先月読んだle carreの「Russian House」だが、ひとつ新しく気付いた点があった。これまで抱いていた印象と違い、かなり読みやすいのだ。題材も金融を扱ったものが散見される。というわけで、いつもの本棚の積読リストからではなく、新規に購入してみた。彼の作品は、路線転換した90年以降もかなりの数があり、選択に困ったが、これを選んでみた。
タイトルが意味深でわかり難い。Our kind of traitor。著者の作品は、そのほとんどが、「裏切り」や「背信」をテーマとしているのだが、本書でわざわざそれをタイトルに持ってきている。邦訳では「われらが背きし者」となっている。僕なら、「イギリス版売国奴」とする。もしくは、「現代の売国奴」か。読後感として後者の方がしっくりくるな。
出版は2010年だが、作品の舞台は2008年となっている。題材はロシアのblack moneyのmoney launderingそのものだ。ロシアのマフィアの間の内紛により、その首謀者の一人が、休暇中のイギリス人カップルに情報提供をエサに英国への亡命の仲立ちを依頼するところが話の発端だ。この話は、SIS(MI6)の中で、冷や飯を食わされている人物の公私にわたる思いや狙いと合致し、非公式ながらもこの作戦が開始されるのだ。そこには、このイギリス人カップルが抱える別種の思いもシンクロしてきて、この二人がこのロシアの首謀者とのコンタクトして関わってくることになる。
舞台は変転する。最初は、カリブ海のantigua, 救出作戦はロンドンで練られ、パリからスイスのベルンへ、最後はスイスの山岳リゾートだ。こうなるとよくあるロードストーリーだ。最後はいつもながらのルカレ節だ。詳しい説明はなされず、ある一つの事実が散文的に提示されて終わりだ。様々な暗示はなされているが、説明は一切省かれている。究極のところで、イギリス人のfair playという幻想はもはや現実には機能せず、そこに浮かび上がったのは、フランス人が揶揄する、いつものbritish perfidy(イギリス人の偽善)だったというわけだ。
もはやSISという組織内に隠れている売国奴がテーマではない。英国という存在自体が売国奴に変質しているのだ。金融界はいうに及ばず、法曹界、政界(与野党含めて)、メディア対策の退役軍人、さらには情報機関も含めて、ロシアマネーに汚染されている。その構図全体こそが現代版英国の売国奴というわけだ。そこではロシアマネーの影響力工作の実態を暴くというSISの作戦はもはや許容されない。世界の犯罪者に奉仕するバトラー産業で成り立つ英国というわけだ。一方で、このButler産業の最後のよりどころは、いわゆるfairplayによって支えられる法制度なのだが、そこに世界中の悪人が群がるというのは逆説的な構図だ。
さてこれを、英国版売国奴と区切っていいのだろうか。この構図は日本への中国共産党の浸透にもそのまま当てはまる。一部の国会議員には時々おざなりともいうべき手入れが入るが、現職の国務大臣の疑惑はそのまま素通りだ。メディアも取り上げることはしない。
さて、この後も未読のle carreを読むか?たしかに、smiley 三部作のころと比べると格段に読みやすくはなっている。しかしそこにはsmileyというかすかな清涼剤というか中和剤はもはや存在しない。ただただ腐敗した構図が繰り返し取り上げられるだけなのだ。


