出版当時から気になっていた本。ただ値段が高かった。5000円以上や。paperbackも結局出なかった。ところがだ、中古で1000円という値段がoffer されたのだ。驚くべきことに、それも日本の業者からだ。中身も新品同様だった。いったい日本の誰が購入して、中古業者に卸したのだろう。というわけで、即入手。

 

ジャーナリスティックなノンフィクションでもなければ国際政治の作品でもない。しいて言えばアメリカ文化論ともいえる。面白いがいうまでもなく読者を選ぶ本。だいぶ前に、「Soldier of reason:The RAND Corporation and the Rise of the American Empire: 」という作品を読んだがどうももの足りなかったのだが、本作品はその部分を補ってくれた作品だ。

 

本書の主人公は、いうまでもなくアメリカの核戦略の理論的な主導者であったAlbertと Robertaの Wohlstter夫妻だ。当事者からは意識的に語られなかった部分(戦前のアメリカの左翼運動)を除く、彼らの生涯が深く掘り下げられています。さらには、Albertがシカゴ大学教授時代の教え子(元世銀総裁のPaul Wolfoviz, Zalmay Khalizad, Richard Perle、もっともRichard Perleはシカゴ大学には在籍してはいないのだが)たちが、政権内外で冷戦終結後のアメリカの対外政策形成に果たした役割も詳しく語られている。

 

語りは、散文的な事実や前後関係の羅列ではなく、夫妻並びに3人の人物の思想背景の特徴とその形成が、かなり凝った英語を使ったスタイルだ。類書には、「Rise of the Vulcans: The History of Bush's War Cabinet」が あるが、そちらの方はjournalisticな性格の作品で、本書は、より深く、いわゆるネオコン(neo-conservatices)の中心人物の思想の源流と知的発想の特異性に批判的に接近しようとした作品だ。

 

とりわけ、シェークスピアのhamletがRobertaに与えた影響から話は始まる。もともとは、Robertaはhamletの作品で博士論文を書こうとした人物なのだ。hamletはお恥ずかしいことに未読なのだが、行動できないパーソナリティという観点から、hamletは捉えられており、その比喩がアメリカの対外政策の解釈に適用されていく。

 

不思議な経緯でシンクタンクのrand corporationに場を得たrobertaは、その後真珠湾攻撃の研究で名声を博すことになる。ただ彼女の真珠湾攻撃の研究は歴史的な研究というよりは、核兵器時代の奇襲がアメリカの対外政策に与えるインプリケーションを強烈に意識して書かれた作品だ。そして、不確実な世界の中で、確率(probability)ではなく可能性(possibility)を意識し、敵の意図(intent)ではなく敵の能力(capability)に着目した思考は、夫のalbertの格均衡論の形成に刺激を与え、その後のアメリカの核戦略や核戦力のの展開とに大きな影響を与えていくのだ。

 

これらの論点以外にも興味深い論点は本書には満載で、なかなか短いスペースでは語り尽くせない。夫妻の弟子たちは、冷戦の終了後、アメリカに訪れた千載一遇の機会をとらえて、2000年代初頭の米国の第二次イラク進攻決定で、重要な役割を果たすことになる。が、米国の対中東政策がほぼ失敗に終わった今、本書で取り上げられた、イスラムの捉え方、近代化理論の陥穽、道徳と行為、regime change論の独善性や歴史の機会主義的な利用などの危険性についての重要な視角を呈示している。

 

ただ相変わらず変わらないのは、ロシアの対外行動だろうか。