さて前に述べた新潮文庫版と2008年の英語版との差異について少し触れてみよう。

 

 

 

これは、本作品のplotに関わる部分で、ある意味では作品のネタバレになってしまうが、本作品自体は本質的に謎解きの作品ではないし、このplot自体は作品の最初で開示されてしまっているので、まーいいだろう。

 

1949年12月24日にソヴィエトの外務省勤務の人物が国家秘密を意図的に漏らそうとするのだが、その機密の内容と漏らす相手に大きな違いがあるのだ。

 

新潮文庫版(つまり旧版)では、ソヴィエトの科学者に対して、彼を無実の罪に陥れようとするKGBの作戦が存在していることを、その科学者に知らせようとするplotになっている。

 

一方で、2008年英語版(最終版)では、ソヴィエトの諜報員がアメリカで原爆の秘密を入手しようとする作戦が存在していることを、モスクワのアメリカ大使館の担当者に伝えようとするplotになっているのだ。

 

どちらにおいても、ソヴィエトの外交官の狙いは達成されることはない。公衆電話からかけた電話は、どちらのケースでもたらい回しにされてしまい、目的とした人物にたどり着くことはできない。ただ、どちらもその通話は国家保安省により盗聴されており、この電話をかけた人物の正体を探す作戦が始まるのだ。

 

これはマイナーだが大きな違いだろう。

 

前者では、あくまでも筋は国内で完結しており、個人崇拝を否定した非スターリン化が進む当時のソヴィエトの状況下(1960年前後)では、スターリンという特異なパーソナリティがもたらした問題として解釈される余地があり、許容されるものとソルジェニツーインは考えたのかもしれない。本書の中で、スターリン個人にさかれた戯画化ともいうべきかなりのページはこの文脈の中でこそ理解できる。

 

しかし、2008年英語版で示されたアメリカ大使館への通報はまさに国家反逆罪であり、決して許容されるわけがない。なぜこれほど大きな質的な変化がこの2つの版の間に存在するのだろうか?

 

ソルジェニツーインの当初の観測とは異なり、旧版も結局のところはソヴィエト国内で出版されることはなかった。雪解けの時期を象徴したフルシチョフが失脚しブレジネフ体制に移行した60年代中期以降のソヴィエトでは無理な相談だった。

 

旧版執筆の時点で作者がソヴィエト社会主義体制にどのような思いを抱いていたかはよくわからない。旧版のplotは戦術的な妥協として選択されたともいえる。

 

作品がたなざらしにされ、彼自身がKGBの監視対象とされていく中で、スターリン体制を越えたソヴィエト社会主義体制に対する絶望感がこのplotの変化を促したのかもしれない。

 

最終版でアメリカ大使館への通報という国家反逆罪をplotに入れたからには、ソヴィエトの社会主義体制自体を根本的に断罪しないわけにはいかない。というわけで、たしかにいろいろな個所で、社会主義体制自体についての批判的なトーンが強まっている。さらには外務省の職員の叔父という人物が登場し、ソヴィエト社会主義体制自体がその成立時においてすら、すでに腐臭をはなっていたことが力説される。

 

そう、後知恵(hindsight)の特権を生かして精読すると、本作品には作者のその後の執筆活動(「収容所群島」や「ロシア革命シリーズ」)の方向を示唆する部分がところどころに出てくる。gulagやarchipelagoという言葉さえ出てくる。つまり「収容所群島」の構想はすでにこの「煉獄の中で」の執筆時に温められていたというのは明白だ。

 

というわけで、この最終版が未翻訳のままという状況は残念だ。