくと、彼の膨大な作品の背後に潜む基本的な問題意識がよくわかる。そして、どの古典もそうだが、この「作家の日記」も読者の時代に合わせて、深い読み込みと解釈が可能なのだ。

 

第二巻のかなりの部分を占めるのが、東方問題、いわゆる1870年代後半の露土戦争をめぐる国内外の情勢だ。正直言って、この部分を現代の読者が読み切るのは苦しい。ある意味で、プーチンのウクライナ侵略の長ったらしい弁明(apologia)を聞かされているようなものだ。ロシアの特殊性とそれ裏返しともいうべき普遍性が指摘され、それに由来するロシアの世界史的な使命が繰り返し繰り返し語られるのだが、ドストエフスキーの強烈な思い込みと西欧コンプレックスやイデオロギーに辟易してしまう。当時の欧州政治情勢に詳しくない読者は思い切ってとばしてしまうのもありだろう。

 

むしろ、本書を通読して痛感したのは、戦後80年を迎えた現代日本の置かれた状況との類似性だろうか。どちらも西欧文明の中心からは離れた辺境という意味では共通性と根強いコンプレックスがある。そして、このロシアの1870年代の基本的な構図は、不思議なことに現代日本の風景を彷彿させるのだ。

 

それは、無節操な合理主義と功利主義への信奉のなれの果てがもたらした索漠とした精神的な風景だろうか。40年代の幼稚なリベラリズム幻想、そしてそれに続く40年代のリベラリストの子供たちがまき散らす60年代のニヒリズム(チェルネイシェフスキーの「何をなすべきか」)、そして農奴制の廃止の後、ロシアは、家族という単位の崩壊の危機に直面することになる。そこに現れたのは「未成年」のテーマでもある「偶然の家族(accidental family」という奇妙な単位だ。夫婦別姓騒動という奇妙な秩序破壊にエネルギーを費やしている現代日本を彷彿させる。そして、ドストエフスキーが取り上げる、家族にからむいくつかの裁判事件で目立つのは弁護士という言論を操る輩の跋扈だ。これも名誉棄損訴訟に明け暮れる現代のyoutuberたちを示している。

 

それでも、ドストエフスキーは、大地から切りはなされてしまった当時のインテリゲンチャと対比する形で民衆(Narod)に希望をつなぐ。本書では、何度、この民衆という言葉が繰り返されたのだろう。この当時は、おそらくロシアの人口も90%以上は農民であり、ここには欧州の合理主義という毒に侵されていない存在がまだリアルに存在した。そして、自分の流刑経験を通して、この民衆という存在に直に触れたという強いプライドを持つドストエフスキーは厳しいインテリゲンチャ批判を繰り広げる。彼のプーシキン追悼演説の中で展開される「エフゲニー・オネーギン」批判はぜひ一読しほしい。

 

ドストエフスキーが希望をかけた「民衆」という存在の根絶は最終的にはボルシェビキ革命という大災害によって完了することになる。そこから先は、ソルジェニツーインの「収容所群島」の世界だ。