ソルジェニツーイン(AS)の超大作「March 1917」 をここ二年ほど読んでいるが、その最新刊book 3はまだpaperbackにはなっていないので、さて次に何を読もうかずっと迷っていた。「収容所群島」か「煉獄のなかで」のどちらかになるのだろうけど、前作は新潮文庫でも全6冊という大著。さすがになかなか決心がつかない。

 

となると後者の「煉獄のなかで」となる。この作品は、50年ほど前に、「イワン・デニーソビッチの一日」を読んだ後に、一度ノリで読み始めている。ただ高校生にこの作品が理解できるわけもなく、すぐに放棄。20年ほど前にも一度挑戦したが、上巻の半分ほどでやはり打ち止めとなっている、なかなか手強い作品だ。今回再び読み始める前に、いろいろ調べてみると、この作品、なかなか稀有な経緯をたどった作品ということが分かった。

 

私が持っている新潮文庫(上下)は1972年の初版。しかし元はタイム・ライフインターナショナルという今は存在しない出版社から単行本で1970年に出ている。この日本語訳の元となるロシア語原作と英訳本は、海外でharper and rowという版元から1968年ごろに出されているようだ。

 

原作品自体は1950年代後半から1960年代(英訳には、1955年から1958年にかけて書かれ、1964年にdistorted, 1968年にrestoredと書かれている)にかけて書かれたようだが、政治状況の変化などもあり、本国ソヴィエトでの出版は結局のところかなわず、サミダート版がソヴィエト国内で流通していたようだ。国内での出版をあきらめた彼は、海外での出版を認めて、1968年に海外で出版に至ったようなのだ。そしてこの新潮文庫(というかタイムライフ版)も、タイムライフ版の訳者解説によると、この1968年の海外版(ロシア語)に基づいている。

 

ところがだ、さらに厄介なのはこの1968年ロシア語版というのは、当初ソヴィエト国内での出版を求めたASの意向を反映して、「自己検閲」なるものがほどこされ、当初にASが構想して作り上げた作品とは大分異なっていたようなのだ。その後、ソヴィエトを1973年に国外追放になったASは、亡命先のアメリカで1970年代後半に、本作品に大幅な改変と追加を加えているのだ。この著者公認のいわゆる「復刻版」ともいうべき版は、その後ロシア語では出版されている。しかし、この「復刻版」に基づく英語翻訳版は2008年まで、出版されることはなかった。この辺の経緯は、2008年英語版の序文に詳しく語られている。新潮文庫にいたってはいまや絶版で、この「復刻版」、つまりASが最終版とした「煉獄のなかで」はいまだ日本語で読むことはできない。

 

というわけで、どうしようかだいぶ迷ったが、結局2008年リリースの「英語版」をベースとして新潮文庫版を横に置きながら読むことと相成った。

 

 

全編で740ページの作品の500ページほどまで、ゆっくりと読んできたのだが、この改変と追加は、マイナーなものではなく、大幅なものだ。本書の事件の発端自体がかなり変えられており、全体で数章が新たに加えられており、ページ数からいくと20%ほど増えているようなのだ。文や段落の順番もかなり変更されており、小さな数字や固有名詞自体も変えられている。

 

今回はこの改変と修正の中身や作品には触れずに、もっぱらこの作品を取り巻く数奇な運命をまとめてみた。

 

youtubeにも、この作品を詳しく解説した動画が挙げられている。